第19話
「畜生!!!」
妹が逃げる音がして、ぶんっと首があった位置を姉のワイヤーが通った。
俺はすでに膝の力を抜いて地に伏せていた。
「な!」
後ろから追撃は来なかった。
姉が同士討ちしそうになったことで慎重な妹は攻撃をためらった。そう仕向けた。
そのまま俺は前足の膝に力を入れて踏み出す。
そして刀を姉の心臓めがけて突き刺した。
「え……」
姉が自身が死に向かっていることに気づくまで一瞬の間があった。
自分の胸に突き刺さる刃を見てほほ笑んだ。
姉は刀を抜き床に落とす。
胸から血が流れ出てくる。
「ありがとう……」
俺に手を出した。
俺は姉を寝かせて手を握った。
「姉様!!!」
妹が叫んだ。
俺は妹に向けて動くなと手の平を向ける。
それで伝わったのか妹は「ふう、ふう」と荒い息で俺をにらみつけていた。
姉の鼓動と息が聞こえた。
それがだんだん弱くなる。
「神から解放してやる」
そう言うと満足そうに力が抜けていった。
俺は姉の脈が止まったのを確認して床に寝かせた。
「この……絶対に殺してやる!!! 何度何度も殺して亡者になっても何度も殺してやる!!! 手足を引きちぎっててめえの口に突っ込んでやる!!!」
グズグズと泣きながら妹が叫んだ。
俺は無言で間合いと位置を調整した。
攻略法はずいぶん前からわかっていた。
この姉妹は俺よりも強い。
だが強力すぎる武器を持っているせいか、ポジションや間合いの管理ができてなかった。
言うのは簡単だが、戦略で多人数に対抗する方が普通は死ぬんだけどな。
油小路事件の服部武雄みたいに。
今回は運もよかったのだろう。
俺は刀を拾いジャケットを脱ぐ。
「そろそろ行くぞ」
そう言ってジャケットを妹の足元に投げた。
「ふざけやがって!!!」
妹が振りかぶった瞬間、俺は刀を投げた。
「な!」
妹は刀をよける。
当たらなかった。ああ、そんなのわかっていた。
俺は猛然と妹に向けて走る。
妹の小さな体めがけてつかみかかり押し倒す。
そのままポジションを入れ替え背後に回ると投げ捨てたジャケットを手に取り、首を絞める。
東南アジア一帯に伝わる布を使った技。サルーンとか呼ばれる技術だ。
妹は声も出せず、暴れれば暴れるほど布は食い込んでいく。
妹がジタバタ暴れ、俺の手を叩く。
その手からだんだん力が失われていく。
手から力が失われ床に落ちた。
俺はそれでもしばらく力を緩めなかった。
妹の口から舌が出た。
床に寝かせて目を見ると瞳孔が開いていた。
脈も息も止まっていた。
手でまぶたを閉じさせた。
舌を手で口に入れて口を閉じる。
終わったようだ。
すると団地全体にあの不愉快な村内放送が流れた。
「おおおおおおおっと! 多聞選手!!! なんと双子を倒しましたー!!! 素晴らしいプレーです!!!」
「うるせえ、こっちは手が震えてんだから静かにしろ」
後味が悪い。
被害者で、子どもで、女の子を殺すなんて本当に後味が悪かった。
「そんな多聞くんにプレゼント!!! なんでも願いを叶えてやる。村から出るっても、世界の支配者になるってもありだぞ。どうだ?」
「双子を解放しろ」
俺は間髪入れず答えた。
美海を解放しろって言いたかったが……。
それでも双子の解放を言い出さずにはいられなかった。
いや無駄だ。
美海やパイセンは俺への人質だ。
あの二人が解放されたり亡者になったら俺はやる気をなくすだろう。
「いいよ? おまえ、まだ俺と遊んでくれるのか?」
「ああ、遊んでやる。ぶっ殺してやるから待ってろ」
「そうかそうか。因果を変えるのは俺にも難しいが……いいだろう。やってやる過去を変えてやろう」
ゲーム続行。
それを俺は選んでしまった。
「お前はいつもそうだ」
「あん?」
なに言ってやがんだこの野郎。
まるで最初から俺がこの選択肢を選ぶことを知っていたかのような……。
「いいだろう。ゲーム続行だ。戻してやる」
そうして意識は失われ……またホームセンターに戻ってきた。
たばこをくわえた王さん、それに美海とパイセンが出迎える。
「おい、やったじゃねえか! この野郎!!!」
パイセンが背中を叩く。
美海は悲しそうな顔をした。
「あの二人……どうなるんだろうね……」
「解放した」
「え?」
「クリア報酬使って願いを叶えてもらった。本当は美海を解放してもらう予定だったんだけどさ……ごめんな」
「そっか。和也らしくていいと思う。っていうか勝手に戻したら殺しに戻ってきたわ」
そう言って美海は肩を叩いた。
怖ッ!
「おめでとうございます!!!」
武道家にありがちな大きな声が聞こえた。
神崎だ。
「まがつ様は初のミッションクリア者にたいへんお喜びでございます! はいこれ」
渡されたのは真新しい新聞だ。
1989年の地方紙の朝刊だ。
【売春組織を摘発。児童二人を保護か!?】
「ああ、なんということでしょう! 因果は変わり、あの双子は解放されました!」
それにしても声がでけえ。
目が笑ってないくせにな。
俺が見てると神崎は続ける。
「多聞さん、あなたは神のお気に入りになりました! ああ、たとえ亡者になっても双子のように使ってやろうと神は仰いました!!! これはたいへん名誉なことですよ!!!」
「いらねえよ!」
「……でしょうね。私もそう思います。ですが聞いてください。あの双子は警察に保護された後、県庁所在地の施設に送られたそうです。そして二人は別々の家の養子になって、普通の大人になり、家庭を持って、そしてテレビ番組の企画で再開したそうですよ。はい記録」
急に真面目な声色になった神崎がなにかを差し出してきた。
それは雑誌だった。
よくコンビニで売っている、ヤクザの抗争がどうたらと見出しに書いてあるやつだ。
付箋が貼ってあるページを見ると、そこにはあの二人が再会した番組の白黒の写真が掲載されていた。
【感動の再会特集】と書かれた当たり障りのない記事だ。
すっかりその辺にいるおばさんになった二人を見て俺は安心した。
「まがつ様は仰りました。【約束は守ったぞ】と。多聞さん。あなたは確かに双子を救いました。おめでとう!」
そう言うと神崎は踵を返す。
「あ、そうそう。まがつ様は仰りました。【お前が我が駒になるときが楽しみだ】と」
「神崎さん! まがつ様に伝えてくれ! 【いつか殺しに行く】って」
「かしこまりました」
神崎が出て行くと、パイセンや王さんが酒やジュースを持ってくる。
「飲め飲め! 今日は宴会だ!!!」
明日からはまた殺し合いの日々だ。
なんにせよ、今は飲み会を楽しもう。
因習村ダンジョン 藤原ゴンザレス @hujigon
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