2-4
そのまま三十分みっちりとダンスレッスンを受けて――僕はもう汗だくグロッキー状態。いや、貴族の女性って大変!
オズワルドさんの「よろしいでしょう」の声とともに膝から崩れ落ちて、床に手をついてしまった。
「これ、ホールに膝をつくなど、あってはなりませんよ」
「す……みま、せ……」
ぜーぜーと肩で息をしている状態で、まともに話せない。謝ることすらままならない。
「身体はアデライードお嬢さまなのですから、本来は軽く一時間以上踊り続けられるはずです」
……マジか。アデライードお嬢さま、半端ねぇな……。
「どれだけ余計な力みや無駄な動きが多いかという証明ですよ」
「しょ……精進、いた……し、ます……」
「よいお返事で、大変嬉しいです」
オズワルドさんが「では、次のレッスンで」と優雅に一礼し、ホールを出てゆく。
くっ……。優しくて穏やかでお上品な紳士だけど、アデライードお嬢さま愛があるからなのか、レッスンはマジで厳しい……。鬼……。
「大丈夫ですかぁ?」
リナがタオルを差し出してくれる。うっ……。天使……。
「あ、あんまり……大丈夫、じゃ……ない……な……。吐き、そう……」
「冷たいお飲み物と、冷やしたハンカチもお持ちいたしましょうか?」
「あ……お願……」
「いえ、結構です。リナ、ルカにお着換えを。新品の従僕の服を用意しましたので」
僕の言葉を遮って、クロードがきっぱりと言う。おおおおおおい! 鬼っ! ちょっと休憩するぐらい許してくれよ!
っていうか……従僕?
わけがわからずのろのろと顔を上げた僕に、クロードは唇に人差し指を当てて目を細めた。
「働かざる者、食うべからずですよ。ルカ」
◇*◇
「あぁ~! ラク! めっちゃラク! 男物万歳! ズボン万歳!」
「……いつまで言ってるんですか」
バタバタ足を動かして大喜びしている僕に、向かいに座るクロードが呆れたように言う。
あのあと、疲労で吐きそうになっているのにもかかわらず強制的に従僕の服に着替えさせられて、そのまま問答無用で馬車に乗せられて、今はどこかに向かっている最中だ。どこに行くのかって?いや、訊いたけど教えてもらえなかった。ただ、従僕服を着て、長い髪はまとめてキャスケットに収納して男装したってことは、貴族のお嬢さまじゃ行けないようなところ――なんだと思う。
いや、男装だよな? これで男って無理があるだろってぐらい、めちゃくちゃ可愛いけど。
「いや、それぐらいドレスってしんどいんですよ。一度着てみればわかります」
「私が? 冗談は存在だけにしてください」
……どうしても僕の存在を冗談にしたいんだな。
「むしろ、冗談であってほしいですよ……」
目が覚めたら、二十一世紀の日本に――神崎克之の日常に戻ってないかなって、毎晩思ってる。
小さくため息をついた僕をじっと見つめて、クロードは眉をひそめて唇に指を当てた。
「ルカが本当に、アデライードお嬢さまを守るためにその御身体に宿ったのだとして、お嬢さまに迫る危機とはいったいなんだと思いますか?」
「え……? ええと……」
さて、なんて答えるべきか……。アデライードは死か破滅を迎える運命なんですって言っても、「なぜあなたにそんなことがわかるんですか?」って言われちゃうよなぁ……。そうなると、もう答えようがない。まさか「ここは乙女ゲームの世界で、アデライードはそういう設定のキャラなんです」なんて言うわけにもいかないし……。
「質問を質問で返すようで申し訳ないのですが……王太子殿下は昔からあんなにもイタ……いえ、クズ……いや、愚か……ええと……」
む、難しいな! 不敬にならない言葉で王太子を表現するのは。
「アレな方だったんですか?」
いいや、これで通じるだろう。
「いいえ。傲慢で自分勝手なところはありましたが、あのようなゴミカスではございませんでした。私の知るかぎり、ではありますが」
ぼ、僕はなんとか濁したのに、きっぱりはっきり『ゴミカス』って!
「王太子殿下が問題だと?」
「わかりません……。というか、わかっていることのほうが少ないんです」
わかっていることが少ないうえに、話せることはもっと少ない。
「でも僕は……どちらかと言うと、王太子殿下と一緒にいた女性が気になったと言うか……」
「はい? ルカは頭がおかしい女性が好みなのですか?」
「はぁ? そういう意味の『気になった』じゃないですよ!」
文脈を読め! アデライードお嬢さまに迫る危機の話をしてただろーが!
「あの頭が弱そうな女性に何ができるとも思えませんが……。ええと、彼女はたしか……」
クロ―トが顎に指を当てて考える。え? 嘘だろ? お前。
「……リディアって呼ばれていましたね」
「ああ、そうでしたね。そう、たしかリディア……」
助け舟を出してやるも、それ以上は出てこなかったのか、そのまま沈黙してしまう。――おい、覚えておいてやれよ。お前、一応攻略対象だろうが。
「セネット男爵令嬢ですよ。リディア・ラ・セネット」
「ああ! そうでしたそうでした」
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