1-9

 僕は慌てて、二人の間に割り込んだ。いや、怖いよ? 怖いし、痛い思いもしたくないけど! でも、リナにまで類が及んでしまうのは駄目だ!


「た、たしかに、僕はアデライードお嬢さまじゃありません!」


 僕はクロードの目をまっすぐ見て、胸もとに手を当てた。


「で、でも、この身体はアデライードお嬢さまのものです! だから傷つけないでください!」


「は?」


 クロードがギロリと僕をにらみつける。


「――どういうことです?」


 あ、相変わらず、目つきが殺人鬼!


「ぼ、僕も、わからないことだらけではあるんですけど……」


 でも、いい。もう全部話す。バラしたところで、状況がこれ以上悪くなることなんてないからな。すでに最悪! すでに詰んでんだ! 

 そもそもからして、乙女ゲームをやったこともないアラサー男性が一人でどうにかできるわけがないんだよ! アデライードの運命を変えるため、アデライードにこの身体を返すために、そして僕がもとの身体に変えるためにも、協力者は絶対に必要だ。それならもう巻き込んでしまえ!


 さすがに、ここが乙女ゲームの世界だとか――そのあたりは信じてもらえなさそうだし(そして信じてもらえなかった時点で拷問コースに進むことになるから)話す情報の取捨選択は必要だけど。


 僕は深呼吸を一つして、お腹に力を込めた。


 まずは、ぶちかませ!


「一つだけたしかなことは、僕はアデライードお嬢さまをお救いするためにここにいるということです!」


 予想だにしていなかった言葉なのだろう。クロードが目を見開く。 

 そのまま一瞬ポカンと呆けたあと、なにを言っているんだとばかりに眉を寄せた。


「アデライードお嬢さまをお救いするため……? なにを根拠に?」


 は? なに言ってんだ。根拠なんてあるはずないだろ?


 っていうか、そもそもそんなこと微塵も思ってない。僕がここにいることに意味があるなんて。

 だけど同時に、仮にこのゲームの世界から抜け出せるなら、僕がもとの身体に帰れるなら、この身体をアデライードに返せるなら、それはなにかを成し遂げたときなんじゃないかとも思ってる。

 それこそ根拠なんてなにもない。この三日間で得た感触としか言いようがない。


 でも――おそらく間違いないと思う。

 なにもせず、ただぼーっとすごしているだけでは帰れない。


 そして、これもおそらくだけど、僕が成し遂げるべきことは、アデライードの運命を変えることなんじゃないのか――?


「逆にお訪ねしますが、アデライードお嬢さまは『ついうっかり』で池に落ちてしまうような御方なんですか?」


 クロードがピクリと眉を跳ね上げる。

 違うよな? あのときはまだ目覚めたばかりで混乱していたけれど、僕はたしかに聞いている。奥さま――アデライードのお母さまのひどく困惑した声を。


『ねぇ、アデライード。なにがあったの? あなたが池に落ちるだなんて』


 二日間も昏睡状態だったんだ。意識が戻っただけでは、とてもじゃないけど安心なんてできない。まずは身体の状態を調べて、適切な処置をして、容体を安定させることが先決。話なんて二の次、三の次でいい。

 そんなことは奥さまだってわかっているはずだ。それでも、訊いた。『なにがあったの?』と。どうしても訊かずにはいられなかったんだ。


 それはなぜか。


 うっかり池に落ちるだなんて、普段のアデライードなら絶対に考えられないことだからだ!


「僕はアデライードお嬢さまではありません。少なくとも僕自身は、別人であると認識しています。実際のところはわかりません。もしかしたら、アデライードお嬢さまの別人格なのかもしれない」


「別人格ですって?」


「繰り返しますが、たしかなことはなにもわからないんです。僕がアデライードお嬢さまの前世で、一時的に前世の記憶と自我を取り戻した状態なのか、僕という別人の魂がアデライードお嬢さまに憑依したのか、アデライードお嬢さまの中で僕という別人格が生まれたのかもわかりません……。調べようもありませんし、たしかめようもありませんからね」


 もちろん、僕はアデライードの別人格なんかじゃない。むしろ、僕こそが神崎克之という現実に存在する人間で、対してアデライードは乙女ゲームの中のキャラクターにすぎない。

 でも、ここが乙女ゲームの世界だという事実は伏せておきたい。それは絶対に言うべきじゃない。そんなの信じてもらえるわけないからな。ただ話をややこしくするだけだ。


 そうなると――この説明が一番受け入れやすいと思う。


「…………」


 頭をフル回転させながら、次の言葉を探す。


 すぅっと冷汗が背中を滑り落ちてゆく。

 大丈夫だ。僕ならできる。交渉もプレゼンも得意だったじゃないか。


 切り抜けろ!


「アデライードお嬢さまが池で溺れて、意識不明に陥った。アデライードお嬢さまに別人の意識が宿った。普通に考えたらあり得ないことが同時に起きたんですよ? だったら――」


 僕は挑むようにクロードを見据えた。


「この二つに関係がないと考えるほうが不自然じゃないですか?」


「…………」


 クロードがなんだかひどく不愉快そうに眉を寄せる。


「……たしかに、関係はあるのでしょう」


 だけど、僕の言葉自体には異論がなかったのだろう。一つ息をついて頷く。


「でも関係があるだけでは、お前がアデライードお嬢さまにとって無害である証明にはならない。お嬢さまの危機に便乗して、その御身体を乗っ取ろうとしているのかもしれないじゃないですか」


 は?

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