乗船③

「久野様。お部屋は2015号室となっております。最初に主催者より挨拶がありますので、お部屋に荷物を置き次第食堂に起こし下さい」

 案内の女性に、船内のマップを見せられながら今後の動きについて説明される。船は広く、探検したい気持ちでいっぱいだったけれどぐっと我慢して自室へ向かった。


 中央ホールの階段から二階へ上がり、通路をまっすぐ進んでいく。

 船内は高そうなベージュの絨毯が敷かれていて、全体的に暖かい色合いになっている。

 扉に書かれた部屋番号をひとつひとつ確認しながら自分の部屋を発見した。

 さっき渡されたカードキーを扉にかざして中に入る。

「うお……」

「ふむ。やっぱり五十年っていう年月は人間にとってはかなり長いのう。ついに船の上にこんな豪華な部屋を作れるようになったのか」

 アイが感心したように呟いた。

 間取り自体はビジネスホテルのようなもので、手狭になった数メートルの廊下の左手側にはシャワールームとトイレがある。その先には六畳ほどの縦長の部屋が広がっていて、端っこにはシングルベッドが置かれていた。

 部屋の真ん中に配置された机にはウェルカムメッセージの書かれた手紙と注意事項のまとめ。

 冷蔵庫や電子レンジもついていた。

「もう海上ホテルじゃん」

 なにより、部屋の外のベランダから見える夜景。

 いつも港から見ている景色と似てはいるものの、海の上から見るとまたちょっと違った趣に感じられた。

「これは……さっちゃんと一緒に見たいな」

 やっぱり所有物でもいいじゃん。ベッドはシングルだけどぼくたちなら問題ないし。

 ぼくは今宵のゲームに勝つことよりも、さっちゃんと同じ時間を過ごすほうを選びたい。そう思って連絡を取ろうと電話を掛けたら、部屋の中からバイブ音が聞こえてきた。

「そうじゃな、からの」

「……うおおおおおおお冷静に言ってる場合か!」

 連絡が取れない、ということは全く予想していなかったのでぼくは今までにない焦り方をしてしまう。

 出航時間が近づいたらこっちから連絡をして、として一緒に過ごせばいいやと甘く考えていた。

 えっと、このまま出航したらぼく一人で船旅をすることになるの?

 それは、アイの争奪戦云々を置いておいて、面白くない。

 くそっ、今からでも探しにいくか。そう思ったぼくはアイの収まっているチップをポケットに入れて勢いよく部屋を飛び出した。

 そのままダッシュで階段を駆け下りる。

「あ、久野様」

 しかしタイミングが最悪だった。

 ちょうど一階ホールに来た受付の女性とぶつかりそうになり、慌ててブレーキをかける。

「すっ、すいません」

 そしてそのまま彼女の横をすり抜けて。

「お待ちください」

 手をガッチリと握られた。

 体が後ろに引っ張られる。すごい力だ。

「お待ちください、久野様」

「すいません、急いでいて!」

「いえ、申し訳ございませんがもうすぐ集合の時間です。食堂へお越しください」

「いや、でも!」

 抵抗も空しくぼくはずるずると引き摺られていく。

「あの、恋人がまだ船に乗っていなくて」

「先ほど出て行かれた方でしたら、アイの所有者ではありませんのでそもそも船に乗る権利がございませんよ」

「……」

「それに、今船を降りることは契約違反になります」

「……は? 契約違反?」

 ぼくはさっきサインした紙を思い出す。

「覚えていませんか? 二つ目。『・船は明日の午前九時に港へ到着予定であり、それまで下船できない』という内容について」

「……いや、それは」

 それはぼくの中では、「泊りになるけどいいよね?」という注意事項の一部だと認識されていた。


 ちょっと待て。

 ということは最後の『・受け入れられない、守れない場合は乗船代を全額負担すること』というルールは、三つ目の『必ずアイの所有権を賭けること』だけじゃなく、、ということなのか?

 

「……ちなみに乗船代はいくらですか? 十万円くらい」

です」

「は?」

 聞き間違いかな?

「三千万円でございます」

 聞き間違いじゃないのかも?

「ちょっと待ってください。いくら豪華客船とはいえ、その値段はおかしくないですかね」

 事前にインターネットで調べた感じだと、数泊しても数十万円だったはずだ。

「いえ、おかしくないです。同意書に記載していた乗船代の全額負担というのは、を指しておりますゆえ

「そんな……」

 言い淀んでいる間もどんどん引きずられていき、ぼくは食堂へと投げ込まれた。


 そこには、十人ほどの男女が集まっていた。

 年代は様々で、ぼくと同い年かやや年下っぽい人から、五十歳くらいに見える壮年の人もいた。

「……」

 これが今晩、自分の願い事を叶えるために集まったアイの所有者たち。

 ぼくの敵か。

 一瞬さっちゃんのことも乗船代のことも忘れ、敵の姿を見極めることに集中する。

 その時、ブツン、とスピーカーの電源が入るような音がした。

 参加者が一斉に音の方向を向くと、そこにはまだ二十代にも見える若めの男性がマイクを持って立っていた。

「ようこそ、お集まりいただきありがとうございます」

 スピーカーから響くはエネルギッシュな男性の声。

 この人が今日の主催者なんだと一発でわかる声色だった。

「私の名前は天月亥介あまつきがいすけ。あのホームページの運営人であり、十二個のアイを所有している本人でございます」

「……」

 参加者の大半が息を呑むのがわかった。

 この人が、ホームページを作って所有者を集め、豪華客船をチャーターしてまで戦いの場を設けている本人。

 天月さんは全体を見て、ぼくたちの人数を数えていく。

 そして、手元の紙を見て頷いた。

「うん。今日の参加者はここにいる方十名と私を合わせた十一名。だいぶ集まりましたね。既に私が持っている十二個と、ここにある十個。今宵はを開催しようと思っておりますので、勝ち残れば合計二十二個の欠片が手に入ることになりますね。アイ!」

 すると、天月さんの傍から、ぼくのチップから、参加者の人たちの近くから、それぞれが所有するアイが投影された。

「ふむ、二十二もあったら、ほとんど完全復活できるの」

 全員が口々にそう言う。

 つまり、ここで勝ち残れば、願いが叶えられるかもしれないということだ。

「ふふ、どうやら、今宵が最終決戦となる可能性も高そうですね。それでは」


「――――――――ちょっと待った!」


 その時、天月さんの声を遮るように、食道の扉がバン、と開いた。

 女の声。

 その声の主は、振り返らずともわかる。

「わたしも参加するから、参加者は合計、十二人でお願いします」

 大塚沙鳥は、右手に同意書を、そして左手には一本のボールペンを持っていた。

 そのボールペンから、二十三個目のアイの声がする。

「ワシも仲間にいれい!」

 この場の誰のものでもない、別のアイ。


 つまりさっちゃんは、みたいだった。


 そんな彼女を見て天月さんは意味ありげにニヤリと笑い。

「それでは、本日のスケジュールを説明いたしましょう」

 と端的に述べた。

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