2-6

「女性コミュニティにおいての奥さまの存在感を高めたい。発言力を強めたい。――質問に対する答えになっていますか?」


「はい、なってます。それなら、お茶はうってつけだと思いますよ」


 繰り返すけれど、ローゼンダール公爵家は陛下に影響を及ぼすことができるほど大きな力を持つ家門だ。それなのに、さらに女性コミュニティの中で、奥さまの存在感を高めたり発言力を強める必要があるのかって思うかもしれないけれど、『内助の功』という言葉があるように、妻の支えや根回しは夫の仕事や出世に影響するもの。クロードが『戦場』と表現したのもよく言ったもので、女性には女性の政治がある。


 お茶が薬という認識で嗜好品として飲まれることがほぼない世界で、お茶を美味しく淹れられて、華やかなティーパーティーを開ける――それだけでも、注目の的になるのは間違いない。


 実際に、同じようなことをしてみたいと思っても、見ただけで簡単に真似できるものでもないし、そうなると奥さまやアデライードが持つお茶の知識と技術に価値が生まれる。


 そうなれば、こっちのもんだ。


 言ったとおり、大きなムーブメントを起こすだけじゃなく、新たな文化を産むことも可能だろう。


 一つの文化を作り上げた女性の力は、必ず夫に――そして社会全体にも影響を及ぼす。


 ふむ……。じゃあ、女性受けする華やかな紅茶がいいかな? いや、紅茶未経験の人に最初からフレーバーがキツめのものは避けたほうがいいか。ジュースみたいに楽しめるアレンジティーからはじめるのがいいかもな。そうなるとクセのない紅茶のほうがいいかな? セイロンとか……。


「あ!」


 そっか! もしかして、紅茶がない理由って、銘柄に地名が多いからなのかな? ダージリン、アッサム、ウバ、セイロン、ニルギリ、ケニア――産地の地名がついてる紅茶が多いもんな。


 たしかに、異世界だって言ってるのに、現実世界にある地名が出てくるのは都合が悪いよな。


 ん? でも、コーヒーだって多いけどな。ブラジル、コロンビア、ブルーマウンテン、サントス、グァデマラ、キリマンジャロ……。あ、いや、でも、この時代はそれほど銘柄はなかったかな? うーん……。どうなんだろう?


「なんです?」


「いえ、そういうことなら、僕にできることはお茶以外にもいろいろあると思いまして。もっとも効果が大きそうなところだと……ファッションとか?」


「ファッション?」


「ええ。式典や宮廷行事などの公式の場や、晩餐会に舞踏会、パーティーにサロン、そのほかにもさまざまなシーンで纏うドレスや、靴やバッグ、帽子などの小物たち。それでほかのご婦人たちと大きく差をつけて、話題を一気に掻っ攫うこともできますよ」


「それは……もちろんいい意味で、ですよね?」


「もちろんです。見て引いてしまうような、奇抜な格好をさせようってわけじゃないので安心してください。奥さまとアデライードお嬢さまを流行の最先端に。お茶とファッションで大きなムーブメントを作りましょう。任せてください」


 もちろん、僕にドレスのデザインができるわけじゃない。専門的な知識はなにもない。


 ただ僕は、お茶とそれに付随する歴史にはわりと詳しい。お茶は宮廷や当時の貴族の暮らしにも関わりが深いから、ドレスにかんしてもそこそこ知識があるんだ。だから僕は、僕からすれば過去、十九世紀半ばがモデルのこの世界からすれば未来――十九世紀後半から二十世紀初頭に大流行したドレスを、この世界の人間でも受け入れやすい形で提案することも可能だ。


 過去へとタイムリープしたのではなく、ゲームの世界に入り込んだのは不幸中の幸いだったって思うのは、こういうときだよなぁ。歴史を変えてしまう心配をせず、自分の知識をフルで使える。これって強い!


 あ、じゃあ、お茶とファッションだけじゃなくて、スイーツもいろいろ作りたいな。


 十九世紀半ばといえば、冷蔵庫の前身となる機械が開発されたばかり。本来、焼き菓子が中心で、冷蔵保存が必須な繊細な生菓子はまだほとんどない。当然だ。冷蔵保存ができないんだから。


 でも、十九世紀半ばのヨーロッパがモデルとはいえ、ここは科学の代わりに魔法が発達している世界だ。前にも言ったように、ゲームの進行においてノイズになるようなところは調整されていて、その時代にあるべきものがなかったり、逆にあるはずのないものがあったりする。

 光の魔法があるから、ボタン一つで部屋の照明をつけられるし、水の魔法があるから、上水道も綺麗に整備されていて、蛇口を捻れば綺麗なお水が出るし、火の魔法とも合わせた給湯機もある。

 そして、氷の魔法を使った冷蔵庫も存在している。


 となれば、これは作るしかないでしょう! スイーツの数々!


 シュークリーム、エクレア、カスタードプリンは時代的に原形ができたぐらいだと思うけれど、二十一世紀の日本レベルのものにしたいし、今はまだないケーキ類も作りたい。


 僕はモンブランが好きなんだけど、二十一世紀の日本でスタンダードな、あのマロンペーストを細い紐状に加工してクリームやスポンジ生地などで作った土台に飾りつけるタイプは、実は日本で生まれたものだって知ってた? 西洋のモンブランをアレンジして作られたものなんだよね。

 もちろん、日本のモンブランが好きだから、そっちを作りたい。


 あとはティラミスだな~。ティラミスも大好き!


 そして、モンブランとティラミスはアレンジスイーツも多いよね。いちごのモンブラン、抹茶のモンブラン、紅茶のティラミス、洋ナシやリンゴのティラミス――ああ、いいなぁ! 作りたい!


 そうそう! 抹茶もいいよね! 最初のうちは無理だろうけど、お茶がある程度浸透して来たら、いつかは抹茶に抹茶スイーツも広めていきたい!


「そんなこともできるのですか……」


 完全に個人的な趣味で(いや、クロードから女性コミュニティにおける奥さまとアデライードの立ち位置についての依頼から派生してはいるんだけど、あまりにも個人的な趣味の占める度合いが大きいというか……なんかゴメン……)あれこれ考えてワクワクしていると、クロードが感心した様子で呟いて足を止め、傍らの建物を手で示した。


「着きましたよ。こちらが、ローゼンダール公爵家と取引のある商会です」


「おー! 立派ですね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る