68.ひとつの決心

「龍之介、さん……」


 熱にうなされた真琴が、龍之介と一緒に抱かれるような形でベッドに倒れ込んだ。



(マ、マコ……)


 真琴に覆い被さるように倒れた龍之介。

 近付く顔。唇の距離はわずか数センチ。少し肩の力を抜けば唇が触れ合う。



(マコ、本当に可愛いな……)


 龍之介はベッドに寝る真琴を一度ぎゅっと強く抱きしめてから、ゆっくりと起き上がった。病気じゃなければどれだけ理性を保たれていたのか分からない。それ程真琴は可愛らしく、魅力的だった。



「まだ熱い」


 龍之介は真琴の額に手をやり熱を計る。すぐに布団をかけ、常備してあった冷却シートをその額に貼った。



「さてと……」


 龍之介はベッドでよく眠る真琴を見てから、ひとりキッチンの方へと歩き出した。






「う、うーん……」


 真琴が目を覚ましたのはそれから数時間経った後であった。



(あれ……?)


 真っ暗な部屋。見慣れない天井。そして見たことのないベッド。



「え!?」


 驚いた真琴が上半身を起こす。自分が寝かされているのは見覚えのない男性用のベッド。真琴が必死に記憶を辿る。



(ええっと、龍之介さんと遊園地にデートに行って、龍之介さんと手を繋いで、龍之介さんが熱があると言って、龍之介さんに抱きしめられる夢を見て……)



「って、龍之介さんばっかじゃん……」


 自分に突っ込みを入れる真琴。そして暗闇の中、ベッド脇に置かれた写真を見てはっとする。



「これって……」


 それは以前真琴が初めてとった龍之介との自撮り写真。男のマコの姿で恥ずかしそうに、そして嬉しそうに肩を抱かれて撮った写真。まだ寝起きで頭がぼうっとする真琴がその写真を手にして目を赤くする。



「龍之介さんも飾ってくれてたんだ……」


 自分も大好きなこの写真。同じ様に部屋に飾っている。




 カチャ……


 暗い部屋にドアが開かれる音が響く。

 そのドアから電気の明かりが差し込む。



「マコ? 起きたんか……?」


 そして真琴は改めてここが龍之介の部屋だと理解した。



「あ、はい。龍之介さん」


 電気をつけ明るくなった部屋で彼の姿を見た真琴が名前を口にする。龍之介が尋ねる。



「気分はどう?」


「あ、うん。頭がまだぼうっとするかな……」


 龍之介はゆっくり真琴の傍まで来て額に手をやる。



(んっ……)


 龍之介に触れられどきっとする真琴。一気に顔が赤くなる。



「まだ微熱があるみたいだな。もう少し寝てた方がいい。それとも何か食べられるか?」


「え、あ、あの……」


 真琴はまだ状況がつかめていない。一緒に遊園地に行って熱が出て、タクシーに乗ったような記憶があるがはっきり覚えていない。不思議がる真琴に龍之介が丁寧に説明した。



「そ、そうだったんですか。ありがとうございます……」


 真琴が頭を下げてお礼を言う。



「いいって。いつも世話になってるし。将来のお嫁さんだし」


「お、お嫁……!?」


 更に真琴の顔が赤くなる。真琴が龍之介に言う。



「とりあえず自分の部屋で寝ます。ここは龍之介さんのお部屋なんでしょ?」


 龍之介が頷いて答える。


「ああ、そうだよ。マコが良けりゃ一緒に寝てやってもいいぞ」


「結構です。それより汗かいちゃったし、お部屋の換気もしなきゃ」


 そう言って立ち上がる真琴。

 しかしまだ熱があり足元がふらつく。



「きゃっ」


 倒れそうになった真琴を龍之介が抱きしめる。



「危ないって。無理しちゃだめだぞ」


「あ、ありがとうございます」


 再び龍之介に抱かれてしまい真琴の体が熱くなる。



「まだ体も熱いな。しっかり食べて寝なきゃな」


「は、はい……」


 今熱くなったのはきっと別の理由だと思いつつ真琴があることに気付く。



「あれ、これって……、どうしたんですか!?」


 真琴が龍之介の腕に貼られたガーゼに気付いて尋ねる。龍之介が笑って答える。



「ああ、これ? ちょっと火傷して……」


「火傷!? ど、どうしたんですか!!」


 真琴がその腕にあるガーゼを見つめる。龍之介がばつが悪そうに答える。



「いや、さっき料理しててな。少し失敗しちゃって腕にフライパンが当たって……」


(料理??)


 真琴が考える。

 料理は自分の担当。そもそもカップ麺しかできない龍之介がなぜ料理を?



(あ、まさか……)


 真琴が尋ねる。



「まさか、私の為に料理を……?」


 龍之介が照れながら答える。



「まあ、そんなとこ。味は知らんがカップ麺じゃないぞ」


(そんな、そんな……)



 真琴は龍之介の腕に貼られたガーゼに顔を寄せ涙を流す。


「お、おい、マコ!?」


 真琴が言う。



「ありがとうございます、龍之介さん……」


 驚いた龍之介だが涙を流す真琴を見て、黙って優しくその頭を撫でた。





「いただきーす!」


 おでこに冷却シートを貼ったまま真琴が、キッチンのテーブルに座って手を合わせて言った。龍之介が作ったのはお粥にたまご焼き、そして焼き魚。真琴が言う。



「見た目は合格ね。どうやって作ったんですか?」


「よく分からんからとりあえずフライパンで焼いて塩かけた」



「……」


 恐る恐る真琴がスプーンで龍之介のお粥を口に入れる。



「薄っ」


「マジか? もっと塩入れた方が良かったか?」


 そして真琴がたまご焼きと魚を箸でつまんで食べる。



「辛っ」


「マジで? 塩入れ過ぎたか??」


 真琴が苦笑いして言う。



「すごく不味いわ。でも不味いけど、不味いんだけど」


 真琴が笑顔で言う。



「最高に嬉しいお夕飯」



「マコ……」


 真琴は龍之介の腕に貼られたガーゼを見ながら目を赤くして、その初めての夕飯を食べる。そして笑いながら言った。



「やっぱりご飯は私が作らなきゃダメですね」


「そうだよ。だから早く結婚しよ」


「えっ……」


 こんな時に、こんな雰囲気でそんなことを言ってくる。

 真琴の心はもうほとんど龍之介の方へと傾いていた。女の真琴でいても全く窮屈さを感じない。じっと自分だけを見てくれる。



「龍之介さん……」


 一瞬真琴の心がぐらりと揺れ動く。



「お、ついに結婚承諾か??」


「違います。無理です。でも……」


 いつもとは違った雰囲気の真琴に龍之介が尋ねる。



「でも? でもなんだ??」


 真琴が笑って言う。



「秘密でーす」



「マ、マコぉ~」


 泣きそうな顔の龍之介。真琴が笑う。




「まあ、とりあえず今夜はこの薬飲んで眠りな」


 龍之介はテーブルに置かれた風邪薬を手にして真琴に言う。


「えー、私、薬飲むの苦手で……」


「ダメ。ちゃんと飲め」


「だ、大丈夫ですよ。一晩寝ればきっと……」



「飲まないのなら、俺がで飲ませるぞ」


「飲みます。はい、自分で飲みます」


 そう言って舌を出して薬を受け取る真琴。満足そうに頷く龍之介を見て真琴が思う。



(近いうちにきちんとお返事しますね)


 真琴は龍之介の腕に貼られたガーゼを見てひとつの決心をした。

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