第1ゲーム:みかんゲーム②

「みかんゲーム?」

 さっちゃんは首を傾げた。

「バナナゲームなら知ってるけど……」

「なにそのいかがわしいゲーム」

「逆に何を想像したんだよ。バナナと言えば黄色、黄色と言えばハンカチ、みたいに物事を連想していってつなげていくゲームだよ」

「ぼくの地元ではマジカルバナナって呼ばれてたなそれ」

「その呼び名もあるね。じゃあ今回のみかんゲームってどんなゲームなの?」

 ぼくはみかんをしながらゲームのルールを説明する。

「今思いついた簡単なゲームだから変なところがあったら指摘してほしいんだけど」

「ああ、オリジナルゲームなんだ」

「端的に言うと、このみかんの中の房の数が、偶数か奇数か当てるゲーム。丁半博打を想像してもらえるといいかな」

 みかんの房の数は一定ではない。おおよそ十個前後だと言われているが、なりそこないの小さい房が付いていることもあり、その数はランダムだ。


 ぼくが提案したのは、その中身の数が偶数か奇数か当てる、それだけのゲーム。


 さっちゃんはゲームに強いので、シンプルな頭脳戦よりも、に任せた方が勝てる。

 彼女は数秒考えてから、口を開いた。

「その机の上にあるみかんの房の数を当てるゲームか。うん、いいんじゃない? 運試しにはちょうどよさそう」

「よかった。だらだらするのもなんだし、一回勝負でいいかな」

 さっちゃんは頷いたあと、指を一本だけ立てた。

「ひとつだけ」

「なあに?」



「……どうして?」

「君がいまみかんをいやらしい手つきでにぎにぎしていたのは見逃せないよ。触って房の個数を数えていたんじゃない?」

「ふうん。もちろんぼくはそんなことをしていないけれど、わかった。このみかんは籠に戻すね」

 やはりさっちゃんは鋭い。ぼくの動作の一つも見逃していなかった。

「わたしがみかんを指差して選ぶから、それをすずくんは片手だけでテーブルの上に置くこと。片手で触れば感触で個数はわからないとしましょう。手番はそうだな。わたしがみかんを選ぶから、偶数か奇数は君が先に宣言していいよ。わたしはその逆で」

「わかった」

 ぼくは頷いて、みかんの籠を見た。


 決して笑みがこぼれないように細心の注意を払いながら。


 勝った。

 このゲームの一番の揉めポイントは、偶数か奇数の宣言を行う順番である。

 普通に考えたら運否天賦なので順番は全く関係ないように見えるけれど、みかんゲームに関しては別だ。


 ぼくには、皮をむかずともみかんの房の数を知るすべがある。


「じゃあねー、その右から三番目のやつ」

「これ?」

「その左」

「これか!」

「逆だよ! え? わたしとすずくんって右と左の概念共通してないの? ご飯持つ方の足が左だよ」

「左右も食器の持ち方も共通文化圏にいないようだねぼくたち……」

 ぼくは、みかんを手に取る瞬間に。

 悟られないよう、人差し指でへたを弾いた。


 へたの下には維管束と呼ばれる放射状の線が見える。みかんの実に栄養を運ぶ管のようなものだ。

 そして、その線の数を数えれば、みかんの房の数がわかる。

 勝敗を分けたのは知識の差。

 ただの運試しだと思った、さっちゃんの油断だ。

 ぼくは机の上にみかんを置いて、もう一度ルールと賞品を確認する。

「この机の上に置いてあるみかんの房の数が、偶数か奇数か当てるゲーム。ぼくが偶数か奇数か宣言して、さっちゃんはその宣言しなかった方。ぼくが勝ったらリモコンをとって君に渡す。さっちゃんが勝ったらぼくに好きという。このルールでいいかな」

 さっちゃんが楽しそうな笑顔で「うん」と頷いた瞬間。


 


 ズズ……と地鳴りのような音が部屋に響く。

 地震か? と思ったのもつかの間、部屋の隅にあったぼくの鞄が黒とも青ともつかない闇のような色に染まり始める。

「え、なになになに!」

 さっちゃんの方も驚いたような顔でぼくの鞄をじっと見つめている。


 最初に見えたのは、だった。


 その闇から、ヤギの角のように見える二本のねじ曲がった棒がじわじわとせりあがった。

 ぼくもさっちゃんも動けない。

 その角の下には、人間の女の子の顔がくっついていた。

 数秒もたたないうちに、闇から一人の少女のように見える何者かが誕生した。

「なっ……」

「……」

 茫然としているぼくたちに向かって、角を生やした少女が元気よく叫んだ。

「その勝負、ワシが預かろう!」

 預かろう……ろう……ろう……と、部屋中に少女の声が反響した。

 ぼくはまだ動けない。

 目の前で起こった超常的な出来事が、飲み込めない。


 しかし現実は非常なもので、飲み込めていないままどんどん未来へと進んでいく。

「ゲームのルールは簡単じゃ。この机の上に置いてあるみかんの房の数を偶数か奇数か当てた方の勝ち。其の方、久野鈴也ひさのすずやが偶数か奇数か宣言し、大塚沙鳥が宣言されなかった方となる。ゲームの褒賞は、久野鈴也が勝った場合、『大塚沙鳥が久野鈴也に好きと言うこと』。大塚沙鳥が勝った場合、『久野鈴也がテレビのリモコンを渡すこと』。これで両者納得かの?」

「……」

 謎の少女は、ぼくたちがやろうとしていたゲームを簡単に整理してくれた。

 納得かの? と言われたらもちろん納得なんだけど、前提には全く納得していない。

 どうしてぼくたちの名前を知っているのか。どこから現れたのか。

 そもそもおまえは誰なんだ!

 わからないことが多すぎて困惑していると、少女は得心が言ったような顔をした。

「ああ、ワシのことは気にせんでいい」

「無理な相談だよ!」

「ワシはお主たちに危害を加えるつもりは一切ない。ただ純粋に、このゲームに立ち合いたいだけなのじゃ」

「……えっと」

 ぼくは落ち着くために、人差し指を唇に当てる、思考ルーチンの姿勢をとった。


 まず、この少女は人間じゃない。超常的な能力を持った人間という可能性もあるけれど、突然ワープトンネル的なところを通ってワープする角の生えた少女を同じ人間だとは言いたくない。

 いくら多様性の時代とはいえだ。

 次に気になるのは、この少女の目的だ。立ち合いたいと言っているが果たして。

「そう心配した顔をするな。ワシはただの賭け事が好きな存在じゃ。魂をとったりはせん」

「……」

「あ、ただしひとつだけ注意じゃ」

 びくり、とぼくの肩が震えた。

 なんだろう、注意って。

「ワシが立ち合った賭け事の褒賞は、、ワシの力で必ず実行される。此度で言えば、『ゲームには負けたけど面倒だからリモコンをとる約束を反故にする』などは許されないってことじゃな」

 ぼくはその言葉を反芻した。


 つまりそれは。


「さっちゃんが負けたら、絶対にぼくに好きと言ってくれるっていうことだな! わかった。もうあなたのことは気にしない。さっちゃん、勝負だ!」

「すずくんの原動力、そこなの!?」

 この少女が立ち合うことで、もういつものような誤魔化され方はしないというわけだ。

 ぼくにはそれで十分。

 好きだと言ってもらってから、存分にこの少女のことを問い詰めればいい。

 ぼくは力強く前を向いて宣言した。


「さあ、ゲームをはじめよう!」

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