不登校のクラスメイトに毎日プリントを届けていたら、いつの間にか距離感が分からなくなった

空翔 / akito

第1話 不登校のクラスメイト

 キーンコーンカーンコーン。


 帰りのホームルーム終了を知らせる鐘の音。


 座っていたクラスメイトたちは勢いよく立ち上がり、各々この後の予定に合わせて動き出す。


 そんな光景を窓側の一番後ろの席から眺めていると、担任の小森先生がこちらに近づいてきた。

 相変わらず冴えない見た目で、七三分けの黒髪は平常運転だ。


 片手には見慣れた大きめの封筒が握られている。


「な、なあ水瀬。今日も頼んでいいか?」


 そう言いながら小森先生は持っていた封筒を俺の目の前に差し出す。


「分かりました」


 俺は特に断ったりせず、それを受け取った。


「悪いな毎回。ちなみにだけど、姫野とは対面出来たか?」

「いいえ。相変わらず反応はないです」

「そうか……」

「じゃあこれを届けないといけないので、帰ります」

「お、おう。気を付けてな……」


 そうして俺はスクールバッグと封筒を持って教室を出た。


 ☆☆


 時は四月下旬。

 桜並木の下を、ワイヤレスイヤホンで音楽を聴きながら歩く。

 まだ冷たい風が頬を撫でてくる。


 俺、水瀬翔也は札幌の西南高校に通う高校二年生だ。


 基本的に他人と関わらず一人静かに高校生活を過ごそうと思っている俺に、一週間ほど前、担任からある頼みごとをされるようになった。


 それは不登校兼クラスメイトである姫野静香という人物の家にプリントを届け、かつインターホンを押して接触を試みてほしいというものだ。


 何故俺なのか理由を聞いたところ、確かに適任は俺しかいないと思い、今に至る。


 そうして三十分くらい歩いたところで目的地に到着した。


 目の前に聳え立つのは十五階建てのマンション。


 オートロック機能が備えられていない玄関をささっと通り抜け、エレベーターに乗り込む。


 そして11階まで上がり、廊下を少し歩いたところで立ち止まる。


「……これで何回目だっけ」


 ポスト付きドアのポストに封筒をねじ込みながらボソッと呟く。

 

 入れ終え、後はインターホンを押すだけだ。


 特に何も考えずにインターホンをポチっとな。


 …………。


 相変わらず反応はない。


「……帰るか」


 そう思い一歩踏み出そうとした時だった。


 ガチャッと目の前のドアが開きだし、俺の顔の横幅がギリギリ通れるくらいの隙間が生じる。

 そこから、一人の女子が姿を見せる。


 銀色の長い髪は後ろで一つに結ばれており、身長は俺より少し低いといったところか。

 普段なら輝くように綺麗なのかもしれない青色の瞳は、覇気を失ったように暗く感じる。

 おまけに目の下には割と濃いめのクマが出来ている。


 スタイルは普通の男子を悩殺しそうなかんじだ。


「……姫野か」


 俺はおそらく合っているであろう彼女の名を口にする。


「そうだけど……あなたは……多分クラスメイトとかなんだろうけど、毎日毎日うざくて迷惑だから今後はインターホンは押さないでそのまま帰ってくれると助かる」


 お。毎日訪れてくれてるクラスメイトに礼の一言もなしか。


 まあ、別に面倒くさいとも何とも思ってないからいいんだけど。


「別に俺はそうしてもいいんだけど、担任からインターホンも押してほしいと頼まれてるから、多分今後も押すわ」

「はぁ……そんなら担任が自分から来ればいいじゃん」

「それは俺も同意見だ」

  

 それはそうと、ドアが開いた瞬間から、俺には気になる点が一つあった。

 

 隙間からでも玄関がゴミの山と化していることが窺える。


 もしかすると奥の部屋もこうなのではという疑問だ。


「ちなみになんだが姫野。ここから見えるゴミたちって、リビングもこうなってるのか?」

「べ、別に……他人のあなたには関係ないでしょ」

「そうかもしれないけど、ちょっとあがらせてもらうぞ」


 俺は半開きのドアを強引に開け、中に入る。


「ちょ、ちょっと! 何勝手に人の家にズバズバ入ってるの!? しかも女子の部屋に!」


 後ろから何やら聞こえてくるが、なりふり構わず進みリビングに入ると、目の前に広がる光景は予想通り……いや、むしろそれ以上だ。


 あちこちに散乱するゴミの山。


 到底ここで人が生活しているとは考えられない。

 てか絶対一人暮らしじゃん。


 おまけにカーテンは閉じられ、明かりの元となるのは僅かに差し込む日の明かりとテレビからの照明だけだ。


「何。失望でもした?」


 ボーっと立ち尽くす俺を見かねてか、横に立っていた姫野はそう口にする。


「……これは、大掃除の必要がある」

「は?」


 部屋にゴミが落ちていたら拾い上げて捨てるものだろう。

 そんな感覚のせいかは分からないが、こんな光景を目の当たりにして黙って帰るわけにはいかない。


「姫野。ゴミ袋はあるか」

「そこの棚に入ってるけど……」


 姫野が指さす方に位置する棚を開けると、中には大きめの黄色いゴミ袋があった。


「よし。大掃除開始だ」


 そう言うと、俺は無言で掃除を開始する……のではなく、初めにカーテンを開けた。

 暗かった部屋が一気に明るくなる。


「うわ! 私、日の明かり苦手なんだけど……」


 姫野は両手で顔を覆いながら言った。


「お前は鬼だったのか」

「つ、通じるんだ……」


 どうせ"鬼殺のつるぎ"に出てくる敵の真似だろう。

 そんなものにいちいち構っていたら日が暮れそうだ。


 今度こそゴミ袋片手に掃除を開始する。


「……あ、あのさ」

「どうした」


 無言で手を動かし続けていると、姫野が話しかけてきた。


「掃除してくれるのは有難いんだけど、ずっと黙って見てるのもなんか気が引けて嫌」

「別に俺が勝手にやってるだけだから、気にするな」

「……駄目。私も手伝う」


 姫野は動こうと一歩踏み出す。


「……うわっ!」


 しかし足元がゴミだらけで歩きづらいからか、何かに躓いた姫野の身体は転倒しそうになる。

 俺はとっさに自身の身体を移動させ、なんとか姫野の身体を支えた。

 

「……危ないぞ。やっぱりお前は見てろ」

「あ、ありがとう……って。気安く触らないで!」


 頬を赤くしながらそう言うと、姫野は俺から距離をとる。


 そして三人用くらいのソファに腰を下ろした。


 これで静かにしてくれそうだな。


 俺は再び、黙々と掃除するのだった。


 ☆☆


「はぁ……やっと終わった」


 ゴミがパンパンにつまった袋は軽く十を超えている。

 

 ちなみにこのマンションの部屋は全て1LDKだ。

 寝室も散らかっているのかと最初は思っていたが、幸いなことに寝室はそこまでだった。


「二時間以上もご苦労様」

「ああ。こいつらは自分でなんとかしておいてくれ」

「う、うん……」

「じゃあ俺は帰るわ」


 脱いでいたブレザーとバッグを拾い上げ、俺は姫野の部屋を出た。


 そしてエレベーターに乗り込む……のではなく、階段で一つ下の階に行く。


 次に少し歩いたところで、一つのドアの前で立ち止まる。

 11階なら姫野の部屋に当たる位置。


 俺は持っている鍵で施錠を解き、中に入った。


 そう。俺と姫野は同じマンションに住んでいるのだ。



 追記

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