70.誕生日プレゼント

 翌朝、早起きしてリビングにいた龍之介に起きて来た真琴が声を掛けた。


「おはようございます、龍之介さん」


「おはよ、マコ! 今日も可愛いな、結婚しよう」


 慣れたとはいえやはりそう言われると恥ずかしい。



「もお、止めて下さいよ。朝から」


「挨拶みたいなもんだろ。そのうちマコも言ってごらんよ」


「言わないです!」


 そう言って苦笑する真琴。



「もう体は大丈夫なのか?」


 尋ねられた真琴が笑顔で答える。


「はい、お陰様で完全回復しました!!」


 そう言って小さく拳を握って見せる真琴。



「それは良かった。マジで心配したんだぞ」


「龍之介さんのお陰で治りました!」


「そんなことないよ。じゃあ今日は学校行けるのかな?」


「はい、行って来ますね。友達も心配してるし」


「了解!」


 龍之介は女の真琴の姿になっても、マコと同じように接してくれる彼女に一安心した。






 九条ユリは周りの男達からの視線を十分に感じていた。

 お昼過ぎの大学の食堂。ご飯を食べ終え椅子に座って雑談する男達は、食堂の真ん中を闊歩するその金髪の美女に皆目を奪われた。


「めっちゃ可愛いな」

「確かミスコンの子だろ?」


 何人もの高スペックの男達との噂がありいつも男を従えていた彼女に、ある時期よりまったくそのような噂が立たなくなった。



「龍之介君!」


「あ、ユリちゃん」


 唯一、その男だけを除いては。



「ひとりでごはん食べてたの?」


 食堂の片隅でひとり昼食を食べていた龍之介にユリが笑顔で話し掛ける。それまでユリをじっと見ていた男達の半数がここで目で追うのをやめる。



「うん、そうだよ。ちょうど良かった、ユリちゃんに後で連絡しようと思っていたんだよ」


「え? ユリに? なになに?? デートのお誘いとか??」


 ユリは龍之介の正面の椅子に座り、嬉しそうにそれに答える。



「いや、デートじゃないよ。ユリちゃんとデートなんてしたら俺、他の男に刺されちゃうよ」


 龍之介は周りから突き刺さる視線を感じつつ言う。


「えー、そんなことないのに。ユリはいつでもいいんだよ」


 少し寂しそうにそう話すユリ。龍之介が言う。



「あのさ、明日なんだけど……」


「空いてるよ! ひまひま!!」


 まだ何も用件を言っていないのに目を輝かせて答えるユリ。龍之介が苦笑して言う。



「まだ何も言ってないじゃん。明日って一応俺の誕生日なんだけど……」


「ええ!? そうだったの!! 知らなかった。どうして教えてくれなかったのよ~」


 ユリが少しむっとして言う。



「ああ、いいんだ、そんなの。それよりどういう訳か明日、バイトやってる喫茶店で小さい誕生パーティを開いてくれることになってさ。ユリちゃん、良かったら来ない?」


「誕生パーティー……」


 ユリがそう小さく口にする。



「それってあの女子高生、天使様って子も来るの?」


 そう尋ねるユリに龍之介が答える。


「もちろん。俺、マコと付き合いたいと思ってるし」



(マコって言うんだ……)


 初めて知る恋敵ライバルの名。ユリの心に火がつく。



「龍之介君は~、ユリには全然興味ないのかな~」


「ユリちゃんに? どうしたの??」


 ユリがテーブルの上に顔を乗せて甘い声で言う。



「ユリは龍之介君のことが好きなんだよ。そんな高校生こどもよりユリの方がいいでしょ?」


 ユリは先にマンションの前で見かけたそのマコって女の子を思い出して言う。

 確かに清楚な感じがして可愛らしい女の子ではあった。ただまだ女として洗練されていないし、色気などは自分の足元にも及ばない。龍之介が言う。



「そう言う問題じゃないよ。俺はマコが好き。結婚したいぐらい好きなんだ」


(むかっ)


 こんなにアピールを続けているのに、他の女と結婚したいと平然と口にする龍之介にユリがむっとする。



「何時?」


 ユリが尋ねる。



「誕生会? 夕方の五時からだよ」


「分かったわ。ユリも行く。そこで会いましょ。じゃあね」


 ユリはそう言いながら美しい金色の髪をかき上げて立ち去る。



(絶対ユリに振り向かせてやる!! 負けないわよ、決戦は明日の午後!!!)


