みかんゲーム
姫路 りしゅう
第1ゲーム:みかんゲーム①
みかんが先かこたつが先か、という言葉が示すように、みかんとこたつには高い親和性がある。
実際どっちが先なんだろうね。
みかんを一番美味しく食べることのできる場所としてこたつが開発されたのか、こたつの中で一番手軽に美味しく食べられるものとしてみかんが開発されたのか。
個人的には後者なんじゃないかなと思っている。
みかんにはビタミンと水分が豊富に含まれていて(要出展)、食後の満足感もあるあたり、長時間それだけで過ごしても問題ないようデザインされているとしか思えない。
「すずくんすずくん」
こたつでくつろぎながらそんなことを考えていると、足をツンツンされた。
「みかんとってー」
ふてぶてしくも可愛い笑顔で歯をちらつかせるのは、同い年で恋人の
彼女は同じ大学の同じ学部に通っていて、授業のグループワークで同じ班になったことをきっかけに、よく話すようになった。
そこから二年経った今、ぼくたちは
ぼくはこたつの上に置かれている籠からみかんをひとつとって、彼女の方へ転がした。
念のため補足しておくと、こたつは一辺が一メートルもない程度の一般的なサイズのものなので、ちょっと手を伸ばせば彼女もみかんに手が届く。
ただ彼女はテレビを見ながら寝転がった体勢になっていたので、起き上がるのが億劫だったんだろう。
こたつは人を怠けものにかえてしまう。
時刻は夕方の五時。
大学生も三年目になってくるとそれなりに暇な時間が増えてくる。
今日はお互い、午前中一コマ分の講義しかなかったので、昼食を一緒に食べてそのままぼくの家へと帰った。
さっちゃんも一人暮らしをしているので、こんな感じでうだうだしながらそのまま泊まっていくことも多い。
一般的な大学生カップルの生態だ。
でも。
ぼくには一つだけ、大きな悩み事があった。
「すずくん、これチャンネル変えていい?」
「うん、見てないしいいよ」
「ありがと。リモコンどこだったっけ」
そう言いながらあたりを見回し、リモコンを探す。
ぼくはそれを横目で見ながら、悩み事について思いをはせた。
彼女、大塚沙鳥は。
ぼくに一度も好きと言ったことがない。
もちろん告白のオーケーは貰えたし、事実こうして半分同棲みたいな感じで過ごしている。半分同棲しているからこそわかるけど、他に男がいるようにも思えない。
なにより、彼女はぼくのことが本当に好きなように見える。
一緒に遊びに行くと楽しそうだし、プレゼントや記念日のパーティーも欠かさない。記念日についてはむしろぼくのほうがすっぽかしてしまう勢いだ。
本当にただひとこと、好きや愛していると言った愛情表現の言葉をぼくに囁いたことがないというだけ。
あんまり「好きという言葉」を求めすぎると、ぼくが重い男みたいになってくるから自制しているけれど、時々少しだけ寂しくなってしまう。
さっちゃんは本当にぼくのことが好きなんだろうか、と心配になることすらある。
その度に彼女は行動で示してくるので、そんな不安は払拭されるのだけれど。
そんなわけで最近は、さっちゃんに好きと言わせることが、ぼくの一つの目標になっていた。
「すずくーん」
「今度はなに? またみかん?」
「違うよ、リモコンがさ」
さっちゃんはぼくの背中側にあるベッドを指差した。
テレビのリモコンは彼女の対角側にあるベッドの上に置かれていたようだ。確かに今日テレビをつけたのはぼくだった気がする。
「とって」
はいはいお嬢様、と言いながら腕を伸ばし、リモコンをとろうとした瞬間、頭に電撃のようなひらめきが走った。
「どうしたの?」
ぼくはゆっくりを息を吸って、提案をした。
「さっちゃん、ぼくと簡単なゲームをしよう」
「……別にいいけど、急にどうしたのさ」
怪訝な顔つきをされた。
