67.遊園地デート

『もしもし、おばあちゃん? あのね、実は……』


『本当よ。全部話した。……うん、大丈夫』


『それでね、今日これから一緒に遊園地行くんだ。え? 違うよ、真琴としてだよ』


『うん、ありがと。あ、もうそろそろ時間。じゃあ行くね。うん、また!』



 日曜の朝、真琴は祖母のキヨにこれまでのことをすべて話し、そして祝福された。最初から応援してくれていたキヨ。真琴の話をとても嬉しそうに聞いてくれた。



「さ、行かなきゃ。龍之介さんが待ってる」


 真琴は自分の部屋に飾ってある『龍之介との自撮り写真』をちらりと見てからリビングへと向かった。





「おお、マコ。今日もなんて可愛いんだ!! 結婚しよう!!」


 龍之介は着替えてやって来た真琴を見て感嘆の声を上げた。

 花柄のワンピースに白のカーディガン。ベージュの帽子に、斜めに掛けられた小さな鞄がとても良く似合っている。真琴が答える。


「だから私はまだ高校生。結婚しません」


 そして今週から始まる約束の『真琴ウィーク』。男装マコになることはできず、ずっと女の真琴のままだ。



「いいじゃん、俺もう我慢できないよ。はあはあ……」


 龍之介がわざといやらしく息を吐く。


「やめてください、JKに。通報しますよ」


「勘弁してくれよ、マコ~」


 泣きそうな顔でそう答える龍之介に真琴が笑って応える。そして気付いた。



(あれ? 私、女の真琴なのに、普通に話してる……)


 これまでマコという仮面をつけないとちゃんと話せなかった真琴。それがいつの間にか龍之介と自然に話せるようになっている。



「さ、行こっか。マコ」


「あ、はい!」


 真琴は龍之介の後に続いて部屋を出た。





「今日はレンタカーじゃないんですね」


 龍之介の隣を駅まで一緒に歩く真琴。完全な女の姿。不思議と違和感はない。龍之介が答える。


「ああ、どうも俺は運転が下手のようでな」


「今更気付いたんですか?」


「え、マコは知ってたのか?」


「知ってますよ。龍之介さん、運転はポンコツですから」


「マジか……」


 自分の運転技術に全く自覚のなかった龍之介。真琴に初めて言われて改めて自覚した。龍之介が言う。



「それにしても可愛いな~」


「あ、ありがとうございます……」


 毎日、毎朝、毎晩。同じように可愛いと言われる。

 既に慣れた言葉とは言え、女である真琴はやはり聞く度に嬉しさが体を包む。龍之介が尋ねる。



「なあ、これってでいいんだよな?」


「え? デート!?」


 真琴が立ち止まって赤面する。

 確かに女として龍之介と一緒に遊園地に行く。マコではない。だとすればこれはデートになるのか。悩んだ末、真琴が答える。



「い、いいかな。龍之介さんがどうしてもって言うなら……」


「マジで!? やった!! マコとデート!!!」


 龍之介が両手を上げて喜ぶ。突然はしゃぐ龍之介に驚いた真琴が、それを避けるようにの方へと体が傾く。龍之介が大声で言う。



「危ない!!!」


 ビ、ビビーーーーーッ!!!


 車道に出そうになった真琴に走ってきた車がクラクションを鳴らす。



「きゃっ!!」


 驚いた真琴が声をあげる。そして同時に強い力で手が引っ張られる。



 ドクン、ドクン……


 真琴は龍之介に手を引かれ、そして彼は真琴を守るように抱きしめていた。

 車が走り去る音。だが真琴には自分の心臓が大きく鳴る音しか聞こえない。龍之介が尋ねる。



「大丈夫だったか?」


「あ、はい……」


 龍之介の腕の中で小さく答える真琴。そして改めて今の状況に顔を真っ赤にする。龍之介も真琴を抱きしめたままであることに気付き、すっと体を離す。



「マコ」


「は、はい……」


 真琴が龍之介を見つめる。



「この手は繋いだままでいいか?」


 真琴から離れた龍之介。

 だが握った手はずっとそのままだ。



「あ、あの……」


 全身から噴き出る汗。

 先程からばくばくと止まらない心臓の音。


 恥ずかしい、でも離したくない。



「はい、いいです……」


 その言葉を聞いて龍之介が嬉しそうな声で言う。



「良かった! さ、行こうか」


「はい!」


 真琴は龍之介と手を繋いだまま、一緒に歩き出した。






(マコ、すごい汗だな……)


