第3ゲーム:じゃんけん②

 じゃんけん。グーはチョキに勝ち、チョキはパーに勝ち、パーはグーに勝つ、恐らく世界で一番ポピュラーなゲームだ。

 その単純さ故基本的に必勝法はないはずなんだけど。


「最初はグー」


 ぼくたちはお互いに右手を突き出して、勝負は普通に始まった。

 よくある「自分はグーを出すからね」みたいな駆け引きはない。

 フィクションの世界なら、『あまりにも目がいいため、出す直前の手の開きで相手の手がわかる』という必勝法があるけれど、もちろんさっちゃんはそんな素晴らしい動体視力を持っていない。


 完全な運ゲー。

 ぼくは何を出そうか特に考えることなく、じゃんけんのコールをはじめる。


 さっちゃんが動いたのは「じゃんけん」の「じゃん」のあたり。

 その瞬間彼女は、じゃんけんに関係のないを動かした。

 そこに握りこまれていたのは、度々登場するみかん――――!

 それをみかんだと認識した瞬間、勢いよくぼくの目にが飛び込んできた。

 反射で顔を隠す。

「ぽん」

 そのコールがされた瞬間、顔を隠しているぼくの右手は完全に開いていて、さっちゃんの右手は指が二本だけ立っていた。

 パーとチョキ。


 ぼくはまた、彼女に負けた。


「勝者、大塚沙鳥」

 アイの宣言が響き渡る。

 じゃんけんの瞬間にみかんの汁を飛ばし、反射で手を開かせて手を強制的にパーにする、という頭のいいというよりはに引っかかったぼくは、普通に「汚ねえ!」と叫んだ。

「汚くないもん。戦略だもん」

「え、正気を疑うんだけど。普通彼氏に好きって言いたくないっていう理由でみかんの汁顔面にぶっかける? それ本当に彼氏か?」

 そう言うとさっちゃんはあざとくぼくの胸に飛び込んできて腕を背中に回してきた。

「ぎゅー」

「ぎゅーじゃないよ!」

 暖かい。

「違うの。別に言いたくないとかじゃなくて、ただ負けたくなかったの」

「一緒だよ! 好きって言いたくないにしろ、負けたくないにしろ、彼氏の顔面にみかんの汁をぶっかけていい理由にはならないと思うんだ……」

 などとネチネチ言っていたぼくだったけど、


「ごめんさっちゃん、ちょっと離れて」

「え、あ、ごめんなさい、怒った? 怒ってるよね、ごめん、ちょっと調子に乗りすぎた」

 不安げな表情でなおもくっついてくる彼女に「そうじゃなくて」と言いながら引きはがす。

「嫌いになったからとかじゃなくて、ぼくはただ三点倒立をしたいだけなんだよ。させて?」

「…………………………ああ」

 さっちゃんの複雑そうな顔を見ながら、ぼくは壁際で三点倒立をした。

 うん。なんかわからないけどやりたくなったんだよね。

 ――――って。


「すごい強制力だった!」

 倒立中にぼくは自分がとても大きな力に飲み込まれていたことを自覚した。


「ごめん、アイの能力を疑ってたけど、本当だったみたい」

 自分から進んで三点倒立やってたもんな、ぼく。

 恋人の前で自分から三点倒立をする、そんな恥ずかしいことあるかよ。

「うむ、信じてくれたのならよい」

 ぼくはこたつに戻って、少し不安そうな顔をしているさっちゃんの頭を撫でた。

「怒ってないからそんな顔しないで」

「本当? ごめんね」

「うん。でも人の顔にみかんの汁はかけちゃ駄目だよ。マナー違反」

 それでも不安なのかさっちゃんはぼくの体に腕を回してくっついたままだった。

 気を取り直してアイの話を聞く。

「ワシのこの能力は、、というものじゃ。だから、何の条件もなくスズに三点倒立をさせることは出来ん」

 それができたらもう悪魔の領域だもんね。

「もっと言うと、双方合意したものであっても、物理的に不可能なものは履行できん。目が見えない人がサポート無しで書物の朗読をする、という約束をしても、一時的でも視力を回復させることはできない。それは実現不可能じゃ」

 まあそのあたりはそうだろう。


「ただし、できる範囲でならどれだけ非人道的な手段だとしても実現可能じゃ。負けた方が一億円を渡す、期限は設けない。という条件で敗北すれば、あらゆる手段で一億円をかき集めるよう動かすことができる。人間にはできない芸当じゃろう?」

 ふふん、とアイが鼻を鳴らす。なんだかふてぶてしい。


「数十個に飛び散った破片のワシにすら、そんなことができるんじゃ。ならば、もしワシが完全体になったら何ができると思う?」

 彼女はもったいぶるように言葉を溜める。


「双方の合意なぞ関係なく、お主の願いを、なんでも叶えてやれる」


 さっちゃんが小さく息を呑んだのがわかった。

 ぼくも少しだけ緊張する。

 人の願いを叶える、人間を超越した存在。

 それは、ぼくたちの間では悪魔と呼ばれるものだった。

「本来ワシは、ちっぽけな人間風情の願いを叶えてやるために自分の能力を使ったりはせん。人間にはギャンブルをさせて、それを眺めるのが一番楽しいからのう。ただ、こと今回に関しては別じゃ」

 角を生やした、少女の形をした悪魔は口元を歪めた。

 次の一言はぼくの人生を一変させてしまう可能性を秘めている。そんな予感があった。

 そして、それにワクワクしていないかと聞かれれば嘘になる。

 ぼくは緊張と熱気で汗ばんだ足を組みなおした。


「ワシに協力せい。したら、ワシが完全復活した暁に、お主の願い事をなんでも一つ叶えてやるわい」



 第3ゲーム 『じゃんけん』


 勝者・大塚沙鳥

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