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高熱を出しているから遠慮してくれと言えば、どうせ嘘だと言い、本当に出していると言えば、だから見舞いに来たんだ、挨拶しろと言う。いや、話が通じなさすぎじゃない? この王太子。
同じ国で育ち、暮らし、同じ言語を話しているにもかかわらず、この無理解よ。そりゃ、戦争がなくならないわけだよな。
妙な納得をしていると、それまで黙っていたヒロインがすっとクロードの前に進み出た。
「あなたもアデライードさまの我儘に振り回されてらっしゃるんですね……お可哀想……」
「はい?」
いきなり話が明後日の方向にぶっ飛んで、クロードがなんのことだとばかりに眉を寄せる。
「いったいなんのことですか?」
「隠さなくてもいいんです。わかってますから。私にできることがあればなんでも言ってください。ちょっとした愚痴にだってつきあいます。だって……」
しかし、ヒロインは構わず、キラキラした視線をクロードに向けた。
「あなたのことが……心配だから……」
「…………」
あ。今『何を言ってるんだ』『この女、頭大丈夫か?』って顔したな、おい、クロード。執事がそんな感情駄々洩れでどうする。
思っても顔に出すなよ。また厄介な展開になっちゃうだろ。
「貴様、なんだその顔は」
案の定、王太子がムッとした様子でクロードをにらみつける。
「はい? なんだ、とは? 目が四つついていたり、鼻が二つついていたりしましたでしょうか?それは申し訳ありません。ですが、それは生まれ持ったものですので、どうかご容赦を」
「違う! 表情だ! 表情!」
すっとぼけた返答をしたクロードに、王太子が酷く不愉快そうに顔を歪めて噛みつく。
「まるで汚いものを見るような目をしていただろう!」
「まさか! そんなはずはございません!」
まぁ、そうだな。あれは『汚いものを見る目』じゃない。『ヤバいものを見る目』だ。
「ああ、そんなあり得ないものをごらんになるなんて……! きっとお疲れなのでございましょう。すぐに王宮にお戻りを。主治医に診ていただいたほうがよろしいかと存じます」
クロードが胸に手を当て、恭しく頭を下げる。
……アイツ、すげーな。相手をイラつかせることにかんして天才的すぎるだろ。
相手を気遣う言葉しか使ってないはずなのに、めちゃくちゃイライラする。
「っ……貴様……!」
「フランツさま、クロードさんは悪くありません。クロードさんを責めないでください」
さらに激昂しかけた王太子にそっと寄り添い、ヒロインが健気な感じで微笑む。
「私なら気にしていません。クロードさんも少しイライラなさってるだけだと思うんです。だって、アデライードさまのお相手は大変でしょうから」
気にしていませんって……その言い方だと『クロードは失礼をしたけど気にしていません』って意味にしか聞こえないんだけど? 違うだろ? クロードはなにも悪いことしてないじゃないか。意味不明なことを抜かしてるヤツに『なにを言ってるんだ』って顔しただけだ。
「お前は優しいな、リディア」
王太子が熱のこもった眼差しでヒロインを見つめて、ひどく大切そうにその華奢な肩を抱く。
お、おいおい、王太子! お前の婚約者はまだアデライードのはずだろ? そのアデライードに仕える者の前でそんなことしていいのかよ?
しかも、アデライードはローゼンダール公爵令嬢。
ローゼンダール公爵家といえば、王ですら無視できない力を持った家門なんだろ? だからこそお前の後ろ盾になってるわけで。自分を支持・支援してくれてるローゼンダール公爵家に後ろ足で砂掛けるような真似をしていいのかよ? いいわけないよな? 不誠実にもほどがある。
王太子っていったって、なにをしても許されるわけじゃないはずだろ?
「リディアに免じて許してやろう! アレには反省を促しておけ! いいな!」
王太子はそれだけ言うと、ヒロインの肩を抱いて出て行った。胸を張って、肩で風を切るように、颯爽と。――いや、なんなんだよ? その自信。そして、アデライードになにを反省しろって? アデライードはなにも悪いことしてないだろ。むしろお前が自分の行動を省みろよ。
め、めちゃくちゃだなぁ……。なんだったんだ……。
「……王太子ってあんなクソでしたっけ?」
ポカーンとしていると、クロードが唖然とした様子でオズワルドさんを見る。
「これ、なんてこと言うのです。お口が悪いですよ」
「いや、でも思いませんでしたか?」
「…………」
――思ったんだ。
いや、実際、王太子もヒロインも相当ひどい態度だったと思うよ。今すぐ、あんな王太子なんかやめとけってアデライードを説得したいし、婚約者がいるってわかってて王太子にベタベタして、さらにクロード相手に意味不明な妄言を吐き散らかしていたヒロインには、それじゃ虐められても(アデライードの行いが本当に虐めだったとして)文句言えねーだろって言ってやりたいもんな。
そして、王太子は今すぐ礼儀と常識を学んで来い。話はそれからだ。
「さて、そろそろレッスンのお時間ですね」
オズワルドさんがすこぶるスマートに話題を変えつつ、懐中時計を確認する。
「さ、ルカ。覗いているのはわかっていますよ。出ておいでなさい」
う。
「覗きなんてお行儀が悪いですよ」
「すみません……」
「ホールに移動する前に、まずは復習をいたしましょう。私を王太子殿下だと思って、ご挨拶を」
え? 王太子殿下だって思ったら、礼を尽くす気なんて失せるんだけど……。
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