2-7

「貴族相手専門の商会ですので。入りましょう」


 赤煉瓦に黒いとんがり屋根のひときわ大きくて美しい建物。

 中に入ると、貴族を相手にしているだけあって、内装もかなりゴージャスだった。


 ふと香ばしい匂いがして視線を巡らせると、続き部屋にレトロなコーヒー焙煎機を見つける。


 二十一世紀では当たり前の、焙煎したコーヒー豆の販売がはじまったのは、まさにこの時代――十九世紀半ばのこと。それまでは生豆の状態で売られていて、各家庭で焙煎していたんだ。


 へぇ、まだ始まったばかりなのに、この商会ではいち早く取り入れてるんだ。最先端。


 なんか、コーヒーにかんしてはしっかり十九世紀半ばのトレンドが反映されてるな。なんだろ?この不公平感。ゲームの製作者がコーヒー好きだったのかな?


「これはこれは! ローゼンダール公爵家の!」


 口髭を生やした鉛筆みたいに痩せた男性が、すこぶる笑顔に揉み手で出迎えてくれる。


「連絡をくだされば、こちらからお伺いいたしましたのに。本日はなにをお求めでしょう?」


「お茶を見せていただけますか?」


 クロードの言葉に、鉛筆男性がピタリと動きを止める。


「お茶……ですか?」


「はい、お茶です。どのぐらい種類があるのでしょうか?」


「ええと……お茶に種類、ですか?」


 お茶に種類なんてあるのか? みたいな反応だ。


「一種類しか取り扱っていないのですか?」


 クロードが眉をひそめると、鉛筆男性はビクッと身を弾かせ、ブンブンと激しく首を横に振った。


「いえ、そういうわけでは……! しょ、少々お待ちください!」


 慌てて奥へとかけてゆく背中を見つめて、僕は小さく肩をすくめた。


「期待はできなさそうですね」


「そのようですね……。コーヒーやショコラ、ワインなどはかなり高品質なものを取り扱っていて、信頼の置ける商会なのですが……」


「まぁ、コーヒーやショコラ、ワインは食品ですからね。そりゃ、僕にとってはお茶も食品ですが、一般的には口に入れるものとはいえ薬という認識なのでしょう? それなら、専門外ってことで、取り扱ってなくても不思議はないのかもしれません」


 どれだけ大きな商会でも、世界中のすべてのものを網羅することなんてできない。

 どんなに良い商会でも、取り扱いのあるなし、得意不得意は必ずある。


「そうですね。母体が一番大きな貿易会社なので、ここならと思ったのですが……」


 そんなことを話していると、鉛筆男性がバタバタと戻ってくる。


「ご、ございました。直接倉庫のほうにご足労願いたいのですが……」


「ああ、はい。わかりました」


「ありがとうございます。こちらです」


 鉛筆男性が店の奥を手で指し示して、案内してくれる。


 天井近くに明かり取りの小さな窓があるだけの、堅牢な石造りの倉庫。

 見渡すかぎり広いそこに入って――僕はピタリと足を止めた。


「クロード、ここのお茶は駄目です。見るまでもありません」


 前を行く鉛筆男性に聞こえないように、クロードの袖を引っ張って密やかに言う。


「は? お茶を見なくてもわかるですって? それはいくらなんでも……」


「クロードはお茶に詳しくないのでピンとこないかもしれませんが、コーヒーに置き換えてみたらわかりやすいんじゃないですか? ここにコーヒー豆を保管できますか?」


 瞬間、クロードがハッとして目を見開いた。


「あ……!」


「そうです。石造りの倉庫だから湿気の逃げ場がないのか、湿度が高い。どれだけ高品質のお茶を輸入していても、これではその品質を保つことができません。見るだけ無駄です」


 海が近いのもあるけれど、とにかく倉庫の気密性が高すぎる。肌を撫でる風が水分を含んでいて、ひやりと肌寒い。ワインの保存には最適だけれど、コーヒー・紅茶には最悪だ。


「コーヒーの生豆は、倉庫ではなく焙煎機の横に大量に積み上げられていました。焙煎機の近くにあるほうが効率がいいのもありますが、風通しがいいのも大きな理由の一つだと思います」


 店の内装をあれほど豪華にしているのに、わざわざお客さまに見える場所に積み上げているのはなんでだろう? って思ったんだけど、ここに入ってわかった。ここには置いておけないからだ。湿気ですぐに駄目になってしまうから。


「なにか理由をつけて断ってください。今後を考えると、現物は見ないほうがいいと思います」


 思いっきりカビてたりしたら、お互いに気まずいだけじゃ済まない。


「そうですね。――すみません」


 クロードが鉛筆男性の背中に声をかける。


 やっぱりいいとクロードが言うと、鉛筆男性はあからさまにホッとした様子で、理由も訊かずに「左様でございますか! またのお越しをお待ちしております!」と頭を下げた。このぶんだと、商品に自信がなくて、内心どうしようどうしようって焦ってたんだろうな。


 商会を出て、僕らは顔を見合わせた。


「クロード、家にある一番質のいい緑茶はどこで購入したんですか?」


 あれはかなりモノがいい。あれを扱っている商会に行けば早いんじゃないのか?


「どこで購入したかはわかりません。あれはいただきものなんです。久々に催したパーティーで、フィニス伯爵夫人がプレゼントとして持ってきてくださったものでして」


「は?」


 その思いがけない言葉に、僕は目を丸くした。


「えっ!? だって、お茶は薬って認識なんでしょう!?」


 薬をプレゼント!?


「ええ。奥さまも驚いていらっしゃいましたし、パーティーにいらしたご婦人方も引いて……いえ、怪訝な顔をしていらっしゃいましたよ」


 だよなぁ!? 僕もパーティーのプレゼントに薬をもらったら「なんで!?」ってなるわ。

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