第20話 暗闇で出会ったキミ
物心ついたときの一番古い記憶は地下の薄暗い部屋になる。
ただそこが地下だと知るのはずっと後のことだ。
ボク以外にも何十人もいた。
その全員が銀髪で紅眼だった。
その中の一人の女性がボクに言葉とか教えてくれた。
今思えば何かの実験をしていたのだろう。
ボクらで何か実験をしている。
偉そうな人が話している。
「気を付けろ……ルーシュ……安定化が……失敗……」
ところどころ聞こえないがボクらを指してルーシュと言っていた。
それが名前なのだと思った。
「ルーシュ状態だ。怒りを制御できてない!」
「爆発するぞ!」
ある日、その秘密の実験室が爆発した。
そのどさくさに紛れて外へ逃げた。
他のみんなとはぐれた。
商人の馬車に潜り込んだ。
そして行き着いたのが王都だった。
薄暗い路地裏。
ボクはそこで物乞い生活を覚えた。
そしてボクとは対極の貴族という人々がいるのも知った。
つぎにコソ泥たちから盗みのテクニックを学んだ。
最後に奴隷商たちから景気のいい儲け話を聞かされて、ボクは鉄格子の中にいれられた。
奴隷商に騙された。
「なんすかこれ?」
「きっひっひ、こいつは魔力が高いみたいだからな。貴族に売るんだよ」
「へぇ~貴族ねぇ」
せっかく外に出れたのにまたどこかに囚われるのか。
すぐに買い手が見つかったと言ってボクは裏路地の鉄格付きの馬車に乗せられた。
すぐそこに表通りが見える。
ボクは必死に叫んで助けを呼んだ。
「助けて! 助けて!」
すると男がやって来て、「大声を出すな! 屑が!」と言われた。
それでも騒いだら檻の中に入ってきて猿ぐつわを付けようとする。
力いっぱい噛んだ。
「いでっ、何しやがるっ!」
「ぐっ……がはっ……」
逆上して喉をつぶされた。
息がしずらい。
その後も執拗に背中を蹴られた。
「クソが……さっさと死ね」
「げぇ……げぇ……」
意気揚々と帰ってきた奴隷商がボクを見て激怒する。
「何やってんだ。大事な商品を傷つけるんじゃない!」
「どうせ変態貴族の男娼っしょ。べつに顔さえよければいいんじゃ」
「何言ってやがる。そのスカスカおつむに知識を入れろバカ。
今日は王子の誕生日と同時に病王の後継者と決まったんだ。
その王子が魔法学園に入学することも決まっている。
んで学園には魔法適性の高いガキしか入学できねぇ。
そうなると王家に媚びを売りたい貴族さまは今から子供を作っても間に合わない。
そこで俺たちみたいな奴隷商の出番よ。
こいつみたいに魔力の高いガキを周縁部の村々から二束三文の食糧……適正な価格で買い集めて貴族に吹っかけるんだ。
わかるか?
貧乏人は飯が食える。
貴族は王子と年齢の近い子供の養子を得る。
俺たちゃ豪遊できる。
この仕事はな全員が幸せになる世直しなんだよ」
「ほ~ん」
「つまり……全身五体満足じゃないとダメなんだ!」
「ひっ!」
「わかったらさっさと生臭治療師を呼んで来い!」
「へ、へいっ!」
奴隷商が猫なで声でささやく。
「坊っちゃん、坊ちゃんは明日からお貴族様だ。
俺たちみたいな職業に理解のある素晴らしい貴族様の所になる。
そんでいろいろ学んで王家に取り入ったらちゃ~んとお礼を言いに来るんだぞ。
王子を連れて来てくれりゃ御の字よ。きっひっひっひ」
そのあと奴隷商は店に入り、見て見ぬふりをした手下たちを叱責した。
今は誰もいない。
表通りはお祭り騒ぎだ。
けど裏通りには誰も来ない。
表と裏にはとても深い溝が広がっている。
一般人が裏道に来たらただで済まない。
強請り、たかり、強盗、賄賂、賭博。
殺人も……。
まっとうな人の来る場所ではない。
町の人々は表通りで人生を謳歌している。
なぜボクだけ?