ぱっちり二重の双眸と目が合う。
今日のように講義しかない日は適当にしか化粧をしないはずなので、素のポテンシャルが高い。
ぼくはその目力に負けじと睨み返す。
「そのゲームでさっちゃんが勝ったら、リモコンをとってあげる」
「ふうん、それで? すずくんが勝ったら?」
「ぼくに好きって言って」
「……なるほど、おもしろいわね」
さっちゃんはニヤリと笑って、やや赤みがかった髪の毛を耳にかけた。
ぼくは彼女のこの子どもみたいな笑顔が大好きだった。
ぼくは、ゲームが大好きだ。それはテレビゲームに限った話ではない。ボードゲームから山手線ゲームまで、この世全ての人と対戦する遊戯を愛している。
さっちゃんの次に愛している。
そして、さっちゃんも古今東西様々なゲームを愛している。そう言うところにお互いが惹かれてしまったと言っても過言ではなかった。
だから、今回のようにゲームを引き合いに出せば必ず乗ってくるとわかっていた。
実際、こんな感じで唐突にゲームが始まることも多い。
そしてさっちゃんは、ゲームにはとても真摯だ。勝敗を有耶無耶にすることはないし、きっちり頭を回して、最後までゲームを投げることがない。
公平な条件のもとゲームを行った結果なら、彼女に勝ちさえすればきっと好きと言ってくれるはずだ。
問題はひとつ。
ぼくは彼女に、真剣勝負で一度たりとも勝ったことがない。
記憶をゆっくり掘り返してみたけれど、さっちゃんとのゲームにおいて、ここ一番の勝負ではぼくは全敗している。
だから今回も、すごく分が悪い条件である。さっちゃんと同じ条件で戦うということ自体が、分が悪い条件なのだ。
とはいえ、適当な遊びでは何度か勝ったこともあるので、方法さえ選べば勝機あると思っている。
「じゃあどのソフトにする?」
さっちゃんはテレビゲームの棚を指差した。
そこにはいくつかの対戦ゲームもあったので、その中から自分の得意なゲームを選ぼうとして固まる。
どうして固まったのか、自分でもわからなかったが、ぼくはその直感を大切にして、一呼吸置いた。
息を吐きながら、目を閉じて人差し指を唇に当てる。
これはぼくの考え事をする時の癖のようなもので、動作に深い意味はない。
一秒、二秒。そして三秒目にぼくは目を開いた。
「危うく騙されるところだったよ」
「うん? なにが」
「テレビゲームを選ぶっていうことは、テレビを使うっていうことだよね。つまり、ゲームを開始するタイミングでリモコンを触り入力を切り替える必要がある」
「……」
「言い換えると、ゲームを開始するタイミングで、さっちゃんはお目当てのテレビリモコンを手にできるっていうこと。リモコンさえ手に入ってしまえばもうさっちゃんにゲームをする理由はなく、不戦勝のような形で勝利するっていう算段だ」
危なかった。危うくゲームを開始する直前に景品であるテレビリモコンを持ってきてしまうところだった。
これが、大塚沙鳥。
単純なゲームにも幾重もの罠を仕込み、自分の勝利を貪欲に目指す、ゲーマーだ。
「……あの」
しばしの沈黙ののち、さっちゃんは気まずそうな顔で口を開いた。
「最近のテレビゲームは、ゲーム機の電源を入れるだけで勝手にテレビ側の入力を切り替えてくれるから、全然そんな意図はなかったよ」
「……」
「……」
「じゃあゲームの内容は!」
「それで誤魔化せると思ってる!?」
さっちゃんの刺すような目線を一身に受けながら、ぼくは机の上に置いてあるティッシュ箱やみかんの籠を下ろして、机の上を何もない状態にする。
そして、床に置いた籠から一つだけみかんを取り出し、机の上に置いた。
「みかんゲーム」
意気揚々と宣言する。
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