毎日小説No.13 願い事

五月雨前線

1話完結

「私は神様だ。願いを1つだけ叶えてあげよう」


 友達と東京に遊びに行った帰り道、謎の老人が目の前に現れた。


「雄二、関わるな」


 怪しげな雰囲気を感じ取った俺は友人に忠告した。しかし友人は警戒感を微塵も抱かなかったらしく、「マジっすか!? 本当に願い事叶えてくれるんすか!?」とはしゃいでいる。


「ああ、本当だ。願い事を1つだけ叶えよう」


「じゃあ3億円欲しいっす! 今金欠なんすよ〜」


「3億円だな。もう1人の方は」


 老人の視線が俺に向けられる。


「何なんですか、貴方」


「ふむ。願い事は無し、か」


 勿体無いのう、と言い残して老人は去っていった。


***

 1週間後。雄二から信じがたいLINEが送られてきた。


『マジで3億円手に入ったぞ!! あのジジイ最高!!』


 喜びに満ち溢れたメッセージとともに、小切手やアタッシュケース、そして札束の写真が添付されていた。


 俺は驚いた。そして、後悔した。どうしてあの時、自分も願いを口にしなかったのか。疑わずに素直に願いを伝えていれば……。


『あ、そうそう。あの後もう一回ジジイと会ったんだけどさ、「あの青年の願い事をまだ聞いていない。私を探し出して願い事を伝えてくれれば、願いを叶える」って言ってたぜ! 探してみれば?』


 続いて送られてきたそのLINEが、俺の心を動かした。そうか、俺にはまだチャンスがあるんだ。何としてでもあの老人を見つけ出し、願いを叶えてやる。



 その日から、大学の授業そっちのけで老人探しの日々が始まった。金融会社にお金を借りて、優秀な探偵を何人も雇った。さらに自ら車を運転して、周辺をくまなく捜索した。そんな生活のせいで授業の出席日数が足りず、留年が決まってしまったがそんなことはどうでもよかった。あの老人に会ってお金を要求すれば、億万長者になれるのだから。


 そんな日々が3ヶ月程続き、遂に雇っていた探偵が老人の居場所を突き止めた。都心の観光スポットにいた老人の元へ突撃し、何とか老人を捕まえることが出来た。


「はあ……はあ……やっと見つけた……」


「む? おお、数ヶ月前に会った青年ではないか。なるほど、願い事を叶えてもらうためにここに来たのじゃな?」


「はい! 9京円ください! よろしくお願いします!」


 俺は込み上げる笑いを抑えることが出来なかった。これで日本の国家予算を遥かに上回る金が手に入る。人生の勝ち組になれるんだ。


「ざんね〜ん!!」


「……はい?」


「ドッキリでーす! ワシは神様なんかじゃありませーん!」


 突然老人がおどけた様子で言い放ち、そして何故か大笑いされた。さっきまでとはまるで別人のような態度だ。そもそも何故俺は笑われている? ドッキリ? どういうことだ?


「まさか留年してまでじいちゃんを探しに行くとはねえ〜。いやあ、いい動画が撮れたよ」


 馴染みのある声がしたかと思うと、カメラを手にした雄二が現れた。何故雄二がここにいる? この時間は大学で授業を受けているはずなのに。


「本当は授業があるんだけど、お前の間抜けヅラを見たくて来ちゃったんだよね。じいちゃん、お疲れ様!」


「おう!」


 ハイタッチを交わす雄二と老人。ただ困惑する俺の前で、雄二は説明を始めた。


「俺、Youtubeやってるんだよね。ゲーム実況とかドッキリ動画とか作ってるんだけど、ある時暇を持て余したじいちゃんが『俺もYoutubeやりたい!』って言い出してさ。そんで2人で話し合って、ドッキリ動画を作ることにしたわけ。じいちゃんが神様を装って、人を騙すドッキリ。まさかお前がここまで引っかかってくれるとは思わなかったよ」


「ワシの名演技のお陰じゃな! がっはっはっは!」


 豪快に笑う老人を見て、俺の目から一筋の涙がこぼれ落ちた。


「マジでじいちゃんナイスだよ! あ、お前留年決まったよね? 御愁傷様〜! 探偵とか雇ってたらしいけど、金大丈夫なの? まあ何でもいいや、こっちはこの動画でがっぽり広告収入稼がせていただくから、お前もせいぜい頑張れよ〜!」


 そう言い残し、雄二とその家族である老人は立ち去った。


 

 老人の捜索のために費やした費用は、700万円。




 俺はその場に崩れ落ち、号泣した。



                     完

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