第13話 一つの光
若者達の煩わしいざわめきが時間と共に緩やかに消えていく。曇り空と強風に包まれたエスカレラ王国は不穏な気配を漂わせていた。
ボクはひとりでノルトゥーガ学園に潜伏している。合同集会は体育館で行われる予定だ。今は学園と体育館を繋ぐ渡り廊下を監視している。
本来ならばひとりでも多くの協力者を得て、監視の目を増やしたかった。屋敷から抜け出したあの晩、何軒も家を周っては事情を伝えた。しかし誰もが関わる事を避けていた。
学園のセキュリティの強さに安心しきっている者や、集団戦闘の心得が無い者ばかりだった。そもそも前提として、エスカレラ王国に流れる平和ボケの空気が許せなかった。
その平和は誰が成し得ているのだ。民衆の意識の低さが平和を破壊してしまうのだ。
平民上がりのボクだから言える。今は聖殿会直属騎士団副団長という座に納まっていても、変わらない物が私の中にある。エルフと言うエスカレラ王国民とは相容れない存在だとしても、守りたい命がある。
だから若者達を助ける役割がボクひとりだけだとしても、必ず成し遂げてみせる。
学園の生徒が続々と渡り廊下を通って体育館へ進入していく。下級と呼ばれる生徒の制服に視線を向ける。昨晩同じ制服を着た魔法使いの彼を思い出す。
結局彼の名前を知る事はなかった。突如として笑い出して悪人ヅラするものだから、身の危険を感じて逃げ出してしまった。
心に負っている古傷が開いてしまった感覚がしたのだ。副団長ともあろう者が情けなかった。でも彼の能力に間違いは無い。
ボクを助けてくれた彼の魔力量はさほど大したものではない。ただ、放出された小さかったはずの火は巨大な業火へと変わった。
身のこなしも見事だった。身体能力を何かしらで向上させているように見えたが、身体を制御できているのは間違いなく彼自身の技術だ。
彼の強さがあれば百人力だった。でも、ボクはまだ恐怖心から逃れられていない。協力を取り付けるには、この戦いを以て心の傷を癒さねばならない。
体育館内の騒々しい話し声は次第に薄まっていった。合同集会が始まってしまう。
計画への反逆を以てボクは、忌まわしい聖殿会の庇護から席を外すのだ。
――――――――――――
「ふぃー、なんとかバレずに済んだな」
学園内はもぬけの殻だ。常に騒々しかった学園の静寂は、初登校時とは違った新鮮さを覚える。
どのような登場シーンにするか、悩みに悩みまくっている。20通りの案を思いついたが、どれも凝りすぎてて逆にウケないかもしれない可能性がある。
やはりシンプルに窓を破って登場するか。でもインパクトに欠けるな。いい塩梅の案は無いだろうか。生涯、人の目に焼き付くそんな演出を見せたい。
閑散とした廊下に響く足音がどこか心地良い。誰もいない廊下でポケットに手を入れて闊歩する俺。開け放たれた扉から覗く無人の教室。
そして向かい側から同じように闊歩する黒い布を纏った謎の人物。うんうん、様になってるな。
俺と謎の人物がすれ違う。お互いの強さを意識してどちらかが振り返る。よくある展開…。
「……誰だよ」
アブねーッ!つい雰囲気に流されて黒幕っぽいやつを見過ごす所だった。
未だに黒い布に包まれた人物は足を止めるも振り返らない。暗澹たる厚い雲により生み出された廊下の暗がりがお互いの真意を隠している。
とうとう黒い布を翻す。
暗所のせいで詳しい表情は読み取れなかった。でも確かに、口角が吊り上がっているのが視界に入った。
俺が奴の笑いを悟ると同時に放たれている赤いオーラ。間違いなく奴の敵意が発現している。
敵意と共に発せられた単語が俺の脳を突き刺した。
「…キり捨てる」
懐から覗く刃が抜かれ、瞬く間に眼前に飛び込まれる。ティエラと共に相対した騎士とは全く比較にならない。
俺の首を捉えた剣を避けるように腰を落として反りかえる。鼻先を通り過ぎる鋭い刃先が俺の形姿写していた。
剣が横断し切る前に上体を起こして背後に飛ぶ。
「急に斬りかかるとか酷いじゃん!名乗りとかないのかよ!」
気持ち悪いほどに剥き出しの歯が垂れ下がった口角によりしまわれた。
「お前、誰だ」
「はあ?そっちから名乗れよバーカ」
