1-8
「ちょ、ちょっと! クロードさん!? なにを……!」
リナがギョッとした様子で身動きする。
そんなリナを素早く目で制して、クロードは僕をにらみつけると、ゆっくりと口を開いた。
「――お前は誰です?」
「ッ……!」
片眼鏡の奥――さらに鋭さを増した目にゾクッと背中が震える。
「お前はアデライードお嬢さまではない。何者だ。――答えろ」
「そ、それ……は……」
いや、一応アデライードではあるんだよ? この身体は彼女のものなんだから。
あれ? でも……待てよ? それって結局、『僕はそう思う』ってことでしかないわけだよな。はっきりと証明されたわけじゃないから。
しかしそうは言っても、それを確認する方法もない。
ここが間違いなく乙女ゲームの世界で、この身体は間違いなくアデライード・ルカエラ・リズ・ローゼンダールのもので、その中にいるのが間違いなく神崎克之であることを証明することなんてできない。
え……? これ、どう答えればいい?
僕はどうすればいい?
「答えろ! 貴様は何者だ! アデライードお嬢さまをどうした!」
クロードが叫ぶ。い、いや、どうしたって言われても! むしろいったいなにが起きているのか知りたいのは、僕のほうなんだけど!
「答えないつもりか? じゃあ、それはあとで身体にじっくりと訊くとしよう!」
なにをどう答えていいものかわからず口ごもっていると、クロードがあの奇妙な武器をヒュンと音を立てて振り上げた。
「ッ……!?」
えっ!? ふ、振り上げた!? あの形状で!?
柄がついた短い槍みたいなもんだろ!? あれは『突く』ものなんじゃ!?
驚く僕の目の前で、クロードが大きく振り上げたそれを勢いよく振り下ろす。
「――ッ!」
瞬間、槍のような穂先がついたの特殊警棒が一気にバラけて、さらに伸び、うねった。
「ッ! 多節鞭!?」
槍の穂先と多数の節を持つ金属の鞭に一気に変化したそれに、愕然とする。
いやいやいやいや! 待て待て待て待て! おかしいおかしい! なんだよ!? この乙女ゲームバトル要素があんのかよ!? 執事が暗器出してきたんだけど!?
「ひえっ!」
咄嗟に頭を抱え込んで身を屈めると、鞭が僕の背後の壁――それこそまさにさっきまで僕の頭があったあたりを凪ぎ払う。
かなり派手な音がして、木製の棚が壊れ、保存瓶などが割れて飛び散る。――う、嘘だろぉっ!?
保存瓶の分厚いガラスが木っ端微塵になっているのを見て、ゾッとする。オ、オイ……。待て。これ、避けなかったら僕の頭がこうなってたってことだよな?
ちょっと待て! 脅しじゃないのかよ!? ってか、まずは脅しであれよ! 馬鹿か! 最初から完全に殺すつもりで攻撃してんじゃないよ!
「わっ! わっ! ちょっ……! 待っ……!」
いや、無理! 社交界の花をやるのも無理だけど、戦闘はもっと無理だから!
「わ、わぁっ!」
鞭が激しくテーブルに叩きつけられる。茶碗とコーヒーポットが砕けて、茶葉のキャニスターと蜂蜜の瓶が割れて、湯のポットが跳ね飛ばされる。ひええっ! 大損害っ!
「や、やめっ……!」
「お嬢さまになにをするんですかっ!」
白旗を揚げようとした瞬間、リナが僕の前に飛び出して、ガァンと鞭の先を蹴り上げる。
へっ!?
三つ編みにしたストロベリーブロンドが、視線の先で跳ねる。
上品でクラシカルなメイド服――そのロングスカートの裾が、あくまでも優雅に翻る。
僕はあっけにとられて、彼女が履いている先が丸くて厚底な可愛いらしい革靴を見た。ええっ!? す、すごい音がしたんだけど? 鉄でも仕込んでんの?
「邪魔をするな! リナ! 話を聞いていたのか!? それはアデライードお嬢さまではない!」
「クロードさんこそ、早合点しないでちゃんと話を聞いてくださいよ!」
「もちろん、訊きますとも! じっくりと拷問しながらね!」
言ってることが完全に殺人鬼!
オイ、攻略対象だろうが! 女性に恋させる存在がそんなこと言っていいと思ってんのか!
「そうじゃなくて!」
リナが鋭く手を振る。ガチンと金属音がして、ぼてっとした厚めの袖から刃が飛び出した。
「はっ!?」
えっ!? 袖の下に鉄の籠手みたいなの仕込んでる!?
ど、どうりで! 袖がぼってりとしてると思ったんだ! そりゃ可愛いけど、あれって仕事には邪魔だよなぁって! ゲームだし、デザイン性重視で実際の職務のうえでの機能性を追及することなんてないんのかなって思ってたけど、武器を仕込んでたからかよ!
こういうあり得ない展開はさすがゲームって感じがするけど、これって乙女ゲームだろ!? 乙女ゲームって恋愛するだけじゃないの!?
「これ以上邪魔をするなら、お前も共犯とみなし、排除します」
「ご自由に! なんと言われようと、私はお嬢さまをお守りします!」
リナがきっぱりと言って、身構える。わ! わ! 待って! 待って! その言葉は嬉しいけど、リナが排除されちゃうなんて駄目だよ! リナはなにも知らないし、なにも悪くないんだから!
「や、やめてください!」
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