69.病み上がりの真琴ちゃん

 翌朝、少し早めに目覚めた龍之介が真琴の部屋を訪れる。


「マコ、大丈夫かな……」


 寝る前にはやや元気を取り戻していた真琴。心配だった龍之介は夜も余り眠れなかった。静まり返った朝の部屋を龍之介がゆっくりと歩く。



 コンコン……


「マコ、起きてるか?」


 小さくノックし小声で尋ねる。



 沈黙。

 静まり返った部屋から返事はない。龍之介が再度ノックする。



 コンコン……


「マコぉ……」


 ノックをし小声で呼び掛ける。やはり返事はない。



「まだ寝てるのかな」


 龍之介は静かにリビングへと戻った。





「ううん……」


 昼前、少し寝苦しさを感じた真琴がベッドの上で目を覚ました。

 カーテンから入る太陽の光で既に朝ではないことが分かる。随分と眠ってしまったようだ。



(喉乾いた……)


 真琴がふらふらと体を起こしベッドから起き上がる。



「あ、体が軽いわ……」


 昨晩のような重い感覚はない。昨日感じた眩暈もなく、大量の汗をかいたのか着ている服が少し湿っている。



 カチャ


 真琴がキッチンに行こうとドアを開けた。



「マコおおお!!!」



「ええっ!?」


 真琴が自分の部屋のドアを開けた瞬間、リビングの方から龍之介が駆け足でやって来た。驚いた真琴が言う。



「あ、えっ!? 龍之介さん!? どうして??」


「どうしてって、マコが心配でずっと待ってたんだよ」


「え、本当ですか!?」


 そう答えながら真琴は今日が月曜日だということを思い出す。



「龍之介さん、大学は?」


「サボった」


「サ、サボったって、どうして……」


 龍之介が真琴の両肩を持って言う。



「大事なが熱出して寝込んでるんだ。放って置けないだろ」


「あの、まだ彼女じゃないですけど……」


「同じようなもんじゃん。それより体調はどうなんだ?」


 そう言って龍之介は真琴の額に手を当てる。



「あ、だいぶ熱が下がってるな。うんうん」


 龍之介に額に手を当てられ顔を赤くする真琴。



「龍之介さん、私、喉が渇いちゃって……」


「ああ、何か持ってくるよ。何飲みたい?」


「お茶とかでいいです」


「了解」


 龍之介が小走りでキッチンへ行きお茶を持ってくる。



 ゴクゴクゴク……


 真琴が持ってきてくれたお茶を一気に飲む。



「ああ、美味しい。随分すっきりしたわ」


「良かった」


 コップをテーブルに置いた真琴が突然あることを思い出す。



「あ、そう言えば私の高校……」


 今日は月曜日。マコとも高校へ行く日である。



「電話しといたよ。から」


「義兄、そ、そうだったわね……」


 以前、龍之介に義理の兄として進路相談に行って貰ったのを思い出す。



「だから今日は休み。俺もお前も。ゆっくり休もうぜ」


「龍之介さんはずる休みじゃん!」


「違うよ、可愛い妹が寝込んでるんだ。看病看病」


「なにそれ~、妹とか彼女とか~」


 真琴がクスッと笑う。



「お腹空かないか? 何か食べる?」


 真琴が考える。


「そうね、食べたいかな。でもその前に汗ベタベタなんでシャワー浴びたいかも」


 真琴は自分のピンク色のパジャマを見て言う。そして気付いた。



「あっ!! 私、龍之介さんの前でこんな姿で……」


 少し湿ったピンクのパジャマ。龍之介と暮らし始めてから一度も見せたことのない秘密の姿である。龍之介がデレっとした顔で言う。



「いいよいいよ。可愛いし、マコのがここらに充満して悶絶ものだし」


「に、匂い……」


 真琴がすぐに自分のパジャマの匂いを嗅ぐ。


「そんなに匂う!? っていうか、キモっ! キモいわ!!」


 真琴が自分の体を抱きしめるようにして後ずさりする。



「キモいって酷いなあ。これでも心配しているのに」


「言い方がちょっと。私、シャワー浴びてくるから」


「手伝おうか?」


「要りません!」


 真琴はそのまま小走りで浴室の方へと走る。



「マコー、飯は? 昨晩のお粥が余ってるけど!!」


「要らなーい、あれ、不味いから!!」


 そう言って浴室へと姿を消す真琴。