奴の敵意が増幅していき、身体の重みが消える。戦闘中の挑発が役に立つなど初めてだ。
俺は声に乗せる事のない、ほぼ吐息にしか聞こえない奴の言葉を聞き取った。
「……ここで殺す」
以前ティエラから貰った短剣を持参してきたが、奴の踏み込みが早すぎて短剣に触れる時間すらない。
この間合いは、流石に死ぬかもッ…。
視界の端で一つの光が輝いた。
光は目で追いつけないほどの速度で俺の前を横切った。
奴は事前に気配を感じ取っていたのか身体を後ろに反らしていた。しかし、布で頭を覆うための留め具が光に切り裂かれる。
「大丈夫!?ログラール!」
聞き馴染みの無い声だった。それでも、懐かしかった。俺がこの世界に来て初めて聞いた声。安心感が溢れてくる。
「ペル姉!!」
「うん!愛しのペル姉だよっ!」
あの時とは違った服装での登場だ。軍服のようなお堅い白ドレスを纏い、頭には赤いバンドが巻かれている。腰に納められた剣を握るペルラもよく似合っている。
実に、カッコいい登場だ。
奴は歯を食いしばりペルラに話しかけた。
「お前に恨みはない。引け」
「お生憎、ログラールに手を出すなら引けないわ!」
ペルラは台詞と共に持っていた剣を抜いて振りかざした。奴も同じように長剣を構える。
ペルラは奴の姿に困惑したのか一瞬怯む。
「同じ構え…!?」
「行くぞ」
向上した動体視力ですらぎりぎり見えるかどうかの早さだった。擦れる金属音の応酬が次々に押し寄せる。
決して広くない廊下であっても状況に甘んじないお互いの意地がぶつかり合っていた。
卓越した技術を何度も何度もぶつけあい、僅かの間お互いの剣が大きく弾かれた。ペルラと奴が後退りをする。
「あの人の剣と一緒…それも見様見真似じゃない。あなた何者?」
ペルラの問いに応えることは無かった。奴が剣を構える音に乗せたのは、対話不要の合図。ペルラも察知したのか口を紡ぎ再び構える。
窓の外が白く輝く。光が剣に反射して半目になる。
一瞬のフラッシュ、そして轟音。雷なのか、俺を救った光か、あるいは両方か。何が起こったかわからない。
ただ、確かな事がひとつあった。ペルラの剣が奴の剣を飛ばしていた事だ。瞬きすらも許さない神速の剣技だ。奴は俺と同じ感情を抱いたのか口が半開きになっている。
ペルラは空いていた手で奴の布に手をかける。
「その悪趣味なフードを、取りなさいっ」
奴は苦虫を噛み潰して何かを呟いた。何かを呟いた瞬間、奴の足元から回転する青い円が出現した。すぐさま青い光に包まれ、円柱状に積み上がっていく。
「まさか転移!?」
ペルラが気づいた時には既に遅かった。握られた布きれと床に転がっていた剣を残して奴は忽然と姿を消したのだ。
2人のやり取りに夢中になっていた俺はようやく外の強い雨音に意識が向いた。ペルラが立ち尽くす姿に耐えられなかった俺は咄嗟に彼女を励ます。
「ペ、ペル姉すごかったよ。あんな早さ、目で追いきれなかったよ」
校内に雨音だけが響く。ペルラは俺の言葉に数秒のインターバルを置き、剣を鞘に戻して振り返った。
「……ありがとっ」
額に皺を寄せつつも笑いかける曖昧な表情に俺は何も応える事はできなかった。気になる事はたくさんあるけれど、今はペルラについて思考する時間ではない。
俺の中で高揚感が湧いて燃え上がるのだ。俺とティエラが一緒に戦ったあの夜と同じ感覚だ。
その時俺の脳内に一つの光が走った。暗示か、アイディアか。違う、インスピレーションだ。
「ペル姉。その悪趣味なフードが欲しい」
「いいけど、なんでー?」
自身には不釣り合いな大きいサイズの布を通してフードを被った。主人に置いて行かれた鞘のない剣をおもむろに拾う。
俺は立ち上がると同時に深く被さったフードを指で押し上げて、ペルラに対し無邪気に笑いかけた。
「風邪ひいちまうしな」
右手に握られた剣を持ち、ペルラに背を向けて廊下を歩き出す。俺は渡り廊下を通らずに学園の玄関へ向かった。
俺の出番だ! 〜異世界でも遅れてやってくる〜 紘(輝夜) @Arugo_hrt
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