 龍之介は駅までの道のり、繋いだままの真琴の手が汗でべたついているのを感じながら思った。

 龍之介とて彼女いない歴イコール年齢。女の子と手を繋いだ経験などほぼなし。今の状況に緊張していたが、それでも真琴の手から伝わって来る彼女の汗や震えは半端ない。



(恥ずかしい、恥ずかしいんだけど、なんでこんなに嬉しいんだろう……)


 真琴は龍之介と手を繋いで歩くことを心底恥ずかしがったが、それ以上に嬉しさの方が彼女を包んでいた。



(それにしてもマコ、ちょっと手が熱いな……)


 興奮か緊張か。真琴の手に感じる熱さは少し異常なほどである。龍之介が少しだけ心配した。





「龍之介さん、次はこれ乗りましょ!!」


 遊園地に初めて来た真琴は、まるで子供の様にはしゃいだ。



「きゃーーーっ!!!」


 ジェットコースターやお化け屋敷。定番のアトラクションに次々乗っては悲鳴を上げて楽しんでいる。



「龍之介さん、楽しいですね!!」


「ああ、そうだね」


 真琴は楽しかった。

 遊園地も楽しかったけど、龍之介とふたりっきり遊んでいることが心から楽しかった。



(でも、暑い。体が火照るって言うか……)


 遊園地を龍之介と満喫する真琴であったが、その興奮の為か少し体の様子がおかしい。



「マコ、お昼ご飯にしようぜ!」


「はい!」


 それでも真琴はせっかく一緒にやって来た龍之介とのを壊したくない。そう思いながら少し無理して一日遊んだ。





「楽しかったですね、龍之介さん」


「そ、そうだな……」


 中学生の頃には楽しかったジェットコースターだが、成人して大人になって乗ると意外と酔うことに気付いた。龍之介は元気に楽しんでいた真琴が羨ましいと思った。



「夕飯は何か弁当でも買って帰ろうか」


「いいえ、私が作ります!」


 龍之介は首を振って答える。




「いいよ。たまには休憩しなきゃ。それより、さあ、帰ろうか」


「あ、はい……」


 そう言って再び真琴の手を握る龍之介。


 かああああ……

 真琴の顔が再度真っ赤に染まる。恥ずかしくて嬉しくて、体の震えが止まらない。



(あれ?)


 その異変に気付いたのは龍之介だった。



(マコの手、すごい汗。それにちょっと熱い……)


 緊張や興奮ではないその熱さ。龍之介が頬を赤くした真琴を見て言う。



「大丈夫か、マコ?」


「え、あ、はい……」


 目の焦点が少しぼやけている。龍之介がすぐに彼女の額に手をやる。



「熱い……」


 少しだけ熱を感じる。



「マコ、大丈夫か? 熱があるぞ!」


 真琴が火照った顔で答える。



「大丈夫です、このくらい。でもちょっと疲れました。早く家に帰りましょ……」


「病院は?」


「平気です。ちょっと休めば大丈夫です……」


「タクシーで帰ろう。電車は止めた方がいい」


「え、ええ……」


 既に返事がおかしい。意識はあるようだが相当辛そうだ。龍之介は真琴の手を握ったまま、遊園地出口に停まっていたタクシーに乗り込んだ。




(マコ……)


 真琴はタクシーに乗ると龍之介の肩に頭を乗せて、すぐ眠りについた。


(手が熱い)


 ずっと握りしめている真琴の手。依然熱い。



(体調悪いのに無理しやがって……)


 龍之介は肩にもたれ掛かって眠る真琴の頭を優しく撫でた。





 龍之介はマンションに到着後、まだ目を覚まさない真琴を背負って部屋へと戻った。


(マコはまだ寝てる。起こさない方がいいな……)


 龍之介は未だ背中で眠る真琴を気遣い、起こさずに寝かせることにした。



(だけどマコの部屋は鍵かかってて入れないし、仕方ない。一旦俺のベッドに寝かすか……)


 真琴の部屋は鍵がかかっていて入れないし、そもそも立入禁止になっている。龍之介は自分の部屋に行き、ベッドの上の布団を整える。



「う、うーん……」


 そして龍之介が真琴に抱き合うような形でゆっくりとベッドに寝かせる。



「……龍之介、さん」



(え?)


 半分眠った真琴がそのまま龍之介を抱きしめた。



「わっ!?」


 不安定な姿勢で真琴に抱き着かれた龍之介がそのままベッドに倒れ込む。



(マ、マコ……)


 横になる真琴の上に覆いかぶさるようになった龍之介。その唇の距離わずか数センチ。龍之介の体から真琴以上に汗が噴き出した。

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