「不味い……、地味に凹むな……」


 龍之介はがっくり肩を落とした。






「るんるん、るん、るるるん……」


 シャワーを終えた真琴はキッチンにいた龍之介の元へやって来て、お腹を空かせた彼の為に料理を作っていた。椅子に座った龍之介が心配そうに尋ねる。



「なあ、マコ本当に大丈夫なのか?」


 熱は下がり元気そうになったとは言え、まだ病み上がり。心配するのは当然である。



「大丈夫ですって。昨日龍之介さんが作った不味いお粥を美味しく変えますからね」


 そう言われてはもう反論できない。朝、大量に余ったお粥を食べてみたがやはり不味かった。ここは真琴に任せるのが一番である。




「はい、できました! さあ、召し上がれ!!」


 ものの数分で龍之介の作った不味いお粥が、美味しそうな熱々のお粥へと変わった。お粥の中には刻んだショウガやミンチ、ネギや卵などが入っておりとても美味しそうである。



「元気な人でも美味しく食べられるお粥です。マコ特製ですよ~」


「う、美味そう~!!」


 龍之介がスプーンを持って喜ぶ。



「たくさん食べてくださいね、龍之介さん」


 椅子に座った真琴がにっこり微笑みながら言う。



「ありがとう、マコ。それから今日も可愛いよ!」


「え、あ、ああ。どうもありがとうございます……」


 何度聞いても、毎日聞いても恥ずかしくなる言葉。だけど嬉しい。女の子である以上可愛いと言われて嬉しくない訳がない。



「いただきーす!! 美味っ!!!」


 掛け声と同時にがつがつ食べ始める龍之介。真琴はゆっくり食べながらそれを微笑んで見つめる。



「そう言えばさ、マコ」


「何ですか?」



「明後日なんだけど、『カノン』でなんか俺の誕生パーティーを開いてくれるそうなんだよ」


 龍之介は一昨日、桃香から来ていたメールを思い出して真琴に言う。仲間だけの小さなパーティ。オーナーの心遣いとのこと。そこに桃香など喫茶店のメンバーや龍之介、そして真琴の友達も連れて来て欲しいそうだ。



「友達? いいの?」


「ああ、なんかちょっと恥ずかしいけどな」


 真琴はすぐに友人の亮子の顔が思い浮かぶ。そしてカエデ。橘カエデにも声をかけてみようと思った。



「龍之介さんは誰を呼ぶの?」


「俺? そうだな、ユリちゃんとか……」


 ユリという名前を聞いた真琴がむっとする。



「どうしてユリさんを誘うんですか? やっぱり気になるんですか??」


 頬を膨らませて龍之介に尋ねる。


「いや違うよ。ユリちゃんには正式にマコを俺の彼女として紹介するんだ」


「え、彼女として……」


 予想外の回答に真琴が黙り込む。



「ユリちゃんにはやっぱり幸せになって貰いたいし。俺じゃ無理だけど、きっといい男が見つかるはずだからね」



(ユリさん……)


 真琴の頭に金色の髪の美しいユリの姿が思い出される。



「ユリさん、綺麗ですよね」


「ああ、綺麗だね」


「だったら私なんかでいいんですか?」


「マコがいい」


 笑顔で即答する龍之介。真琴が下を向いて恥ずかしそうに言う。



「わ、私、ユリさんや桃香さんみたいに胸、大きくないですけど……」


「胸? ああ、俺が大きくしてやるよ」


「えっ? ど、どうやって??」


 龍之介がいやらしい顔になって言う。



「教えて欲しいのか? 本当に教えて欲しいのか??」


 真琴が冷たい視線を龍之介に投げかけて言う。


「結構です!! せっかくいい話をしていたのに。キモいわ、本当に気持ち悪い……」


 いい雰囲気を壊されため息をつく真琴。龍之介がテーブルに肘をついて真琴を見つめながら言う。



「なあ、マコ」


「な、なんですか……?」



「本当に可愛い。愛してる」



 かああああ……

 真面目な顔の龍之介に真正面から言われ真琴の顔が一気に赤くなる。



「や、病み上がりの人に言う言葉ですか!!」


「いつでも言うよ。マコ、可愛い。愛してる」


「も、もお……」


 真琴は恥ずかしさのあまり更に顔を赤くしてずっと下を向いてしまった。

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