66.龍之介のお願い

「おい、見ろよ。あの子、めっちゃ可愛いな」

「でも彼氏持ちかよ」


 龍之介と真琴が乗った電車。

 同じ高校生や大学生がふたりを見てこそこそ会話する。



(や、やっぱり見られてる……)


 自分に自信を持った真琴は、これまでの暗い女の子ではなく明るく幸せのオーラを放つ女性へと変貌していた。元々素材のいい真琴。女性として幸せな笑みを放つ彼女は、自分が思う以上の魅力を持つようになっていた。



(マコ、可愛いなあ~)


 そんな真琴の隣に立つ龍之介。

 授業もサボり、バイトも休んで真琴を迎えに行ってしまった。自分を見つめる龍之介の視線に気づいて真琴が言う。



「ちょ、ちょっと龍之介さん! あんまりジロジロ見ないでください!!」


「えー、だって可愛いんだもん」


「そ、そんなこと、ないですって……」


 そう言いながらも『可愛い』と言われ内心喜ぶ真琴。恥ずかしいけど、死ぬほど恥ずかしいけど隣に立つ龍之介の腕を組んでみたいと密かに思ったりしていた。





「ただいまー」


 真琴と龍之介が一緒にマンションへと帰って来る。


「こうしてマコと一緒に帰るのって初めてじゃない?」


「そうですね……」


 色々秘密があったから一緒の帰宅は避けて来た。真琴はそう思いながら玄関に置かれた『男装セット』を身につけ、マコへと変わる。



「え、え、マコ……」


 その姿を見て龍之介ががっかりした表情となる。対照的に妙な自信にあふれた顔になった真琴が言う。



「あー、これで気持ちが楽になった~」


 龍之介の前ではマコでいる方が彼女にとって居心地がいい。恥ずかしさも無くなり普通に会話ができる。泣きそうな顔の龍之介が言う。



「なあ、真琴に戻ってくれよ~」


「ダメです。家ではこの方が慣れていますから」


「はあ……」


 龍之介はため息をついてリビングへと向かった。






「美味しいですか、龍之介さん?」


 夕食。当然ながら真琴の手料理を食べる龍之介が笑顔で答える。



「ああ、めっちゃ美味い!! だから結婚しよう」


「ダメです。食事と関係ありません」


「いいじゃん~」


「私まだ高校生ですよ!」


「高校なら結婚できる。それに俺は大学生だ」


「もお……」


 ご飯を食べながら真琴が頭を抱える。

 白米にみそ汁、たまご焼きにサラダなど基本的だが飽きないメニュー。食べながら真琴が尋ねる。



「そう言えばこの間の遊園地の件、行くのはいつにしましょう?」


「そうだな、週末行こっか」


「え、ええ。私は大丈夫ですけど」


「日曜はバイトも入っていないんでいいよ」


「私、遊園地初めてなんです」


 友達のいなかった真琴。幼い頃も親にそう言った場所に連れて行って貰った記憶はない。



「そうか。俺も随分久しぶりだな」


「久しぶり? 前は誰と行ったんですか」


 真琴がちょっとむっとした尋ねる。



「ええっと、中学の頃に友達と」


「男友達ですか?」


「そうだよ」


「ならいいです」



「もしかして妬いてるの?」


 真琴の顔が真っ赤に染まる。



「ち、違います!! ちょっと気になっただけ……」


 そう言って下を向いてご飯を食べる真琴を見て龍之介は可愛いと思う。真琴が言う。



「ありがとうございます。チケット」


 真琴は改めて誕生日プレゼントに貰った遊園地のチケットについてお礼を言う。



「いいって。あ、俺の誕生日とか別に何もしなくていいから」


「え、龍之介さんの誕生日?」


 そう言えば真琴は彼の誕生日を聞いたことが無いことを思い出す。



「いつなんですか?」


「なにが?」


「龍之介さんの誕生日」



「来週」



「は?」


 箸を持つ真琴の手が止まる。



「本当ですか!?」


「本当だよ」


 真琴が箸をおいて龍之介に強く言う。



「どうしてもっと早く教えてくれなかったんですか!!」


「いや、聞かれなかったし」



「教えてくださいよ!!」


「今、教えたじゃん」


「もお!!」


 龍之介がご飯を食べながら言う。



「だから別にプレゼントとか要らないから」


「私は貰ったんですよ!」


「一緒に使うじゃん」


「そ、そうだけど……」


 予想外の展開になったと真琴は思っていた。まさか本当に龍之介と一緒に行くことになるとは。龍之介が言う。



「そうだ、こうしよう」


「何です?」


 龍之介が真琴の顔を見て言う。



「物は要らないからその代わり、来週一週間は『真琴のままでずっといる』ようにしてくれ」



