前哨戦:脱出ゲーム②

 絶対誓約を結んで賭けを円滑に行うためのゲーム、『脱出ゲーム』がはじまったけれど、このゲームは本当にやることがない。


 船から降りたらゲームには勝利できるが、船が出航するため今宵のゲームには参加できず。

 船に残れば今宵のゲームには参加できるが、ゲームに敗北したこととなり、誓約書の内容を守らなければならなくなるのだ。

 まあ、ここは船に残る一択かな。


 ぼくとさっちゃんは食堂の椅子に腰かけた。

「それにしても、さっちゃん心配したんだよ?」

「え、なになに。なんの話?」

「行方も告げず突然船から降りてしばらく帰ってこなかったじゃん」

 そう言うと彼女はあちゃーという顔をして、ごめんなさいと謝った。

「結局何事もなかったからいいんだけどさ。でも一体なにしてたの? っていうかそのアイはどこで手に入れたの?」

「そうじゃそうじゃ。そんな簡単にワシを手に入れられるとは思えんが」

 ぼくの所持するアイがぬっと姿を現してそう言った。

 ここから先、参加人数分のアイが顔を出してくると思うと、アイがゲシュタルト崩壊しそうだった。

 さっちゃんは何事もないような笑顔を作る。

「簡単だよ。あの時まだ出航予定時刻まで十分くらいあった。ということは、まだ人が乗ってくる可能性が高いってことだよね」

「そうだね」

「だからわたしは、。参加者を」

「……」

「そしたら案の定アイの所有者が走ってきたから、その人から奪っちゃった」

 ちろり、と舌を出してウインクをするさっちゃん。

 可愛い。

 可愛いんだけどさ。

「奪っちゃったって……いったいどうやって」

「もちろんギャンブルだよ。色々条件を付けた上で、向こうにすごく有利なゲームを提示したら乗ってくれたんだ。勝てたのは運がよかった」

 嘘だ。

 勝てたのは運がよかったからではなく、一見そうは見えずとも、さっちゃんが必ず勝てるようなゲームを申し込んだに違いなかった。


 ……あんまり突っ込むと怖いからこの辺にしとこう。


 ともあれぼくの彼女は参加者からアイを強奪し、無事参加権を得たみたいだった。

「んじゃ、もう一つ質問いい?」

「いいよー」

「さっきの脱出ゲームの説明を聞いている最中、凄く険しい顔をしていたのはなんで?」

「……目ざといね、すずくん」

「そりゃ愛しの彼女の顔は何時間見ていても飽きないからね」

「えへへ」

 彼女は目をつぶって笑った。

「まあ、険しい顔に見えたんだとしたら理由は簡単だよ」

「ふむ」

。ってことはこの誓約には裏があるんだ」

 その言い方が酷くとげとげしかったので、ぼくはたじろいだ。

 動揺している間に言葉が続いていく。

「そう考えると、さっきの同意書で怪しいのはふたつ目の部分」

「ふたつ目、ってなんだっけ」

 確か、明日の午前九時に港へ到着予定だからそれまで下船できないということだった気がする。

「同意書に乗船代を払うっていうペナルティがあったと思うんだけどねー、あれって明日の朝まで下船できないというルールにもかかっているように見えたんだ」

 ぼくはさっき受付の女性に引きずられたことを思いだした。

 確かにあの時、と言っていた気がする。

「つまり、到着予定時刻より前に下船してしまったらペナルティが発生するってことだね」

 彼女は頷いた。

「そこからの予想なんだけど、もし敗北したら船を降りるっていうゲームが開催されたらどうなると思う? どうやって東京湾の真ん中にいる船から降りるのかっていう手段の話はいったんおいといてね」

 ぼくは顎に手を当てて考えた。

 方法はどうであれ、負けたら船を降りるとしよう。

 ゲームに負けたら船から降りる、でもいいし、船の甲板で押し合いをして物理的に落とされたほうの負け、というゲームでもいい。


 それで敗北した場合――――つまり船から降りた場合、明日の午前九時まで下船できない、というルールを破ることになる。

「当然朝の九時より前に船から降りると、ペナルティを食らう?」

「そう。こんな感じで、ここで今結んだ絶対誓約は、今後のゲームにどんな影響を及ぼすかわからない。だから険しい顔をしていたんだ。今日のギャンブルはノーリスクだと思って軽い気持ちで臨んでいたけど、もしかすると乗船代の数十万がペナルティとして課されるかも」


「――――いや、ちょっと待って」

 いま、聞き逃せない言葉が流れて行った気がする。

 ペナルティは乗船代の数十万、とさっちゃんは言った。

 本当にそうだっただろうか。

 さっきの受付の女性は何と言っていただろうか。

「……違う。ペナルティは――――」


 チャーター代の総額、つまり。

 三千万円だ。


 その瞬間、ピピピピピとけたたましいアラーム音が鳴った。

「終了です! というわけでここにいる全員が敗北してしまったので、同意書に記載されていた内容が絶対誓約となりました。みなさんご協力ありがとうございました」

 ぱちぱち、とまばらな拍手が起こる。

 これで、船の上でゲームが行われること、朝九時まで下船できないこと、アイが納得すれば必ずアイをベッドすること、の三つのルールが絶対のものとなり、どれかを破れば三千万円の借金となってしまった。


「それではこれより、少しだけ準備の時間に入りますのでしばしご歓談を」

 ぼくは気が気じゃなかった。

 このゲーム、もしかするととんでもない負債を背負わされることになるかもしれない。


 そしてそんな予想は、さっそく的中することとなった。



 前哨戦:『脱出ゲーム』


 勝者・なし

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