2-8

 いや、でも、それって――。


「つまりフィニス伯爵夫人は、お茶を薬と認識してらっしゃらないってことですよね……?」 


「今にしてみれば、そうですね。当時はわかりませんでしたが」


 そういう人も、いるにはいるんだな。


「会ってみたいな……。フィニス伯爵夫人……」


「ご令嬢のほうなら、パーティーですぐにお会いできると思いますよ」


 そのためには、『淑女としてのふるまい』を完璧に身につけないといけないわけだよな……。


「……頑張る。じゃあ、とりあえず、手分けしてお茶を探しましょう」


「はい? 手分けして?」


 僕の言葉に、クロードが何を言ってるんだとばかりに眉を寄せた。


「駄目ですよ。何を言ってるんですか。一緒に回りますよ」


「は? でも、広いですよ? 効率も悪いし、大幅な時間ロスです」


「それはそうですが、その御身体が誰のものかお忘れですか? 貴様がどうなろうが構いませんが、その御身体になにかあってはいけません。傷一つでもつけられては困ります」


 ……貴様がどうなろうが構いませんがって、言う必要あった?


「それはわかってますけど、そのための男装では?」


「それは最低限の防衛です。それをしたからといって無謀をしていいというわけではありません」


「いや、そりゃそうですけど、でも中身はか弱い女性じゃないわけで、少々のことならなんとでも切り抜けられると思うんですけど……」


 さすがにこの倉庫街を二人一緒に回るのは、非効率過ぎるって。


 身体はお嬢さまだけど、中身がオッサ……いや、アラ……いやいや、男だし。僕は口も達者だし、自分ならトラブルにもある程度対処できる。だから、せめてまともなお茶を取り扱っている商会を見つけるまでは、ある程度効率的に進めたい! と、なんとかクロードを説得して別行動をしたんだけど――まぁ、お察しのとおり、その十分後に、久々の陸にテンション爆上がりで浴びるように酒を呑んだ船乗りたち(マッチョ)にしっかりがっつり絡まれました。あー……。


 イチャモンをつけられたというより、本当に『絡まれた』って感じ。綺麗な顔して、いい服着て、いい御身分だなぁみたいな? あとは……まぁ、めちゃくちゃ美少年(本当は美少女なんだけど)だからこその下衆な勘繰り的なものも。どういうこと? って思った人は、わからなくていいよ。そのままの君でいてくれ。ざっくり言うなら、これだけ顔がいいなら、俺たちにはできない方法でさぞかし稼いでるんだろうなぁ~みたいなことだ。


 カツアゲされたらどうしようかと思ったけど、酔っ払いの戯言程度なら笑って流せば……いや、ちょっと待てよ? 『さぞかし稼いでるんだろうな』から『オジサンたちに少し恵んでくれよ』に移行してるから、一応金銭を要求されてるのか? 暴力に訴えることをしてないだけで。あれ? もしかして、これってちょっとヤバかったりする?


 幸いなことに(身体が)女だということはバレていないみたいだけど……さて、どうしようか。


 穏やかに諭すべきか。でも、酔っ払いってたまに正論に激昂したりするしなぁ……。

 じゃあ、強気に出てみるか? いや、この身体である以上、それは危険だよなぁ……うーん……。


 対処法を考えていると、「おい! 聞いてんのか!」と強めに言われる。


「えっ!? あ、はい! 聞いてます! いや、ごめんなさい! 聞いてませんでした!」


「あぁ? どっちなんだよ!」


「すみません、ナチュラルに嘘つきました。聞いてませんでした。意識が虚空に飛んでました」


「正直か!」


 身体中に入れ墨を入れた一番の大男が、イライラした様子で僕をにらむ。

 すると、スキンヘッドの男が、「まぁまぁ」と笑って、その大男の肩を叩いた。


「こんな怖い顔の輩に絡まれたら、ブルッちまって話を聞くどころじゃねぇわな」


 え? あ、いや、恐怖から聞いてなかったわけではないですけど。


「ちょっと都合してくれって言ったんだよ、お嬢ちゃん。俺ら、金がなくてよ」


「そのお綺麗な顔で、貴族様相手に稼いでんだろ? なぁ?」


「貸してくれるだけでもいいんだよ。まぁ、返さねぇけどな」


 男たちがニヤニヤしながら口々に言う。なに? その、すっげぇ三下台詞。こんなの実際に言うヤツいるんだな。フィクションの中でしか知らないわ。――あれ? そっか。ここ、乙女ゲームの中だし、立派にフィクションだわ。


「いや、僕、お金を持たされてないんですよ」


 これは本当。ってか、僕、ここの通貨を見たことすらないわ。


「あぁ? 嘘をつけ! じゃあ、なんでここにいるんだよ! 物を買いに来たんだろうが!」


「あ、はい。それはそうです。でも、財布は上司が持っているので」


 上司って言うか、アデライードから見たら家来だけど。


「ツレがいるのかよ? フカシじゃねぇのか?」


「まぁまぁ、剥いてみればわかんだろ」


 は?


「剥っ……!? いやいや、本当に持ってないんですって!」


「はいはい、わかったわかった。それは俺らが直接確かめるから」


「俺ら、さっき陸に上がったばっかりで飢えてんだよ。いろいろとな」


「金がねぇなら、そっちで満足させてくれりゃいい。普段、貴族の玩具やってんだ。得意だろ?」


 スキンヘッドの男がそう言って、乱暴に僕の手首をつかみあげる。


 ええっ!? そ、そう来る!? いやいやいやいや! もっと陸にいられる時間を有効に使おうぜ!手近のアラサー男なんかで済ませたら絶対に海に出たあと後悔するって! 女の子を抱いておきゃよかったって思うって! ――って、やべぇ。僕、今、女の子してるんだったわ。アデライードは超のつく美少女だったわ!


 あ~っ! これがヒロインだったら、ヒーローが颯爽と助けに来てくれたりするんだろうけど、あいにくとアデライードは悪役令嬢なんだよなぁ~! しかも、中身は僕だし! どうするよ?

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アラサー♂なのに乙女ゲームの悪役令嬢になってしまったので、攻略も恋愛もそっちのけでお茶を嗜みます 烏丸紫明 @shimeikarasuma

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