「はあ?」


 それはつまり家でも男装マコになることができないという意味。真琴が即答する。



「ダ、ダメです! そんなの……」


 家の中までずっと真琴でいたら恥ずかしくて死にそう。龍之介が手をポンと叩いて真琴に言う。



「いいアイデアだな! よし、決まり!!」


「ちょ、ちょっと龍之介さん!! そんな勝手に……」


 その後、真琴がいくらその案を否定しようが龍之介は一切受け入れず、結局来週一週間真琴で過ごす事をしぶしぶ了承する事になった。






「じゃあ行ってきまーす、龍之介さん!」


 翌朝、真琴の姿で学校へ行くのを見送りに来た龍之介が言う。



「マコ、今日も綺麗だ。結婚しよう」


「……」


 沈黙。真琴が溜息をついて尋ねる。



「毎日毎日、いい加減飽きないんですか?」


「飽きる? そんなことはない。マコとの結婚が飽きる訳ないだろう」


 真琴が顔を赤らめて言う。



「ち、違います!! そう言う意味じゃなくて、私が毎日断っているのにって意味ですっ!!」


 龍之介が頷いて答える。



「毎日言えばその気になって来るだろ? 言霊。言えば本当になることも多々ある」


「洗脳ですか……」


「それでもいい。マコと結婚できるなら」


「……行ってきます」


 龍之介のことは好きだが、時々その思考回路についていけないことがあると真琴は思った。






(あれ?)


 学校に着いた真琴。

 エントランスにある靴入れを開けると、上履きの上に何か紙があることに気付いた。



(何だろう……?)


 真琴の脳裏に悪戯をされた過去が蘇る。

 靴を隠され、ゴミを入れられ、校舎の隅で泣いた日々。真琴の胸が激しく鼓動する。



「手紙……?」


 だがその紙は悪戯とは程遠いものであった。



(えっ!? ラ、ラブレター!!??)


 それはひとつ学年が下の男の子からのラブレター。真琴への想いがいっぱい書かれている。



(こ、こんなの貰っちゃってどうしよう!?)



「朝比奈」


(ひっ!?)


 突然名前を呼ばれた真琴が驚いて振り返る。



「橘さん……」


 そこには真っ赤なボブカットのカエデが立っている。

 少しひんやりする朝のエントランス。カエデが近付きながら言う。



「何それ? まさかラブレター?」


「え、あ、うん。そうかも……」


 適当に胡麻化すことなどできない真琴が素直に答える。



「お前も変わったよな、本当に」


「そ、そうかな……」


 真琴は靴入れに入っていたラブレターをすっと鞄の中に入れ靴を履き替える。カエデが言う。



「ちょっといいか」


「え? うん」


 真琴はカエデと一緒に校舎へと歩き出す。



「三上さんとはいい関係になったんだよな」


「え?」


 前を向きながら真琴が少し驚く。



「お前がそんなに変わったんだ。きっとそうなんだろ?」


「分からない。でも色々楽になったかな」



「付き合ってるのか?」


 真琴が首を左右に振りながら答える。


「ううん……」


「なんで?」



「何でって恥ずかしいし」


「何言ってんだ、お前?」


「……」


 無言になる。

 確かにカエデの言う通り。『恥ずかしい』と言うだけで龍之介をあのままにして置くのは客観的に見ても良くない。



「少し前さ、喫茶店行っても三上さんすっごく元気なくて。きっとお前が原因だと思ってた」


「そう、なんだ……」


 真琴が告白され恥ずかしくて逃げていた頃。あの頃の龍之介は酷く落ち込んでいた。



「でも今の三上さんってすごく生き生きしてて、とっても素敵……、良かったと思ってる」


「うん……」


 真琴もそれに同意する。



「三上さんを悲しませることはしないでくれ」


「……うん」



「そんなことしたら私が貰うから」


「あげない」


 そう笑って答える真琴にカエデも笑顔で言う。



「お前はそのラブレターの相手でいいじゃん」


「あ、そう言えば、これどうしよう!?」


 すっかり手紙の件を忘れていた真琴が口に手を当てて言う。



「知らねえ。自分で考えな。じゃあな」


「あ、ちょっと、橘さん!」


 カエデは真琴に振り返りもせずに廊下をひとり歩いて行った。



(これ、龍之介さんに見せたら嫉妬するのかな??)


 真琴はそんな龍之介の姿を想像してひとりくすくす笑った。

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