不公平だ。
こんな世界。
こんなクソみたいな世界なんて――。
滅んでしまえば――――。
「とおぅ!」
その時、上から女の子が舞い降りてきた。
金髪、銀目の、まるで天使のような子だ。
その顔は自信に満ちており、一般人とはまるで違う貴族だとわかった。
けれど彼女はメイド服を着ていた。
「ササラとはぐれちゃった。あの子どこ?」
『見つけたぞシルヴィー! さぞつらい思いをしたな。すりすりすり……』
『ぎゃあああ、シルヴィぁぁぁぁッ!! ヒゲでジョリジョリしないでえぇぇぇぇっ!!』
『――んん? なんとシルヴィアのドレスを着たササラではないか! これは一杯食わされたな!』
隣の家から?
そこから声のよく通る大声と泣き叫ぶ少女の声がする。
「く、ササラ。いまたすけに……ジョリジョリはいや……ぎせいはむだにしない」
「……うぅ」
突然のことについ声が出た。
それはつぶれた喉からでた息とも声とも言えない呻きだった。
「だれかいるの?」
少女がボクに気が付く。
「って男の子!?」
途端、彼女は怒った顔になる。
「こんな子を鎖につなぐなんて、しかもケガしてる!」
そういって檻に手をかける。
「すぐにたすけるから、ちょっと待って」
「う……」
「……ふんっ!」
鉄格子はビクともしない。
無理だと思った。
鉄格子は冷たくボクを捕らえている。
か弱い女の子じゃどうにもならない。
「もうしょうがないイシルメギナの……何とかギャース!」
スパッ!
「……!?」
彼女の白く細い手先で鉄格子がキレイに切れた。
「ふふん、イシルメギナたるもの鉄ぐらい手刀できれるの。すごいでしょ!」
正直、すごいと思った。
スパパパパンッ!
彼女はボクのなにもかもを断ち切っていく。
「これでよし! あなた名前は?」
名前なんてない。
『ルーシュ……』
あえて言うならこれだろう。
「ル……ひゅー………げほげほ……ル……」
「る? あなたの名前は『る』なの? それともルル?」
彼女にはルルと聞こえたようだ。
天使に名付けてもらった名前だ。
だからこくり、とうなづいた。
「そう、あなたはルルなのね。私はシルヴィア。シルヴィア・イシルメギナ。シルヴィーでいいわ」
彼女はそう名乗った。
「シ……ゲホゲホ……」
イシルメギナは確かこの国で一番偉い貴族の家名だった気がする。
「それじゃあルル、そのケガをなおすために屋敷にいきましょう。オババは見た目シワシワでこわいけど、だいたいのケガはなおしてくれるの。すっごいの!」
そういって彼女は手を差し出した。
貴族は信用できない。
けど――。
「おいおい、なんだこりゃ。奴隷が逃げるぞ!」
「さあ、おいで!」
「……ん」
ボクはその手を握った。
そして彼女に引っ張られるように表通りへと走った。
彼女の手はとても熱く、温かく、力強かった。
これがボクとシルヴィーの最初の出会い。
「シルヴィー! このバカ娘、なんで子供を誘拐してきた!? なに人攫いから救っただと……バトラー・ブラントンたしか後継者を欲しがってたな、教育してやれ」
「畏まりました旦那様」
その後、ボクは当然のようにイシルメギナの執事見習いとなる。
「びええええ、家族がいなくて、ひっぐ……可哀想なゴ。今日からわだちがルル君のお姉ちゃんだからびえええええええ!」
「ん、うざい」
お姉ちゃんと呼ばせたがるササラ。
「ふむ、ケガは治ったのに喉の調子が悪い? 声変わりかのぅ?」
「ん、問題ない」
「うーーむ……クッキーはいるかい?」
「ん……たべる」
孫のように可愛がるオババ。
「ふんぬっ! お前は魔法に頼りすぎだ。イシルメギナの男なら魔法や武器がなくても戦えるぐらい強く鍛えねばならん!」
「ん、執事見習い、です」
「馬鹿もん。稽古をつけてもらっているときは相手を父のように敬うものだ。おとーさんといいなさいっ!!」
父だと言い張る旦那様。
「そんな筋肉ダルマぶったおしちゃえ!」
「にぃちゃんがんばー!」
いつも味方の奥方様に弟君。
「よいですかイシルメギナの方々は主従の線引きが曖昧な一族。そのため私ども使用人の方が一歩引いて対応し主人をきっちり教育しなければなりません。さもないと――ポンコツになります」
「ん、わかりました。バトラー・ブラントン」
「ふふ、あなたが立派なバトラーになる日が楽しみです」
厳しくも真面目な師。
それから月日が経ち。
「さあルル。これからお礼参りに行くよ」
「ん、どこへ?」
「裏町よ!」
「シルヴィーやだ。私は裁縫とかかわいい服とか作ってたい。引っ張らないでえええっ!」
「ひぃ、ぞんなお礼参りいらないいいいいい……ぶふぉ!?」
「クソ……どうなってるんだ。俺のせいか……ぎゃああああ!!」
その日、裏町の奴隷商が壊滅した。
ボクの中のちっぽけな復讐心は満たされた。
裏町を仕切る顔役が報復してきたので、ついでに壊滅させた。
そのせいで裏で糸を引いていた貴族と対峙することになった。
決闘で氷漬けにした。
いろいろやらかして彼女は氷結姫と呼ばれ恐れられるようになった。
だけどあの日、出会った天使はボクになかったものをすべて与えてくれた。
だから。
ボクにとって彼女は――。
「ずぴ~~~~、ンゴゴゴゴ……ンゴ」
「ずぴ~~~~、ずぴ~~~~」
目が覚めると、お姉……ササラがいびきをかいている。
「んん……むにゃ」
ベッドの傍にはシルヴィーが椅子に腰かけて寝ていた。
……確か、魔力を使い果たして、気絶したんだ。
手足、体を確認する。
とくにケガはない。
気配探知。
家には大オババと――師匠?
