新学期と板挟み

数多 玲

本編

「彩……!」

「晴樹……!」

 高校2年の新学期、クラス替えと転校生というダブルイベントに心を躍らせていた俺だったが、さすがにこの展開は予想できなかった。

「おお、お前たち知り合いか」

 名前を見たときにまさかとは思ったが、彩は小学校の時に転校していった俺の幼なじみだった。突然転校していったため挨拶もできずにいたが、俺が彩に幼なじみ以上の感情を抱いていたのはひとまず胸にしまっておきたい。

 しかし俺のそんな複雑な気分をあざ笑うかのように、出席番号の並びがうまい具合になったせいで座席も偶然隣同士になっているのが厄介だった。

 そして先生はそれを幸いとばかりに、俺に彩の転校初日の諸々を任せてきた。

「これもまた腐れ縁ってことで、またよろしくね晴樹」

「……」

 これはさすがに何も言えない。

 窓際に顔を向けると、ものすごい形相でこちらを睨んでくる圧を感じた。

「なっ、ナツミ……!」

 これが何も言えない理由だ。

 ナツミは付き合って半年になる俺の彼女であり、無事に今年も同じクラスになれたことをついさっき喜び合った仲である。

 そんなナツミの前で、幼なじみであり、小学校のときの面影を残したまま10人いれば10人全員が振り向くであろう風貌に成長した彩が隣の席でとびきりの笑顔を向けた日には修羅場確定である。

「どうしたの、晴樹?」

「……すまん、俺は彼女がいてだな……」

 彩がクラスを見回し、ははぁ、と頷いた。

「うわ、こわ。一瞬で誰かわかっちゃったわ」

「というわけなんだ」

「りょーかい、転校早々目立ちたくないしね。おとなしくしとくわ」

 彩がナツミに向けて手を合わせるポーズを取った。ナツミはそれを見て、俺が彩にナツミと付き合っている事実を伝えたことを確信し、ようやくその視線を緩めた。やれやれ。

 ナツミの了承を得て、俺は彩に学校案内をした。ナツミも同行したがっていたが、さすがにそれは俺が恥ずかしいしかなりイタいので固辞した。


 帰りはナツミに用事がある日だったので一緒には帰れず、何年か離れていた間に変わってしまった近所の案内ついでに彩と一緒に帰ることにした。

 ただの幼なじみだから何もないとは言っておいたものの、さすがに心配そうにするナツミに対して彩が「転校初日に取って食って波風立てたりしないから大丈夫よ」と笑ったのでナツミはしぶしぶ一人で帰った。

「可愛らしい彼女さんね。付き合ってまだそんなに時間経ってないの?」

「半年」

「半年かあ。晴樹もそんな歳になったかー」

「同い年だろうが」

 彩はどうなんだろうか。付き合った男はいたんだろうか。

「私のこと聞きたいって顔に書いてあるけど、そんなの聞いてどうすんの?」

 顔に熱を持ったのが自分で手に取るように判った。

「うわ、すっご。人ってそんなに顔赤くなるもんなのね」

「……勘弁してくれ……」

 鈴のように笑う彩を見て、俺は胸がザワつくのを感じた。

 ……俺はどうしたいんだ……。


「たった5年ぐらいだけど、けっこうこの辺変わったんだねー」

「そうだな。ところで彩は引っ越してきてどこに住んでんの?」

「ん? そこ」

 俺の家の隣を指さす彩。

「前住んでた同じ家かよ!」

「だって親が別の人に貸してただけで、それをまた住むからって空けてもらったんだからそうなるでしょうよ」

「え、じゃあもともといつか戻ってくるつもりだったのか」

「あ、言ってなかったっけ?」

「聞いてないわ!」

 えへへ、と笑う彩に俺はまた不覚にもドキドキしてしまった。

「……転校すること、晴樹には何度か言おうと思ってたんだけどね」

 言うと絶対に泣いちゃうから言いにくいな、と思ってたら言えないまま転校する日になっちゃったんだ、と言った彩は今日初めて少し曇った顔をした。


「彼女さんに迷惑かけちゃうから黙っとこうと思ったんだけど、私は今日晴樹にまた会えるの楽しみにして来たんだ」

「……」

「今日はありがとね。またお隣さんとしてよろしく」


 ふわっとした感触を頬に受けた俺は、新学期とはなかなかに大変だなあというのを身にしみて感じた。


(おわり)

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新学期と板挟み 数多 玲 @amataro

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