1-11

「もちろんですよぉ」


 隣に立つリナがにっこり笑って頷く。

 ここから言葉を尽くそうとしていた僕は、驚いて彼女を見つめた。


 し、信じてくれるのか? えっ!? じ、自分で言っておいてなんだけど、なんで!? 

 だってこれって、そんなに簡単に信じられるようなことじゃないだろ?


 唖然とする僕に、リナが「あれぇ? なんですかぁ? そのビックリ眼」と首を傾げる。いや、これはビックリするって。


「だって、すんなり信じてくれたから……」


「そりゃ、信じますよぉ。あなたはアデライードお嬢さまですもん。少なくとも、あなたの身体は絶対に」


 はっきりと言い切ったリナに、クロードが不審な目を向ける。


「どうしてそう言い切れるんですか?」


「え? 身体の特徴が一緒だからですよぉ~」


 そんなクロードに、リナがさらにきっぱりと言う。


「体型が同じってだけじゃないです。肌質や髪質も同じ。奥さまや私たちお嬢さま付きの者以外は見たことがないであろう場所にあるちょっとした痕やほくろなどの特徴まで同じなんですよぉ? この人が、お嬢さまに化けて私たちを騙そうとしているとして、肌質や髪質まで似せることなんてできるんですかぁ? 難しいと思いますけどぉ」


「……! それは……」


「むしろそこまでできる人だったら、さっきの話の繰り返しになりますけどぉ、お嬢さまが普段は絶対にしないことをやって疑われるなんて、そんな馬鹿みたいなミスしないと思うんですけどぉ」


「…………」


「あとはクセや仕草ですね、身体に染みついているであろうそれが、お嬢さまとまったく一緒です。たとえば、言いづらいことがあるときに胸もとで人差し指におぐしを巻きつけたりだとか」


 え? 僕、そんなことしてた?


 思いがけない言葉に、僕は目を丸くした。


 もちろん僕にそんなクセはない。当たり前だろう? 僕はロングヘアじゃないからな。そもそも『胸もとまでの髪』なんてものがないのに、そんなクセがあるわけない。


「なさってましたよぉ。『よければお茶を飲みたいんだけど』っておっしゃったときも」


 ……マジか。


 アデライードの見事な金髪に触れる。


 身体に染みついたクセ……か……。

 あらためて実感する。僕は今、アデライードになっているんだ……


「なので、この方は間違いなくアデライードお嬢さまですよぅ。アデライードお嬢さま付きの私が保証しますぅ」


 リナが自信満々に胸を叩いて断言する。


「……今のは、非常に説得力がありました」


 しばらく難しい顔をしてなにやら考え込んでいたクロードがそっと息をついて、僕を見る。


「では、あなたの名は?」


「え……?」


 待って。今、『お前』じゃなくて、『あなた』って言った? 聞き間違い?


「アデライードお嬢さまの中にいても、アデライードお嬢さまとは別人という認識なのでしょう?では、あなたにはあなたの名があるのではないですか?」


 ポカンと口を開けた僕に、クロードが『あなた』と繰り返す。


「っ……!」


 こ、これって、一応信じてくれたってことだよな?

 や、やった! とりあえず味方ゲット!


「か、神崎克之と言います!」


「カンザキカツユキ?」


「はい、ええと……」


 僕は屈んで、床にまき散らされた湯に指をつけると、木のテーブルに『神崎克之』と書いた。


「……見たことがない文字ですね……。東の大国――ロンのそれに似てはいますが……」


 まぁ、そうだろうね。

 そこが、ゲームの設定って便利だなってつくづく思ったところだ。


 この国――アタナシア王国の公用語はアタナシア語という設定だ。

 事実、アデライードの部屋にある本はみんな、ミミズがのたくったような文字で書かれていた。

 でももちろん、ゲームにおいてキャラクターたちはみんな日本語を話していたし、今も日本語を話しているように聞こえる。

 だけどやっぱり、リナの書きつけだったり、屋敷内のそこかしこで見る文字はミミズなんだよ。


 これってどういうことなのかと思ったら、どうやらキャラクターたちは日本語を話してしてるんじゃなくて、自動的に翻訳されて聞こえているっぽいんだよね。

 それだけじゃない。僕が話す言葉もすべて自動的にアタナシア語に翻訳されて、みんなに届いているっぽい。


 あくまでも、この国の言語はアタナシア語という設定があるからだ。


 便利だろ?


 ちなみに文字は読めるのかというと――これが読めるんだよ。ミミズなのに。どうやら文字も、頭の中で日本語変換されるみたいだった。


 ただ、書けはしなかったけどね。さすがにそれは設定の力でも無理だったみたいだ。


「でも、この……僕の名前を呼んでもらうのは、その……かなり抵抗があります……」


 それは、アデライードのアイデンティティを奪うことにもなりかねないような気がして。


 あくまでもこの身体はアデライードのものだから。


 この人生も、アデライードのものだから。


 僕はそれを一時的に借りているにすぎないと思ってる。


 僕はまだ生きているのか、僕は僕の世界に戻れるのか――そのあたりはまったく不透明だけれど、それでもそれは変わらない。


 この世界で本来生きるべきは、アデライードだから。

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