一回戦:自己紹介ゲーム①
天月さんはしばしご歓談を、と言っていたけれど、ぼくたち三人組以外では、特に会話が発生していなかった。
会場にいる全員が敵なわけだから、あさひさんのように積極的に会話をする人のほうが稀だろう。
まだ、船が出発する気配はない。
「ほんなら鈴也、最悪の場合うちらは三千万の負債を背負うってことなんか」
「おそらくそうです」
アイによる絶対誓約は、物理的に不可能な場合を除き基本的に強制的に履行される。
そして、三千万円を天月さんに払う、という内容は物理的に不可能ではない。
もちろん支払期限が三秒後、とかだったら話は別だけれど、この同意書に期限は記載されていない。
それはつまり、誓約の力で一生をかけて借金を返済してしまうということだ。
ぼくたちの間に沈黙が流れる。
その時、再び会場のスピーカーにブツン、とノイズが走った。
「天月です! みなさま盛り上がって……あれ、あまり盛り上がっていないようですね。みなさまにとって豪華客船のクルーズはそこまで大きなイベントではないのでしょうか」
テンションがしりすぼみになっていく天月さん。
この人が本気で初対面の敵同士十人の間に盛り上がりが生まれると思っているのか、それとも嫌味で言っているのかは全く読めなかった。
「まあいいです。きっと戦いの中ではぐくまれる友情というのもあるでしょう」
共通の敵を目の前にした戦いだとそうかもしれないけど、バトロワ形式で進むギャンブルゲームにその考え方は通用しなくない? と思った。
口には出さないけどね。
隣から声が響く。
「バトロワ形式で戦いの最中に友情なんて生まれんやろ」
あさひさんだった。
「はははっ。軽口とはいえ参加者から反応があるのはやっぱりうれしいですね。みなさんからのレスポンスも大歓迎ですよ」
天月さんは両手を広げる。しかしそこで何かを言うような度量を持っているのは、この場にはあさひさんしかいなさそうだった。
彼は少し寂しそうな顔で話を続ける。
「確かにあなたの言う通り、誰か一人が勝ちあがるという構造上協力関係を築くのは難しいかもしれませんね。しかしこの先、どんな人間関係が身を助けることになるかわかりませんよ。ふふ……」
そこで天月さんは一度言葉を区切り、マイクを持ち直した。
会場が異様な緊張感に包まれる。
ぼくはちらりとさっちゃんの方を見て、平静を取り戻した。
――――大丈夫、隣には大好きな人がいる。
「さて、お待たせいたしました。いよいよ第一ゲームの準備が整いました」
そのアナウンスと共に、運営スタッフの女性がつかつかと会場を歩き回る。
そして参加者一人一人に紙とペンを渡した。
どうやら第一ゲームは、それらのアイテムを使うようだった。
「みなさん行き渡りましたか? いいでしょう。それでは早速ルールを説明いたします。第一ゲームの名前は」
「『自己紹介ゲーム』」
自己紹介ゲーム、だって?
ぼくたちはそのやけにポップな響きに思わず顔を見合わせた。会場にもざわめきが広がっていく。
「とはいっても、そんな複雑なゲームではありません。ルールは本当に簡単です」
言いながら、紙とペンを掲げる天月さん。
「まずはこの紙に好きな名詞の単語を書いてください。リンゴや自転車、パソコンやピアノなど何でもいいです。ただし、この場にいる全員が知っている単語であるということ、三文字以上であるということだけ守ってください」
走る、美しいなどの名詞以外の単語、専門用語や若者言葉などの普及していない単語は駄目で、犬や木などの短い言葉も駄目。
ふむ。
「この単語が、今回みなさんが死ぬ気で隠し通さなければならない情報になります。先に敗北条件のひとつを紹介すると、書いた単語を他人に当てられた時点で敗北となります。その紙は、リテラシーの低い人が用意するパスワードの書かれた紙だと思ってください」
なるほど。
つまり、この紙を他人に見られてはいけないのはもちろん、簡単に予想できる単語を書いてしまうのも駄目らしい。
「では今から少しだけ時間をとるので、単語を書き込んでください。アドバイスですが、できるだけ他人に予想されにくい言葉がおすすめです。ただし、前述のとおり全員が知っている単語である必要があります」
「質問ええか」
あさひさんが手を挙げる。
「もちろん」
「その、全員が知っとるっていうのはどう判断するんや。ルール上、全員に『あなたはトポロジーっていう単語を知っていますか?』って聞きまわるわけにもいかんやろ。それに、他人が設定した単語を知っていたとしても、『そんな単語知らへん』ってシラを切ることだって可能や。このあたりはどうなんや?」
あさひさんの鋭い質問に天月さんは指を二本立てて応答した。
「一つ目は簡単です。そもそもこの場にいる全員が知らなさそうな単語を設定しないこと。要は一般常識の範囲内で設定しろということです」
「ふぅん、まあええわ。二つ目は?」
「そっちはもっと簡単。アイ」
「なんじゃい?」
天月さんの所有するアイが飛び出てくる。
「プレイヤーが嘘をつけないようなフェアなゲームがしたい。できるか?」
「ワシを誰だと思っておるんじゃ。そこの勝敗宣言は信頼してくれていいぞい!」
どうやらアイという超常の力を使うことで対策するらしい。
ぼくたちはもう嫌という程彼女の超常性を知っているので、その説明だけですんなりと納得することができた。
あさひさんも同じ気持ちだったようで、大人しく引き下がる。
「というわけでみなさん。周りの人に見えないよう言葉を設定してください。なお、紙の再配布や言葉の再設定はできかねますので、誤字や誤記に細心の注意を払ってくださいね」
天月さんのアナウンスで、参加者たちはさっそく手を動かし始めた。
「……」
手を動かしていないのはぼくとさっちゃん、そしてあさひさんの三人だけだった。
小さく息を吐く。
どうして、ルールを最後まで聞いていないのに言葉の設定ができるんだ。
まだゲームは始まっていないので、天月さんの言葉になんの強制力もない。それなら説明を最後まで聞いてから言葉を考えた方が絶対にいい。
天月さんが再びマイクを持つ。
「では、ルールの続きを説明します」
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