 ユリはカツカツとハイヒールの音を響かせながら歩いて行った。




「な、なあ、三上……」


 ユリが去ってからすぐに龍之介の背後からまた別の声が掛った。またか、と思いながら龍之介が振り向くと、そこには短い茶髪にガタイのいい体。ユリに振られた剛が立っていた。



「お前は……、なんか用か?」


 龍之介が冷たく言う。

 前回ユリのパンチラ写真をネタに脅そうとした男。正直顔も見たくない。剛が言う。



「あ、あのさ、ユリと何を話していたのかなって……」


 龍之介が真面目な顔で問う。



「それよりお前、ちゃんと写真は消したのか?」


「ああ、消したよ。あれから大変だったんだ……」


 剛の話だと強面こわもての男達が数名部屋にやって来てスマホからPC、クラウドなど全てを調べて行ったとのこと。それを思い出して体を震わせる剛。龍之介が言う。



「それは怖いな……、まあでもお前が悪いんだから」


「そ、そうだな。あんなことはもう二度とやらない」


 剛は心底反省した顔で言った。



「で、ユリと何を話していたんだよ?」


「お前には関係ない」



「誕生会がどうのこうのって……」


(聞いていたのかよ!?)


 龍之介が驚いた顔で言う。



「だからお前には関係ないって言ってるだろ?」


「そんなこと言わずに教えてくれよ……」


「無理。ほっといてくれ」


 真剣に言い放つ龍之介を見て剛が溜息をついて答える。



「はあ、仕方ない。分かったよ、諦めるよ……」


「ああ、そうしてくれ。じゃないとマジでユリちゃん怒らせるぞ」


「わ、分かってるよ……」


 剛はユリの恐ろしさに触れ再び体を震わせた。





 翌日の夕方を迎え、喫茶店『カノン』では龍之介の小さな誕生パーティが開かれた。

 夕方で店を閉じ貸し切り状態にしたオーナー。龍之介が普段は高齢で店に来ないオーナーに頭を下げて感謝する。



「今日はどうもありがとうございます」


「いいんだよ。いつも頑張ってくれてるからね」


 オーナーは店で主力として頑張ってくれている龍之介に労いと感謝の言葉でそれに応じた。すぐに他のバイトメンバーや友人などが店にやって来る。桃香が店の奥からケーキを持って現れた。



「龍之介君、ここにケーキ置くね」


「あ、はい。ありがとうございます」


 それは桃香や他のバイトの子で用意した手作りケーキ。真っ白なホイップに真っ赤なイチゴが美味しそうなホールケーキだ。桃香が尋ねる。



「真琴ちゃんは来るの?」


「あ、はい。もうすぐ……、あ、来た!!」


 その龍之介の視線の先にはゆっくりとドアを開け店に入ってくる真琴の姿があった。



「マコ、いらっしゃい!!!」


 龍之介が笑顔で言う。桃香も女の姿の真琴を見てにっこり笑う。



「あ、あ、失礼します……」


 真琴は店に入ると頭を下げて皆に挨拶した。そして彼女の後ろには同じクラスの友達である亮子、そして真っ赤なボブカットのカエデが続く。亮子が真琴に言う。



「ねえねえ、あれが真琴の?」


 真琴が恥ずかしそうに答える。



「いや、あのね……」


「何だよ、まだ付き合ってないのか?」


 それを聞いたカエデが真琴に言う。


「ええっと……」


 煮え切らない真琴の返事。カエデが鞄から取り出した可愛らしい包みを見せて言う。



「お前が要らないなら私が貰うから!」


 そう言ってカエデはひとり龍之介の元へと歩いて行く。



「三上さん!! 誕生日おめでとうございます!!」


 そう言って手にした包みを渡す。



「あ、ありがとう。確か君は……」


 龍之介がカエデのことを思い出す。



「頑張って焼いたクッキーです! 食べてください!!」


「あ、ありがとう。頂くね!」


 カエデは笑顔でそれを受け取る龍之介を見て素直に嬉しくなった。自分では決して届かぬ相手。憧れ。朝比奈真琴に奪われるのは悔しかったが、龍之介が笑顔でいてくれるならそれでいいと思った。




 バーー―ン!!!


