謎ののじゃロリを問い詰めよう②

「まず、どこから来たのか、じゃな。それは答えやすい、ほれ、そこじゃ」

 そう言ってアイは、ぼくの鞄を指差した。

 彼女が出現したときのことを思い出す。たしか、地鳴りと共に鞄が闇色に染まって、そこから出てきたんだ。

「その鞄の中にポーカーで使うようなチップが入っているじゃろ」

 ぼくはこたつから出て鞄をひっくり返す。

 アイの言った通り、中から$100と書かれたチップが出てきた。

「……すずくん、それどうしたの?」

「公園のベンチの下に落ちてたのを拾って帰ってきちゃったんだ。チップって格好いいなと思って!」

 恥ずかしくなったぼくは照れ隠しに頭を掻きながらそう答える。

 さっちゃんは呆れた顔で「ばっちぃからちゃんと洗って?」と言った。

「ばっちくないわい!」

「どうしてアイさんが怒るの……」

が、ワシの本体なんじゃ」

 その突拍子のない発言にぼくはたじろいだ。

「チップの精霊とかそういう話?」

「じゃから、ワシを精霊とかそういうカテゴリで考えるんじゃなかろうて」

「あ、そうだった。でも、じゃあどういうこと?」


 アイはまた少しだけ考えて、ぼくに向かって握手するように手を差し出した。

「ほれ、握手しよう」

 ぼくは戸惑いながらも手を掴もうとして。

「あれ、掴めない」

 ぼくの手はアイの手を通り抜けた。

「このように今のワシには実体がない。最近の言葉で言えば投影だとか、のような存在だと思えばよい」

「さっちゃん、ホログラムって何?」

「言葉遊びとか暗号の一種ね。文字を入れ替えて別の単語にするやつ。になるような」

「それがホログラムじゃなくてアナグラムだってことくらいはぼくだって知っているし、二文字でアナグラムをするのはミスだよ」

「うふ。ホログラムは、見る角度によって図が浮かび上がる図柄のこと。なんだけど、今は意味が拡張されてて、立体投影のことなんかもホログラムって呼んだりするね」

 実体があるように見えるけど触れられないもの。

 3D映画の飛んでくる岩みたいなものだとぼくは理解した。


「いまお主らに見えているワシは映像で、元データはそのチップに入っていると思えばよい」

「……なんとなくは理解したんだけど、じゃあぼくがチップを拾わなかったらアイと出会うことはなかったっていうこと?」

 アイは頷いた。

 ぼくが気まぐれを起こしてチップを拾わなければ、アイはずっと公園にいたということらしい。

「チップの中にいると当然じゃが動けないからの。本当にお主に拾ってもらえて幸運じゃったわい」

 退屈じゃったからな、とアイは付け加えた。

 黙って話を聞いていたさっちゃんが、少し首を傾げて質問をする。

「このアイさんが宿ったチップって、たぶん誰かが捨てたか落としたかしたものだと思っているんですけど、ということは、アイさんは前の持ち主に捨てられたんですね」

 さっちゃんが辛辣なことを言った。

 アイは涙目になりながら「違うわい」と叫ぶ。

「これは久野鈴也の二つ目の質問に繋がってくるんじゃが」


 二つ目の質問、それはアイの目的だ。


 アイは何のためにぼくたちの前に姿を現して、なんのためにギャンブルを仕切って、これからなにをするのか、というシンプルな疑問。

 彼女は自分の角を優しく撫でながら口を開いた。

「ワシは元々、こんなちんけなチップにとらわれた存在などではなく、人間のような実体があって、自由に動き回ることのできる存在だったんじゃよ。そんなワシが、いまこんな状況になっているのは、五十年ほど前、ひとりの人間にしたからじゃ」

「敗北? 人間とゲームをしたの?」

「うむ。そのゲームの末、ワシの存在が数十個に分割されて、封印されたんじゃよ」

「……は?」


 アイの言っていることがあまり理解できなかった。


「分割と言っても、肉体がバラバラになったわけじゃのうての、人間でいう魂がバラバラになったようなことを想像してくれればよい。じゃから、ここにいるワシは元の自分のほんの一部。自分で歩くこともできない、ただ自分を投影することしかできない存在になり下がってしまったというわけじゃ。そして、残りのワシはいまどこにいるかもわからん」

 その補足説明でようやく思考が追い付いてきた。


 アイは魂が分解されて、世界各地に散らばったらしい。いまぼくの目の前にいるアイはチップに封印されているようなもので、バラバラになっているせいで本来の能力を発揮できないどころか、歩くことすらできない。

「魂がバラバラにって、五十年前どんなゲームをしたのさ……」

 そう聞くとアイは露骨に不機嫌な顔になった。

「嫌なことを思い出させるんじゃないわい」

 確かに、自分がバラバラになった時のことなんて思い出したくもないか。

「じゃからワシの目的は、元の体に戻ることじゃ」

 ふむ。

 それは至極当たり前の欲望だと思った。ぼくだってバラバラにされてしまったら元の体に戻りたいと思うに決まっているだろう。

 人間はバラバラにされたらたぶん死ぬけど。

「ということで久野鈴也。お主に折り入って頼みがあるんじゃが」

「……」

 アイが神妙な面持ちでぼくの顔を見た。

 嫌な予感がした。


「ワシの復活に、協力してくれないかの」

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