一回戦:自己紹介ゲーム③

「ルールをもう一度だけまとめます。まず、一分間の自己紹介と二分間の質疑応答を人数分繰り返します。みなさんの勝利条件は、ゲーム終了までに、設定したを全員に口頭で伝えること。敗北条件は、情報を伝えられないこと。もしくは、他人に『アンサー』され、情報を暴かれるということ。アンサー権は一人二回。禁止事項は部屋を出ることと、耳を塞ぐことと、他人の話を妨害すること。何か質問はありますでしょうか?」

 まくしたてるように天月さんがルールを再確認する。

 ルール自体は単純なこともあり、誰も手を挙げなかった。


「では、みなさん一回戦の自己紹介ゲームに参加する、ということでよろしいでしょうか。このゲームにはアイの所有権を賭けていただきますので、負けた場合はアイを置いて脱落、となります」

 ぼくは念のためアイを呼び出して、「どうする?」と聞いた。

 当然のように「参加するのじゃ」と言われる。

 他の参加者も口々に参加を宣言した。ルール説明を聞いて項垂れていた人たちもアイに説得されたのか渋々受諾した。

 全員の参加意思を確認した天月さんは大きく頷いて。


 


「実を言うと、。理由は単純で、自己紹介ゲームは長くとも三十分で終わってしまうからです。短いですよね」

 嫌な予感が胸に広がる。

「つまりいきなりこのゲームで脱落し、アイを失った人は、ゲームに参加できないのに船に乗り続けなければなりません。そんな退屈なクルーズに参加いただくのも忍びないですし、正直ゲームの参加資格を持っていない人の管理や世話をする理由もありません」

「……」

「ですので、船の出航は自己紹介ゲームの終了後。敗北された方はその時点でこの船を降りていただこうと思います!」

 参加者の反応はまちまちで、残念がっている人や、当然かなと納得している人がいた。


 ――――でも、当然ぼくは納得できなかった。


 ぼくたちだけは、このシステムの裏に隠された意図を知っているから。

 明日の九時までに船を降りた人には三千万円の借金が課される。

 誓約書の言葉遊び的なルールのせいで、ぼくたちにはそんな負担がのしかかっているのだ。

 乗れない。

 こんな勝負、乗れるはずがない。

 そう思ってぼくは手を挙げた。

「もう出航するわけにはいかないんですか」

「敗北者が自己紹介ゲームで船を降りることは、双方にとってメリットしかないんですよ。運営側は、管理人数が減り、脱落者も退屈なクルーズをしなくて済む」

 バン、とぼくは机を叩きつけた。

 さっちゃんが「すずくん!」と止めようとしたけれど、止まらない。

 だってこれはフェアじゃない。知らない間に三千万円の借金を背負わすのは、全然フェアじゃない!

「誓約書をよく読むと、明日の九時より前に船を降りた人は、乗船代を払わなければならないって読めるんですがその認識は正しいですか?」

「……」

 天月さんはニコニコとほほ笑んでいる。

 肯定も否定もしなかった。

 それはきっと、肯定の意を含んでいる。

「次の質問です。この乗船代って、もしかして一室分の数十万ではなくて、乗船代全て……すなわち、チャーター代全額の三千万円を意味するんじゃないですか?」

「……ふふ」

「自己紹介ゲームに負けて船を降りたら、誓約書に違反したことになって三千万円の借金を背負わされる。そしてそれはアイの絶対誓約によって確実に履行される。違いますか?」


 会場にざわめきが広がっていく。

 天月さんは何事もないような顔のまま、小さな声を出した。

「違わない、と言ったらあなたはどうするつもりですか、久野鈴也さん」

「……敗者が船を降りるというルールがある限り、自己紹介ゲームには参加しない」

 そう宣言すると、会場にいた他のプレイヤーたちも口々に騒ぎ始める。

「三千万円も借金を背負うなんて聞いてない!」

「それを知ってたら誓約書なんて書かなかった」

「俺は船を降りないぞ」


「――――黙れ」


 ガガ、とスピーカーにノイズが走る。

 その暴力的な命令を口に出したのは、天月さんだった。

 先ほどまでの丁寧な口調とのギャップに、参加者は戸惑い黙る。

「いいですか。このゲームに参加するかどうかを決めるのは。アイです。みなさんのアイに問う。このゲームは、理不尽ですか? 面白くないですか?」

 その端的な問いに、顕現した各々のアイが答える。

「理不尽な要素はどこにもないの。ゲームをやるんじゃ」

「アイ!」

「ふん、別にお主ら人間の借金事情なんて知らんからの。それに、負けなければいいじゃろう? このゲーム、

「……」

 そこには気が付いていた。

 それがこのゲームの致命的な欠点クソゲー要素、ゲームとして成り立っていないところだ。でも、プレイヤーはそれぞれ勝ち上って自分の願いを叶えようとしている。

 そんな状況で、みんな仲良く第二ゲームに進出、なんてことがあり得るだろうか。

「まあ、あり得んわな」

「あさひさん……」

「このゲームはアンサーに成功した時点で相手を脱落させることができる。つまり、

「……」

「プレイヤーがそれに気が付いた時点で、たぶん仲良く全員で第二ゲームに進むなんてことはあり得へん」

 あさひさんの言う通りだと思った。

 だからこんなゲームには乗らず、船には出航してもらいたいのだけれど。

 アイの顔を見て、それが不可能だということを悟った。誓約書の通り、アイがやれと言ったゲームには全て参加しなければならない。


 それはすなわち、このゲームからは降りられないということ。


 さっちゃんがため息をついた。

 きっと彼女にはこうなることがわかっていた。借金の話は不安を煽るだけだと知っていたのだ。

 会場中に緊張が走る。

 負けたら莫大な借金を背負うことが約束された今、少なくともこの自己紹介ゲームは絶対に勝たなければならなくなった。

 しかし、そんな絶望の空気をものともせず、天月さんが明るい声でアナウンスをする。

「では、三十分程度、この部屋から出られませんので、今から十分間休憩時間を取ります。お手洗いなどを済ませるようにお願いいたします。また、まだ情報を設定していない人がもしいらっしゃったら今のうちに記載をお願いします」

 彼はぼくらの方を見てそう言い、マイクを置いた。

 さっちゃんとあさひさんがペンを持って、紙にすらすらと何かを書いていく。

 会場はざわついたままだったけれど、ぼくも目を閉じて単語を考える。


 他の人の心配をしている場合じゃない。


 勝たないと。勝つための最適解を探さないと。

 こういう時はできるだけ汎用性の高い単語の方がいいのだろうか。

 しかし、一分間のスピーチに刺せる名詞なんてそう多くはない。下手なエピソードトークはぼろを出してしまう可能性もある。

 うーん。


 少しだけ考えて、ぼくは思いついた単語を紙に書いた。

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