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「本気で言ってます? アデライードお嬢さまの身体を乗っ取るために池に落として溺れさせた?それはリスクが高すぎませんか? 下手すりゃ死んでましたよ?」
実際、二日も意識不明だったわけだしな。
「それとも、アデライードお嬢さまが池で溺れたのは事故で、それを利用して身体を乗っ取ろうとしているって言いたいんですか? 彼女をよく知る人間なら起きるはずもないと思っていた事故をチャンスと見定めて瞬時に行動できたのだとしたら、僕、優秀すぎませんか? それができるなら、今ここで鞭を突きつけられてないと思うんですけど」
そうだよ。それができるなら、そもそも奥さまに『あなた、誰ですか……?』なんて言わないし、使用人に不審がられることもしていない。もっと上手くアデライードのフリをしているさ。
「アデライードお嬢さまが普段は絶対にしないことをがっつりやって、それで思いっきりバレて、刃物突きつけられて尋問されてることがすでに、僕が無害である証拠だと思うんですけど……」
「まぁ、たしかに、はげしくマヌケではありますね」
……マヌケは言いすぎじゃない? 傷つくんだけど。少し迂闊だなぐらいにしておいてくれよ。
「でも、そんなマヌケにアデライードお嬢さまが救えるとも思えないのですが?」
おっと……そう切り返してきたか。
僕は肩をすくめた。
「たしかに、アデライードお嬢さまを助けるのに必要なのが武力や権力や財力なら、アデライードお嬢さまの中に僕が宿ることはなかったと思いますよ。あとは魔力? 魔法? みたいなものも。そういう方向では、僕はなんの役にも立ちませんよ」
でも、そういったわかりやすい力ではどうにもならなかったから、アデライードは若くして死か破滅を迎えてしまうんだ。
その運命を変えるには――ゲームのアデライードでは得ることができない力が必要なんだと思う。
「神聖力もなく、魔力もなく、武力も権力も財力もなく、それでもお前はアデライードお嬢さまを救うためにここにいると言っているのですか?」
「はい、そのとおりです」
「話にならない。どうやってそれを信じろと?」
クロードはハッと鼻で笑う。――うん、そう言いたい気持ちはわかるけど、腹立つな。その態度。
「じゃあ逆に訊きますけど、今のお茶を飲んで、僕にはなんの力もないって思ったんですか?」
「……! それは……」
クロードがグッと言葉を詰まらせる。
なにも感じなかったわけがないよな? あれはこの世界にはない知識なんだから。
むしろ感じたからこそ、お前は僕がアデライードではないと確信を得ることができたんだ。
「クロードさんが感じたものこそ、僕の力です」
僕は、ここが乙女ゲームの世界であることを知っている。
この世界のベースとなった世界――僕が暮らしていた世界の存在を知っている。
この世界の設定――この世界がこれから進む道筋を知っている。
アデライードに待ち受ける結末を知っている。
それをひっくるめたこの世界にはない知識。この世界の人間が持ちえない知識。
それこそが僕の力。
僕の――武器だ。
「僕は、この世か――いえ、この国の人間じゃありません。少なくとも、僕の認識ではそうです。僕は、はるか遠い別の国で、お茶のインポーターをやっていました」
「インポーター?」
インポーターとは、海外の紅茶の生産地から紅茶を
簡単に説明すると、インドやスリランカ、中国などから、品質のいいお茶(僕が扱っていたのはおもに紅茶だったけど)を厳選して輸入して、様々な企業やお店、消費者のもとへ届ける仕事だ。
紅茶店に良質な紅茶を卸しているだけではなく、百貨店などで開催される英国フェアなどのため外国の有名ブランドや新進気鋭ブランドの紅茶を手配したり、さまざまな飲料メーカーの紅茶飲料開発の監修をしたり、外国ブランドに負けない国産紅茶を生み出すプロジェクトを立ち上げたりと、紅茶に関係することはかなり手広くやっていた。
そのほかにも、日本・海外含めて、いくつもの紅茶にかんする資格も持っている。
このゲームを知ったきっかけも、キャラクターのイメージグッズの紅茶の監修をしたからだ。
ゲームの世界観と設定、キャラクターの資料を読み込み、ゲームの大ファンだった里菜ちゃんの語りもがっつり拝聴したうえで、キャラクターのイメージに合うフレーバーティーを作り上げた。
そういえばクロードの紅茶は、二種類のシナモンにクローブ、八角、黒胡椒、オレンジピールの少しクセのあるスパイスティーにしたっけ。クセがあるけど、それがチャイにしたら甘くて絶品な。
……いや、コイツの性格、スパイシーどころじゃないだろ。
今、あのイメージ紅茶、ものすごく作り直したい……。
いやいや、そうじゃない。今はそんなこと気にしてる場合じゃない。
僕は横道に逸れかけた考えを軌道修正して、胸をトンと叩いた。
「だから、僕は、この世か――この国の人間にはない視野を持っています。常識も、知識もです。それは間違いなく大きな武器でしょう。だけど反対に、僕はこの国のことには詳しくありません。アデライードお嬢さまのこともです。だから、僕だけではきっと望む結果は得られない。それじゃ意味がありません」
そこで一旦言葉を切って、まっすぐクロードを見据える。
さぁ、ここからだ。
「僕を信じてください」
彼らを――味方に引き込めるか。
「そして、僕を助けてください! あなたがたの協力が必要です! どうか……!」
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