 その時、喫茶店のドアが勢いよく開かれた。皆がその入り口に立つ人物を見つめる。龍之介が声を出す。


「ユリちゃん!」


 金色の長い髪の美女。つばの大きな帽子に、同じく顔の半分を占めるような茶色のサングラス。上品でありながら胸元や肩が大きく出たドレスを着たユリが、ゆっくり龍之介の方へと歩きながら言う。



「誕生日おめでとう。龍之介君」


 そこに居合わせた男全員が突然現れた美女を見つめる。桃香や先に来ていた真琴など可愛い女の子はたくさんいたが、ユリのその美しさは全く違う種類のものであった。龍之介が答える。



「ありがとう、ユリちゃん。来てくれたんだね!」


 嬉しそうな顔でユリを迎える龍之介を見て、真琴が少しイラっとする。ユリが言う。



「龍之介君、聞いて欲しいの」


 誕生会。皆が集まるその中央で、今日の主役に意味あり気な表情でユリが話す。



「龍之介君、私ね、ユリはね、龍之介君のことが……」


 皆の前での告白。

 優しい性格の龍之介ならきっと断ることはできないはず。そう睨んだユリが自信に満ちた顔で言う。



「龍之介君のことが……」



「待って」


 龍之介がそれを止める。



「龍之介君?」


 驚くユリに龍之介が言う。



「ごめん、それ以上は聞けない。俺ね、ユリちゃん、そしてここにいるみんなに聞いて欲しいことがあるんだ」



(あ、終わった……)


 ユリは心の中ですべてが終わったことを直感した。龍之介が店内の端にいた真琴に近付いてにこっと笑う。



「龍之介さん……?」


 驚く真琴。一緒に居た亮子とカエデがささっと左右に離れて行く。龍之介が大きく息を吸い込んでから言う。



「俺は朝比奈真琴が好きだ。マジで愛してる。付き合って欲しい!!!」


 そう言って大きく頭を下げた。

 静まり返る店内。桃香はそれを頷いて見つめ、カエデは仕方ないかなといった表情で見つめる。

 龍之介に代わって皆の注目を受けた真琴が一歩前に出て答える。



「龍之介さん」



「はい?」


 頭を上げて真琴を見つめる龍之介。真琴が笑顔で言う。



「誕生日、おめでとうございます」



「あ、うん……」


 意味が分からない龍之介。その笑顔の意味はもっと分からない。

 誰も何も音を立てない店内。皆の視線は動き出した真琴の右手に集まり、そして彼女のポケットから取り出されたへと移った。



「マコ……?」


 真琴はそれを背中に回すと両手で持ち上げ、そして髪を結んでいく。皆が見つめる中、頭の上に大きなリボンをった真琴。両手を前で重ねながら顔を赤くして龍之介に言う。



「誕生日プレゼントです。貰ってください」



「え?」


 龍之介が固まる。



「マコ、それって、それってまさか……」


「はい、これが誕生日プレゼントです。貰ってください」


 そう言って目を赤くして真琴が首を斜めにして答える。



「マコーーーーーっ!!!」



「きゃっ!?」


 龍之介が大きな声で真琴の名前を呼びながら彼女を抱きしめた。同時に店内に鳴り響く拍手に歓声。桃香ももらい泣きしながらそれを見つめる。龍之介が叫ぶ。



「大好きだ!!! 大好き、一生離さないっ!!!!」


「私も大好き!! 龍之介さん、大好きです!!!」


 真琴も龍之介に抱き着いて大きな声で言う。




(ふん、面白くない!!)


 唯一、ユリだけがそれを歓迎しない。幸せそうなふたりを見ながらいつか必ず龍之介を奪い返してやると心に決めた。



 心行くまで抱き合ったふたりが改めて皆に向かって言う。



「皆さん、紹介します。俺の彼女の真琴です!!!」


 嬉しそうに言う龍之介。真琴も真っ赤になりながらそれに答える。



「か、彼女の、真琴です……」


 改めて起きる拍手、歓声。ヤジが飛ぶ。



「キスはまだなのー??」


 それを聞いた龍之介が笑顔で答える。



「あ、これからします!!」


「ちょ、ちょっと、龍之介さん!! なに言ってるんですか!!!」


 龍之介はそんな顔を赤くして動揺する真琴を見て、心から可愛いと思った。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


今話で最終話となります。

最後までお読み頂きましてありがとうございました!!

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男装ガールと同棲します!!~男だと思って楽しく絡んでいた陰キャの彼女が、気が付けばめっちゃ輝いていた件~ サイトウ純蒼 @junso32

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