他のアイを探して①

「ほんとか!」

 ぼくの協力する宣言を聞いたアイは、嬉しそうに両手をこたつの机に打ち付けた。

 どん、という音は鳴らず、腕はこたつをすり抜けていく。ぼくは、実態を持たない彼女の代わりに机を一度トン、と叩いた。

「ただし」

「ん、なんじゃ。条件でもあるのかえ。はっ、もしかしてワシか? 協力する代わりにワシの躰を好きにさせろとかそういう!」

 アイはテンションが上がりすぎておかしくなっちゃったみたいだ。

 心なしかさっちゃんがぼくのほうを睨んでいる気がする。待て、ぼく、全く悪くなくない?

「いいか? ひとつ、ぼくには最愛の彼女がいる。ふたつ、アイは投影体なんだから触れることができない。最後に、アイの少女体型にぼくは何も感じない!」

「なんじゃと。ワシの魅力が理解できないと? なんじゃい、体の貧相さならサトリも変わらんではないか」

「殺す」

 この物騒な発言はぼくじゃなくてさっちゃん。

 まあ、アイの言っていることはそこまで大きく外していないんだけど、都合が悪いからぼくは無言を貫く。

 しかし、日本には黙秘権なんてものは存在せず。

「酷いよねー、すずくん。わたしの躰がアイさんと同じくらい貧そ……成長過程だとか、そんなことないよね」

「……」

「ね?」

 おかしいな。圧力が強すぎて、さっちゃんにも角が生えているように見えてきたぞ。

 ぼくは目を逸らして、こたつの近くに落ちていたノートとペンを引き寄せて強引に話を戻す。

「ただし、やるからには全力でやるけれど、それはアイの復活を保証するものではない。その前提の上で、今後の方針を決めよう」


 ぼくたちの目的はアイの復活だ。

 目的が決まれば、次はそこに到達するために必要な要素を考える。

 手段の検討と具体化だ。

 今回の場合だと、アイの復活のために必要なことは、アイが封印されている物質の収集。収集をするためには、アイの欠片を持っている人の居場所を特定しなければならない。

 じゃあどうやってそれを特定するかというと。


「ある程度目途はついた」

 ぼくが少し考えこんでいると、さっちゃんがこともなげに言った。

「目途って、他のアイの居場所?」

「うん。さっきアイさんも言ってたけど、他の欠片の持ち主もきっとわたしたちのことを探していると思うんだよね」

 アイを拾った人は、彼女に協力するとなんでも願いが叶う可能性がある。それなら確かに多くの人が彼女に協力するだろう。

「ちなみに、他のアイも願い事の成就を餌に協力を持ち掛けているの?」

「餌とは失礼じゃな。じゃがお主の言う通りじゃよ」

「でもさっき、他のアイがどこにいるかわからないって言っていたよね。ってことは、個々のアイがそれぞれ自我を持っているってことでしょ?」

 意識はひとつのまま、体がバラバラになったわけではないとぼくは予想する。

 そして、思考がクラウド化されていない以上、他のアイが他の所有者とどういう交渉をしているかなんてわからない。

 しかしそんな懸念をアイは一言で吹き飛ばした。

「バラバラになっても、。ワシの考えていることは自分が一番わかっておる」

 純粋無垢な笑顔だった。

 それを聞いてさっちゃんが満足そうに頷く。

「ちなみにすずくんは、どういう風にアイさんを探そうとしていた?」

「インターネットの書き込みとかをしらみつぶしにあたるつもりだったよ」

「そうねー、わたしだってそうするかもしれない。でもさ、例えばすずくんが、いくらでもお金と時間を使えるとしたら、どうやって探す?」

「……」

 ぼくは大学生だから時間はそれなりにあるけれど、お金はあんまりない。

 そんなぼくが、お金を自由に使えたとすると。


「あ」


「そう。探すんじゃなくて、呼ぶんだよ!」

 ぼくのひらめきをさっちゃんが引き取って言葉にした。

 もしお金と時間が死ぬほどあるのなら、きっと宣伝広告費にお金を費やすのが一番いい。

 そしてぼくたちのような人間が寄ってくるのを待てばいいんだ。

「だからさっき、調べてみたんだ」

 そういってさっちゃんはタブレットの検索画面をこたつ机の上に置いた。

 ぼくとアイが覗き込む。

 検索ワードは「ギャンブル」と「のじゃロリ」のアンド検索だった。

「誰がのじゃロリじゃい!」

「わたしはのじゃのじゃ言わない上にロリじゃありません」

「貧相な体形の癖によく言うわい」

「殺す!」

 検索結果にはいくつか卑猥なサイトが並んでいだけれど、上から三番目くらいに興味を惹かれるものがあった。

「さっちゃんが言っているのってこれ?」

 。という間抜けな見出しのホームページを開くと、角の生えた少女の画像が目に入った。


 それは、アイにそっくりだった。


「このアイさんにそっくりな立ち絵を見る感じ、このサイトの運営者は所持者である可能性が高いと思うんだ」

 もしこの立ち絵がなければ、運営者が所持者であることを確かめるのに難儀しただろう。趣味でやっている創作サイトの可能性もあるし、怪しげな集会の可能性もある。

 しかしアイの風貌を知っているとなれば話は別だ。さっそくの大当たりにぼくたちはテンションをあげる。

 そのままページを読み進めていくと、のじゃロリにギャンブルをせがまれている被害者同士で意見交換をしませんか、という趣旨の文章がつらつら続いていき、一番下にへ飛ぶリンクがあった。

 さっちゃんが躊躇なくそれを押す。


 果たしてその画面には、ただ一行「名前を打ち込んでください」というメッセージと空白のテキストボックスがあるのみだった。

「名前?」

 名前を打ち込め。

 ぼくとさっちゃんは顔を見合わせて、頷いた。まさか久野鈴也や大塚沙鳥と打ち込ませたいわけでもないだろう。

 これは、一種のテストだ。いたずらや興味本位でこのサイトを訪れた人物を弾くために、アイの所持者にしかわからない単語を打ち込ませたいのだ。

 さっちゃんが『アイ』と打ち込むと、一瞬のロードののち、テキストベースの質素なサイトが現れた。

 正解だったようだ。

 ぼくはその簡潔な文章を読み進める。

「えーと、なになに。あなたの所持するアイを譲っていただけませんか、だって」


+++++++

 あなたの所持するアイを譲っていただけませんか。

 どうしても譲っていただけないなら、アイを賭けて私とギャンブルをしましょう。

 私は今、十二個のアイを所持しています。

 アイを譲ってくださる方は、以下の電話番号に掛けてください。

 もし私と戦う意思があるのなら、以下の日程で、指定の場所にご参集ください。

+++++++


 そこには、三月末日の日付と、神奈川県横浜市のとある住所が記載されていた。


 

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