他のアイを探して②

 あまりにも核心的な招待文。

 それを見て、さっちゃんが小さく息を呑んだのがわかった。

「戦う場合は三か月後に、横浜の港にご参集ください、だってさ。どうする? さっちゃん」

「行くのじゃ! 絶対に。もうこやつはワシを十二個も所持してると言っておる! 感覚的に、ワシを二十個以上集めれば相当な力が戻るはずじゃから、ここで勝てば十三個。半数以上も一気に集められるということ! この機を逃す手はあるまい」

 アイが無邪気に言った。


 そりゃあアイからしたらデメリットがゼロだもんね。アイは復活したいだけだから、究極誰がどう揃えたって問題がない。

「ね、さっちゃん。たぶん戦うって言っても殴り合いとかではなくて、ギャンブルだと思うんだけど」

「……」

 さっちゃんは右手をあげて、ちょっと待ってねのジェスチャー、そして少しだけ目を閉じた。

「決めた、というより最初から答えはひとつだよー」

 再び目を開けた時、彼女の目には真剣な光が灯っていた。

 みかんゲームを挑んだ時の真剣な表情を越える、深い黒に染まった瞳。


 ぼくはその目に見覚えがあった。


 それは、だ。


 かつてぼくが、親戚のヒナミの爺さんに見出した、自分の勝利を信じて疑わない勝負師の目。

 ぼくの口から乾いた笑いが出る。

「どうしたの?」

 不思議そうにさっちゃんが覗き込んできた。

 ぼくはなにもないよ、と言って、予定表の三か月後の欄に、『アイ』という単語を書き込んだ。


 そうだよね。そりゃ、みかんゲームでもじゃんけんでも勝てないわけだ。

 さっちゃんは、ヒナミの爺さんの領域に、いわばに片足を突っ込んでいたんだ。


 改めて、ぼくは幸せ者だ、と思った。


 三か月後の決戦をさっちゃんと二人で乗り越えられたら、ぼくはひとつ勝負師に近づけるような気がした。

「変なすずくん。まあいいや。アイさん。そんなわけで三か月ほど待っててくださいね」

「うむ。わかったのじゃ」

 アイはそこで、思い出したかのように両手をポンと打った。投影体だから音は鳴らないわけだけれど。

「ワシが願いを叶えるのは、あくまでワシを元に戻してくれた人じゃからの。お主らがその勝負で負けたらワシとお主らの関係はそれまで。そこに異論はないかの?」

 予想通りだったけど、ドライな契約関係だった。

 まあ、そこに異論はない。ぼくたちは頷く。

「じゃあすずくん、ここから三か月間、どうやって過ごそうか」

 三か月の過ごし方はもう決まっていた。

「あ、そうなの? どうやって過ごす? わたしと終日勝負に明け暮れる? ポーカーでもブラックジャックでもなんでもやるよー」

「その誘いは大変魅力的なんだけど、まず来月の末と再来月の頭には期末テストがあるんだ」

 いまは十二月。ぼくたちの大学は一月の末から二月の頭にかけて期末テストを行う。

「そんなの前日だけでいいよ。授業をちゃんと聞いていたらテストで六割をとるくらいなら余裕でしょ」

 ぼくはさっちゃんを睨みつけた。それができるのは一握りだけだし、ぼくは授業をちゃんと聞いていない。


「そしてそれ以外の時間は、ちょっと人を探すつもりなんだ」

「ふうん? 誰。別の女?」

「なんでさっちゃんがいるのに別の女を探すんだよ」

 もしそうだとしても、それを正直に言わないよね。

「探すのは、ぼくにゲームの楽しさを、勝負を教えてくれた人。親戚の爺さんなんだけど、その人に会ってもう一回勝負を教えてもらおうと思ってね」

「そんな人聞いたことないよ」

「あー、たしかに話してないかも。まあ落ち着いたらまた話すよ。でもなんか、ギャンブルだけで生計を立てていた人らしくて。ぼくがいまこんなにゲームが好きなのもその人のお陰なんだ」

「そっか。じゃあわたしかきみと付き合っているのもその人のおかげなんだね。その人に感謝だ」

 なんでそういうセリフはさらっといえるのに愛してるは言ってくれないのかね!

 ぼくは少しだけ嬉しさの混じったもやもやした気持ちを抱えて黙った。

「じゃあ、わたしはわたしでちょっとやりたいことがあるから、ここから三か月は別行動だ 」

「……」

「ん? すずくん寂しいの?」

「べっつにー」

 ニヤニヤした顔でさっちゃんが詰め寄ってきたのでぼくは両手で顔を挟んでむにゅーってして押し戻した。

 顔が潰れても可愛いってどういうことなの?


「じゃあ毎週日曜日は絶対この家に集合することにしよ? もちろんそれ以外のタイミングでも集まることはあるだろうけど。それならいいでしょ?」

 本音を言うと、それでも足りないけれど、先にヒナミの爺さんを探しに行くと言ったのはぼくだ。ここで駄々をこねるのもおかしい。

 そう思って、ぼくは渋々頷いた。

 会話を締めるように、アイが宣言する。

「決戦は三か月後じゃ! お主ら、勝ち上れるようそれまで英気を養ってくれ」


 こうしてぼくの長い一晩が終わった。


 どちらがこたつから出てリモコンを取るか、というしょうもないカップルのやり取りから発展したこの話がどういう結末を迎えるのか。

 少しだけ怖いけれど、それでもやはり、ワクワクしてしまっている自分がいた。


 明日から、準備の期間がはじまる。


 勝負事に一番大切な期間が。



<第一部 完>

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