少し先の宿屋に来訪者もいる……気がする。
全員無事だ。
ボクはシルヴィーの寝顔を見る。
あの日と変わらず天使の顔だ。かわいい。
ボクは静かに起きて、そして彼女にそっと語り掛ける。
「あの日、見つけてくれて……ありがとう」
家族をくれたことを感謝する。
「ボクの家族で君が一番……好きだ」
この秘めた思いを面と向かって言うことはできない。
だけど寝ているキミになる本音を言っても許されるかもしれない。
「ボクは君を、君だけを一人の女性として愛してる」
…………。
彼女はそのうち起きるだろう。
いつものように執事としてお茶を淹れ、何か料理を作ろう。
それに師匠がいるのも気になる。
ボクはだれも起こさないようにベッドから離れた。
そして、そっとドアを閉める。
――バタン。
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ぶっふぁ!!」
はぁはぁ……。
え、なに?
今なんて言った?
そりゃあイシルメギナですから。
わずかな変化で睡眠は浅くなり、夢を見ながら周囲で起きていることを把握することができる。
『あの日、見つけてくれて……ありがとう』
これはアレね。
ルルと初めて裏通りで会った時の事よね。
そういえば直接感謝されたことなかった。
まあ感謝されて当然ね。
『ボクの家族で君が一番……好きだ』
えっとえっと、そうこれは家族のあれよ。
家族愛よ。
ルルは家族みたいなものだから、家族が好きなのは当然当然。
ええ、私もルルのことが家族として好きだし、同じぐらいササラも好きです。
そう家族!
家族が好きなのは当然よね!
『ボクは君を、君だけを一人の女性として愛してる』
あああああああああああああああああああああああああああ!!!
ひゃわ! ひゃわ! ひゃわわわっ!!
ひゃわああああああああああああああああああああああああ!!!
わわわ、私とルルは公爵令嬢と、執事のしゅしゅうかんけいなんだから。
それを、それを――ああ、ああああ――。
ああ、ああ、ああ、愛して! って!!
「ひゃわああああああああああ!」
もはや体がゆうことを聞かずベッドの上でバタバタする。
バタバタ!
バタンバタン!!
ダメダメ。
こーしゃく令嬢として、ここは深呼吸しておつちくをの。
「すーはーすーはーすーーーーーーーー」
あ、ルルの匂い。
「ってなああああああああああああああああああああ!!!」
「ずぴ~~~~、ずっぷ…………ふぁ~~、ほわっと! 頭すっきりササラちゃん復活っ!」
「ふぉわっ!?」
「…………」
「…………」
「シルヴィーちゃん? 何やってるんですかっ! 大丈夫ですかっ!!」
「ひゃいじょぶひゃないいいいいいい!!」
とにかく私の春休み最後の冒険はこうして幕を閉じた。
このあと学園でどうやってルルと接すればいいの!
私はとにかく体を動かして気を紛らわせる。
ササラはそんな私を見て、悪魔にとり憑かれたと混乱する。
そんな様子をブラントンがそっと見守る。
これは一人の公爵令嬢が恋を自覚するまでの物語。
そして――。
ここから王国を揺るがす新たな物語の幕開け。
第一章 結界の世界編 おわり。
学園編に続く。
箱庭の国 ~つよすぎ公爵令嬢と不死王の真実~ かくぶつ @kakubuturikyu
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