1-7
卑しくなんかない。この一杯で終えてしまうほうが、茶葉に対する冒涜だよ。美味しさを味わい尽くさないまま捨てることになるんだから。
「二煎目はミントやレモン香りは少し弱くなってしまうけど、その分お茶の味わいはしっかり出る。それがまた違った味わいになってるよ。騙されたと思って飲んでみてよ」
二煎目の蒸らしは十秒。すぐさま茶碗に注ぐ。
「クロードさん、そこにあるリンゴのドライフルーツもください」
リンゴのドライフルーツをお茶請けにもらい、お茶にはあえて蜂蜜を加えずに出す。
「二煎目は、苦みや渋み成分がさっきよりも強く出るから、お茶請けと一緒に楽しんでみて」
今度は二人ともすぐさま茶碗を手に取り、一口飲んで、リンゴのドライフルーツをかじる。
「……! 本当だ。味わいが違いますね。たしかに、さっきのよりは苦みや渋みを感じますけど、でもいつものお薬ほどじゃありませんし、スッキリと爽やかで、キレがよくて美味しいですね! 個人的にはさっきのほうが好きですけど、こちらもお茶が甘くない分、リンゴのドライフルーツとよくマッチして、あと引く感じですぅ!」
「たしかに、これはこれで美味しいですね」
クロードがむぅっと眉を寄せる。
「むしろ、私はこちらのほうが好みです。甘くないほうがいい。卑しいなんてとんでもないですね。茶葉を使い回すのには抵抗がありますが、これを味わうことなく捨ててしまうのはもったいないと思いますね……」
「使い回し――使い終わったものをもう一度使うって考えるから、抵抗があるんじゃないですか?そうじゃない。三煎目まで飲んで、はじめてその茶葉を使い終わったと考えるべきです。だから、まだこれは飲み途中なんです」
「……ああ、なるほど」
クロードが納得した様子で頷く。
その隣で、リナが二煎目を飲み切って、ほぅっと感嘆の息をついた。
「お薬をお薬としてではなく美味しく飲んじゃうだなんて、贅沢というかなんというか……なんかすっごく背徳感がありますねぇ」
「え? 贅沢?」
背徳感?
思いがけない言葉に、僕は首を傾げた。
あれ? もしかして、美味しいから薬としての効果はないと思ってる?
「美味しいけど、薬としての効能もちゃんとあるよ?」
「え? でも……」
「緑茶に含まれるカテキンは、血中コレステロールの低下、体脂肪低下、抗酸化作用、抗菌作用、脱臭作用、血圧上昇抑制作用、血糖値上昇抑制作用、がん予防などに効果がある。カフェインは、覚醒作用に利尿作用。テアニンは神経細胞保護作用にリラックス作用も。ビタミンやミネラル類も豊富でほかにもいろいろ。それらはね? 美味しく飲んだからって消えはしないんだよ」
リナが目を丸くして、クロードを見る。
クロードは茶碗を置いて――鋭い視線を僕に向けた。
「さらに、ミントも緑茶とは違うビタミンやミネラルが豊富なうえ、メントールやフラボノイド、タンニン、ミントポリフェノールの成分も、心や身体にさまざまないい影響を与えてくれるんだ。レモンピールは栄養成分的に『これに効く』って言えるほどの量を入れてないけど、リモネンって香り成分だけでも、リラックス作用や抗不安作用がある。蜂蜜だって、ただ甘くするだけじゃない。蜂蜜はビタミンやミネラルが豊富に含まれた天然甘味料だ。ものすごく吸収率がいいから、すぐにエネルギーとして身体にエンジンをかけてくれる」
そこまで言って、ハッとする。――あ、マズい。これ、この世界にはない知識じゃないか?
「ビ、ビタ……? カティ……? メント……? え、えーっと……」
案の定、リナが目を回している。そ、そうだよなぁ~。栄養学の概念がまだ確立してない時代が世界観のモデルになってんだもんな。わかるわけないよなぁ~。ゴメンゴメン。
「えっと、つまりね? 良薬は口に苦しって言葉もあるし、苦くて渋くて不味いそれのほうが薬を飲んでる気になるだろうけど、美味しいこれのほうがよっぽど薬としての効能は高いってこと」
「へぇ……!」
リナが信じられないといった様子で茶碗を見つめる。
「緑茶にミントとレモンと蜂蜜の効能もかけ合わせているから、ですか?」
「そう、そういうこと」
やっぱり執事としての知識と技術の下地があるからか、クロードはなんとなく理解できたらしい。
にっこり笑って頷いて――そしてそこでようやく僕は、クロードの不穏な視線に気がついた。
突き刺すように鋭く、親の仇かなにかに向けるような苛烈な目だ。
「え……?」
な、なに……?
「く、クロードさん?」
「…………」
クロードが無言で背後――腰あたりをさぐり、なにやら取り出す。
だけど、刃はない。いや、あるにはあるんだけど刀の形になっていない。槍の先っちょのような小さな三角のものがちょんとついているだけ。
「……?」
なんだ? あれ。
内心首を傾げた瞬間、クロードがその柄を無造作に振る。
すると、まるで特殊警棒のように――いや、完全に三角の刃と護拳のある柄がついた特殊警棒といっていいとおもう――硬質なジャキッという音がして、刃と鍔の間が伸びる。
そして、大体サーベルと同じぐらいの長さになったそれを、僕の鼻先に突きつけた。
「ッ!? な……!」
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