乗船①

 ぼくたちがアイと出会ってから三か月が経ち、決戦の日となった。


「まだまだ寒いねー」

 さっちゃんの言う通り、三月も半ばだというのにぼくたちの口から白い息が漏れた。

 でも、未だにのアウターを羽織って両手でマフラーを握りしめている真冬仕様の服装をしているのは、周りを見てもさっちゃん一人だった。

「ああ、こたつに帰りたい」

 そろそろこたつをしまおうと思っていたんだけど、この分だと当分しまえなさそうだ。


 時刻はもうすぐ夕方の七時半。

アイを賞品としたギャンブルの集会は、今日の夜八時に横浜の港に集合という日程だった。

 夜の港は、綺麗だ。

 特に横浜の港には大きな観覧車や高いビルが立ち並んでいて、歩いているだけで目が楽しい。

「これが残業の光だね」

「さっちゃん、嫌なこと言うのやめてくれないかな」

 というか今日は土曜日の夜だぞ。どうしてオフィスビルに灯りがついているんだ。

 予定より少しだけ早く目的地に着いたので、ぼくたちは近くの公園のベンチに座った。

 ここからだと本当に綺麗な景色が見える。

 隣のベンチにも、その隣のベンチにも男女が体をくっつけて腰かけている。

「ぼくたちもあんな風な仲良しカップルに見えてるのかな」

「何言ってるの、わたしたちは名実ともに仲良しカップルじゃない」

「っ……」

 シンプルに照れてしまったのが恥ずかしくて、屋外ということも気にせずさっちゃんの頭を撫でた。

 まあ、周りはもっとえぐいことをしている男女もいるしこのくらいセーフだよ。

 頭を撫でられたさっちゃんが「んふふー」と満足そうに喉を鳴らした。

 その時、ぼくの鞄から大きな舌打ちが聞こえてきた。

「チッ!」

「うわっ、びっくりしたぁ。ちょっとアイ、そういうの普通にびっくりするからやめてよ」

「じゃったらいちいちイチャイチャするでないわ。この三か月、ワシがどれだけ気まずかったか……」

「それはもうぼくたちに拾われた時点で諦めて」

 アイは自分の体を投影することなく、チップの状態のまま声を出していた。

 そんな状態での会話にももう慣れたので、ぼくたちは普通におしゃべりをする。

「して、スズ」

「なにかな」

「結局お主は、探し人に出会えたのかえ? 三か月前、何やら親戚を探しに行くなどと言っておったが」

 ああ、とぼくは渋い顔をした。


 結論から言うと、ぼくはヒナミの爺さんを見つけ出すことができなかった。

 親や親戚という、血の繋がりという力強いツテを頼ったが誰も行方を知らず。

 インターネットなど文明の利器を遺憾なく使用してみたが、彼の痕跡はなかった。

 もちろん、世界でも有名なギャンブル大会の歴代優勝者などの欄で名前を見かけることはあったけれど、ここ十年ほどは大きな大会に参加している様子もなかった。

「会えなかったんだね、すずくん」

「うん。まあ薄々そんな気もしてたからダメージは少ないけどね」

「ふうん?」

姿からさ」

 そう言うとさっちゃんは納得したようなしていないような複雑な顔で頬を膨らませた。

「でも、そんなにすごい人ならやっぱり会ってみたかったなー」

「いずれ会えるよ」

 うん、さっちゃんならいずれあの人に会える。なぜだかわからないけどそんな予感があった。


「フン、つまりお主はこの三か月間を無駄に過ごしたっていうことなんじゃな。そんなんで今日の勝負、大丈夫なんじゃろうな」

「なんだ、アイ。心配してくれているの?」

「誰がじゃ!」

「別にアイは自分が復活すればそれでいいんだから、ぼくたちが勝とうが負けようかどうでもいいでしょ?」

「……フン、まあそうじゃがな。じゃがまあ三か月のよしみじゃ。できればお主らにワシを復活させてほしいと思っている気持ちがなくなくなくはないわい」

 アイの物言いに、ぼくとさっちゃんは顔を見合わせて笑った。

「アイ、デレるの早いね」

「デレとらんわ!」

 さて、とぼくたちは立ち上がった。

 そろそろ集合の時刻だ。


 集合場所は、港。

 ということは十中八九、だろう。それがぼくたちがこの三か月で予想したことだった。ギャンブルといえば船。なんとなくそういうイメージも強いしね。

 集合時刻の十分前に集合場所へとたどり着いたぼくたちは、予想通り港に一隻の大きな船が停まっているのを発見した。

 豪華客船とも呼べる風貌のそれは、太平洋をぐるっと回る船上ツアーや、東京湾を一晩で回るショートツアーをしていることで有名だった。

 数泊で数十万の宿泊料がかかるため、普通に生きていたらなかなか乗船できない。

 ついでに調べた話によると、三千万ほど払えばこの船をまるごとチャーターできるらしい。

 もしかすると主催者は今日、この船を貸切っているかもしれないね。

 だとしたら予想以上のお金持ちだ。

 そんなことを考えていたら、船の入り口のところに『アイ』と書いた大きな看板を持った女性がいた。

「……わかりやす」

 あの人が今晩の主催者の関係者ということで間違いなさそうだ。

 ぼくとさっちゃんは互いに顔を見合わせてから、手を繋いで進んだ。

「すいません」

「はい。ああ申し訳ございません。今晩この船は貸し切りでして」

 本当に貸し切りだった。

 ぼくは無言で鞄からカジノのチップを取り出す。

「アイ、なんでもいいから喋って」

 アイにそう頼むと、彼女は立体投影され、「……じゃあ昨晩のお主らのベッドの中での」とぼくらの痴態を話そうとしたので「それ以上口を開くな!」とさっちゃんが慌ててチップを握りつぶした。

「モガガガガ」

 一連のやり取りを見ていた受付の女性はにこりと笑って「確認致しました。中までご案内致します」と丁寧な口調で言った。

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