第3ゲーム:じゃんけん①

 少しの間部屋に沈黙が訪れて、嫌に時計の秒針の音が気になった。

 こたつに入れている足が、少しだけ汗ばんでいる。

 ふと、さっちゃんの横顔を見ると、少しだけワクワクしているような、そんな期待に満ちた表情が読み取れた。


 それはきっと、非日常への期待。


 確かにぼくたちは、こんな非日常に少しだけ憧れがあった。

 でも、それと同時にアイのお願いを二つ返事で引き受けるのは少々危険な気もするんだ。

「アイはさ、復活したらなにをするつもりなの?」

 

 アイは五十年前に一度、人間に敗北して、バラバラになっている。

 誰かがバラバラにした、つまり、意図的にアイを無力化したかった人間が存在するということ。

 そのどちらが正義なのかはわからないけれど、人間が彼女を分割した、というのは簡単にスルー出来る話ではない。

 しかしそんなぼくの心配とは裏腹に、アイは間延びした口調で答えた。

「復活したらなにをする、か。こたつに入ってみかんを食べる、という行為は味わってみたいかの」

「……」

「こたつとみかんには、お主らが出られなくてギャンブルをはじめてしまうほどの魔力があるのじゃろう? ワシは今実体がないからの。こうやって足をいれているフリはできるが、これはあくまでフリじゃから」

 アイは無邪気に笑った。

「……例えば復活したら人類を滅ぼしたい、とかじゃないの?」

「馬鹿か? 人類が滅びたらワシはもうギャンブルに立ち合えなくなるではないか。そんなつまらないことするわけがなかろう」

 ぼくはさっちゃんの方を見た。

 さっちゃんは「まあ、嘘は言ってないんじゃない」と小さく答える。

 ぼくも同意見だ。

 アイのギャンブルに立ち合いたいという気持ちはかなり強い。ギャンブルの神を自称するほどだ、そこに嘘はないだろう。

「しいて言えば、自由に動き回れるようになればもっと多くのギャンブルに立ち合える、それがワシの目的といったところじゃ。ワシはギャンブルが大好きじゃからの。なのに今はほら、久野鈴也か大塚沙鳥が勝負をはじめなければワシは退屈なんじゃ」

「今更だけどフルネーム呼び、冗長じゃない? ぼくのことは鈴也とか鈴って呼んでいいよ」

「ふむ。そう言えばお主らは名称を縮めて呼び合うことが多いらしいの、じゃあスズとサトリ」

 アイはぼくたちそれぞれを指差して名前を呼んだ。少しぎこちない発音に聞こえたけれど気にしない。


 まとめると、とアイは両手を広げて息を吐いた。

「ワシはギャンブルの神様のような存在だった。しかし五十年前に存在をバラバラにされて各地に散らばったんじゃ。だから今は、このチップを依り代にして生きておる」

 そのチップをぼくがたまたま拾ってしまったため、彼女はこの部屋に上がり込んでこられたというわけだ。

「バラバラの状態では自由に動き回ることすらできんワシは、元の体に戻りたい。スズとサトリには、そのために協力してほしい」

 アイは深く頭を下げた。

 人間の文化に合わせてくれたんだろうその真摯な態度は、ぼくを協力してもいいかな、という気にさせた。


「でもアイさん。わたしたちは具体的に何をすればいいんですか?」

 さっちゃんが聞く。

「ゴールは簡単じゃ。端的に言うと、このチップのような、

「……」

 わかりやすいゴールではあったんだけど、そのために何をすればいいのかは全くわからなかった。

 ダウジングでもすればいいんだろうか。


「あれから五十年じゃ。恐らくワシの欠片の多くは、誰かに拾われておる。そしたらその拾い主も、きっとワシらを探すじゃろう。じゃからたぶん、落ちているチップを探す、みたいなことはせんでいい」

「つまり、“ギャンブル好きな神様に憑りつかれた可哀相な人”を探せばいいってことなんですね」

「今ワシのこと、人を可哀相にさせる存在として扱ったか?」

「逆に言うと、そういう人たちはわたしたちのことも探している。それならネットとかを使えば案外見つかるかもしれないね」

 さっちゃんが一人納得しているのを見ながら、ぼくはふと疑問に思った。


「どうしてアイは、ってことを確信しているの?」


 ぼくやさっちゃんのような、ある程度時間もお金も使えるけど、大人になり切れていないような層なら喜んでアイに協力するかもしれない。

 でも、家庭があるサラリーマンや鼻タレ小学生がこのチップを拾っていたら、アイに協力なんてしただろうか。

 そう思っていると、彼女は軽く笑った。

「お主の三つ目の質問に答えよう」

「……何の話?」

「さっきスズは、ワシに三つ質問をしたじゃろう。ワシの出自、目的、そして能力についてじゃ」

 そう言われてようやく思いだした。

 そうだった。ぼくは彼女に、ギャンブルの強制取り立ては本当か? と聞いたんだった。


「ワシには合意済みの賭け事を必ず精算させる、いわば絶対誓約を結ばせる力がある。と口で言ってもわからないと思うから、スズとサトリ、じゃんけんでも何でもいい。何かを賭けてゲームをしてみてはくれんか」

 ぼくはさっちゃんの方を見る。彼女は頷いて、笑った。


「何を賭けてじゃんけんする?」

「そうだなあ、じゃあ、ぼくが勝ったらぼくにって言って」

 そう言うと彼女の目が一瞬だけ大きく開いたあと、口元の笑みが消えた。

「それを賭けるなら、本気で勝たしてもらわないとね」

「ねえそんなに嫌なの? ぼくのこと愛してないの?」

「うわー、発言が重い」

「うぐ、いや、そういうつもりではないんだけど」

 ぼくが言葉に詰まっていると、「じゃあわたしが勝ったらすずくんこたつから出てをしてね」といった。

 三点倒立とは、両手と額を地面につける倒立のことだ。って、なんで?

「彼女の前で三点倒立って、なんか恥ずかしくない?」

「確かに普通の逆立ちよりなんか恥ずかしい!」

 条件がそろったと見て、アイが口をはさんだ。


「ゲームの内容はじゃんけんじゃ。一回勝負。あいこになった場合、勝敗がつくまで続ける。ゲームの褒賞は、久野鈴也がかった場合、『大塚沙鳥が久野鈴也に好きということ』。大塚沙鳥が勝った場合、『久野鈴也がこたつから出て三点倒立をすること』。これで両者納得かの?」


 ぼくとさっちゃんは顔を見合わせて頷く。


 じゃんけんなら、特に読みも存在しないでしょ。

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