三上あさひ
アラームが鳴り、天月さんが勝敗宣言を行った直後、先ほどから嫌に目についた黒髪の女性がズケズケとこちらへ歩いてきた。
一人だけ険しそうな顔をしていた、胸の大きな女性だ。
「あんたら、付きおうとんの?」
「……ぼくたちですか? 付き合うって言うのが交際って意味ならそうですけど」
「他にどんな意味があんねん、これやから内地の人間は理屈っぽくてあかんわ」
関西弁を操る女性は両手を広げてやれやれとため息をついた。
「……ってそんなバリバリの関西弁なのに出身北海道なんですか!」
他人のことを内地か否かで区分する日本人は道民くらいだ。それか沖縄県民。
「いや、普通に大阪やけど」
「お前も内地の人間じゃねえか!!!!」
ぼくがガルルルと吠えると、彼女は「落ち着けや」と言う。
「今のはな、テストやねん。おもんない関東の人間か、ちゃんと突っ込める関東の人間か見極めるためのな」
ブチッ、と脳内で音がした。それはきっと血管が切れる音。
この人、ぼくの一番苦手なタイプかもしれない。
ぼくの一番苦手なタイプとは――――
「面白くない小ボケかましといて、突っ込めなかったら関東人のせいにする関西人!」
「おもんないやと? 百歩、いや十歩譲って小ボケがおもんなかったとしてもや」
下方修正はダサいって。
「それを如何におもろくするか。それがツッコミってもんやろがい!」
「初対面のぼくに何求めてるんですか……」
呆れた顔でそう言うと、女性は少しだけ照れたように頭を掻いて、ぽつりと言った。
「あんたらが、うちの協力者たり得るか試したかっただけや」
「……は?」
「だから、うちはこの船での協力者を探してたんや。そんで、あんたらの様子を見てて、ぜひ協力したいと思った。せやけどうちはおもんない人間とは組みたくない」
待て待て待て待て。
ちょっと待って。
ぼくは一度大きく息を吐いて、頭から順番に質問をしていった。
「協力者を探していたって言うのはどういう意図ですか?」
「そのまんまの意味や。一人と二人やったら二人の方が強いのは当たり前。この場には十二人もおるんやからなおさらや」
「ぼくの常識では、関西弁を操る人間は大抵最後に裏切るんですけど」
「偏見キッツいなあ。そんなもん関西が舞台のデスゲームもんがあったら全員が裏切り者になってまうわ」
それはそれで見てみたい光景だった。
大学にも関西弁を話す友人がいるので、関西弁に対する物珍しさはなかったけれど、この人の勢いはかなり強く、油断したら押されてしまいそうだ。
「じゃあ協力者が必要だとして、どうしてあなたはぼくたちに声をかけたんですか?」
そう聞くと彼女はにこりと笑って右手を差し出す。
「うちは
「自己紹介のタイミング間違ってませんかね……」
「あんたらは? 名前なんて言うの」
ぼくとさっちゃんは目を交差させて、どうせ名前なんてすぐにバレるしいいかと思い素直に自己紹介をした。
「
「
ぺこり、と頭を下げるとあさひさんはニヤニヤとした笑みのまま
「二人合わせて~?」
と言った。
シンプルに腹立つんだけど。
「ぼくらにコンビ名はない!」
「ふぅん。でもコンビではあるんやろ?」
「……」
あさひさんは急に声のトーンを落とし、真剣な顔になった。そのギャップに戸惑う。
「初対面、しかもこれから戦おうってやつらと信頼関係を築くのは難しいやろ?」
ぼくは無言で頷いた。
この船の中で唯一信頼できるのはさっちゃんだけだ。
「船頭多くして船空を飛ぶっていうことわざもあるくらいやしな」
だったら船頭多い方が得じゃん?
「味方は多いに越したことはない。せやけど多ければ多いほど裏切られるリスクが増える。そこであんたらや。最初から信頼関係を築いている二人に取り入ることができれば、一人分のコストで二人分の力を得られるってわけ」
「カードゲームでもしてるつもりですか……」
あさひさんの論は確かに筋が通っていた。一人より二人、二人より三人。
でもそれはあくまであさひさん視点の話であって、ぼくたちにとっては全くメリットがない。
信頼できない三人組より、信頼できる二人組だ。
「まあ待てや。鈴也の言いたいこともわかる。うちが信頼できひんねやろ」
「……」
「大丈夫や。うちも一発であんたらを落とせるとは思っとらん。その代わり、今晩度々話しかけさせてもらうけど、それは堪忍な」
あさひさんは両手をぱんと合わせて目をつぶった。
油断すると吸い込まれてしまいそうな妖艶な笑みを浮かべながら。
「……痛って!」
背中をぎゅっとつねられて思わず声をあげた。
さっちゃんが恨めしそうな目でぼくを見ている。こわ。
「うちは、沙鳥ちゃんと鈴也とならいい協力関係が築けると思ってる。今はまだ返事しなくてええけど、まあ仲良くしようや」
あさひさんが妙にさっちゃんを買っているのが気になった。
そりゃさっちゃんは可愛いし頭もいい。そんなことはぼくが一番知っているけれど、このぽっと出の女性にさっちゃんの何がわかるって言うんだ。それとも、そんな短期間でも魅力が伝わるくらいさっちゃんはいい女だっていうのか? そうだよ。
「すずくん、なんでニヤニヤしてるの? 気持ち悪いよ」
「さっちゃんの溢れ出る魅力のせいだよ」
「え? そうなの? えへへ、照れるね」
彼女は可愛い声で笑った。可愛い。
さっちゃんに見惚れていると、視界の隅であさひさんが絶望的な表情をしたのがわかった。
「あ? こいつらと組んだら、うちずっとこんなやり取りみせられるんか?」
次の瞬間、ぼくの持っているカジノのチップからアイが出現し、「ワシはこれに三か月間耐えて来たんじゃ!」と叫んだ。
ぼくに拾われた時点で諦めろって。
「まあ、背に脳は代えられんか……」
そりゃそうだ。
「ちなみにあさひさんは、いつからそんなにさっちゃんのことを買っているんですか?」
「ん? そりゃ、さっきの脱出ゲームん時や」
つい数分前のことだった。
それはくしくも、ぼくがあさひさんに注目したのと同タイミングだった。
「あの場で、あのゲームが危険やって気いついてたんは恐らくうちと沙鳥ちゃんだけや。せやから組むなら彼女以外ありえへん。自分より弱いやつと組んでも意味ないからな」
「危険って……あさひさんは、どこまで察しがついているんですか」
そう聞くと彼女はやれやれ、と首を振って答えた。
「さっきの誓約条件と、まだこの船が出航してへんのには関連があると思ってる。たぶん最初のゲームは負けたら船を下ろされる類のやつや」
「……それで?」
「その時点で船から降りたら、きっと誓約違反になる。つまり、乗船代の負担や。まあ別に数十万やからどうってことはないんやけど、一晩の代償にしては重いわな」
驚いた。
あさひさんは、さっちゃんと同じところまでたどり着いていた。
そして、同じところで躓いている。
「あさひさん。たぶんペナルティは、数十万じゃないんです」
ぼくは躊躇なくぼくしか知らない情報を差し出した。
きっと、心のどこかでもう認めていたのだろう。
この先、あさひさんと協力することになることを。
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