第1ゲーム:みかんゲーム③
ぼくはゲーム開始宣言と同時にみかんを手に取って維管束の数を数える。
怪しまれないようにさりげなく、それでも正確に。
十個。
二回数えたが、維管束の数は十個だった。すなわち、みかんの房の数も十個だということ。
さっちゃんは机の上に両手を置いた姿勢で、ぼくのことをじっと見ている。
握って数を数えるなどといったイカサマがないかどうか見ているのだろう。
でも、もう遅い。
ぼくはこのゲームに勝利する。
そして君に、好きだと言ってもらうんだ!
「偶数。ぼくはこのみかんの房の数を偶数だと予想する」
少しの沈黙の後、角の生えた少女は厳正な口調で「承った」と言った。
「久野鈴也、偶数選択。大塚沙鳥、奇数選択。これでいいな?」
少女はぼくとさっちゃんを交互に見る。
二人が頷く。
「では、みかんの皮を剥くのじゃ」
ぼくはゆっくりと、みかんの皮を剥いていく。潰さないように、丁寧に。
房を独立させて、ティッシュを敷いた机の上に一つずつ並べていく。
一、二、三。
ようやく。付き合い始めて一年と少し。
ようやくさっちゃんに、好きと言ってもらえるんだ。
七、八。
ぼくは最後の一塊を、二房に分けた。
九、十。
「これで、十個、偶数。つまり―――」
ふー、とゆっくり息を吐いた。
「うむ。数え終わったようじゃな。勝者は」
勝った。
「大塚沙鳥じゃ」
……え?
「ちょ、っと待って。あのですね、十というのは二の倍数だから偶数っていうことで」
「さてはワシのこと馬鹿だと思っておるな? 大丈夫じゃ。偶数と奇数の区別くらいきっちりついておる」
「だったら!」
「お主の前提が違うんじゃろう」
「……え?」
少女の顔を見た後、ぼくはゆっくりとさっちゃんの顔を見た。
そして、さっきは気にならなかった違和感に気付く。
彼女の姿勢が、不自然によすぎる。
さっきと変わらず、こたつ机の上に両手を置いて、ぼくの方をじっと見ている。
そのまま彼女は、大塚沙鳥はニヤリと笑って、両手をあげた。
その右手の下には、みかんがひと房、置いてあった。
右手に隠れていたそのひと房のせいで、机の上の房の数は合計十一個―――!
「偶数足す一は、奇数。奇数足す一は、偶数。ねぇ、すずくん。どうしてわたしがこのゲームで後攻を選んだんだと思う? 普通に考えたらさ、みかんを手に取ったすずくんに簡単に先攻を譲るわけがないよね」
「……」
「このゲームはそもそも君の提案だった。わたしに好きと言わせたいすずくんが、単純な運否天賦のゲームを申し込んでくるかな。そう思っていたら、君は不自然にみかんをにぎにぎし始めたよね」
「でもそれは……」
「うん。意味のないブラフ。みかんの皮って意外と分厚いからさ、にぎにぎしてもあんまり個数までわからないんだ。なのに君は、わざとらしく見せつけるように、みかんをにぎにぎしていた」
どうでもいいけど、にぎにぎってなんだかいやらしいな。
「その瞬間に確信したよ。方法はわからないけど、君にはみかんの房の数がわかるんだって。そしたらあとは簡単」
そう言ってさっちゃんは、ゲーム開始より前にぼくが転がして彼女に受け渡した、食べかけのみかんを指差した。
「すずくんが絶対に偶数か奇数かを外さないのなら、それに一を足せばいい。そしたら絶対にわたしが勝てる。そう思ったから、わたしはあえて君に先攻権を譲ったんだ」
「……くっ」
「惜しかったね。もし君がみかんの房の数を当てられず、本当に運否天賦だったのなら、勝負は五分だったと思う」
これが、大塚沙鳥。
ぼくの策略を一瞬で見抜いて、イカサマをイカサマだと指摘せず逆に利用するその賢さ。
ぼくが謎の少女の登場に気をとられている最中に、手にひと房握りこんでおくその胆力。
完敗だ。ぼくは素直にそう思った。
「君の敗因は」
ニッコリと笑ったさっちゃんは、みかんをひとつ口に放り込んだ。
「ひふんをかひんひふひはほとふぁね」
「いや、なんて?」
このみかんゲームをきっかけに、ぼくの人生はとんでもない方向へと舵を切っていくことになるのだけれど、この時のぼくはまだそれに気付いていなかった。
というか、敗北感に打ちひしがれすぎて、謎の少女のこともしばらく放置していた。
そのあとリモコンをとって彼女に渡すついでに、頭を撫でたり唇を触っているタイミングで、端っこで申し訳なさそうな顔をしている少女と目が合って、ようやく存在を思い出した。
そうだよね。
例え人間じゃなかったとしても、同じ部屋で突然男女がいちゃいちゃし始めたら、そんな顔になるよね。
ぼくはほんの少しだけ罪悪感を抱え、少女もこたつに招いた。
さて、ゆっくりと彼女について聞くとしますか。
第1ゲーム 『みかんゲーム』
勝者・大塚沙鳥
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