ビキニアーマーで魔王に挑むとかふざけてんのかという王様とそれに反発する自称女勇者の話

三尼蓮一

第1話

 魔王を名乗る異形の厄災がこの世界へ現れてすでに半世紀。世界は魔王の率いるモンスターに蹂躙され、人類は領土の半分を失った。物語は大陸の端にあるアサーヒク王国より始まる。


 僻地へきち故に戦火を免れていたこの小国にも、モンスターの魔手が迫りつつあった。かつては槍無双と謳われた国王ロンギットも老境へと差し掛かり、若かりし頃の覇気は失われていた。モンスターを恐れ戦をいとう国王と重臣たちは、有効な打開策を見つけることも出来ず、ただ無為な日々を過ごすばかりであった。


 そんなある日、伝説の勇者の子孫を名乗る一人の娘が王城を訪れた。名をリンという。代々伝わる聖剣を持って、魔王を討つ旅に出るので全ての関所を通る許可を貰いたいとのことだった。王はその年端としはも行かぬ少女に興味を示し、謁見を許した。


 玉座の間。広い部屋の最奥に掲げられた竜の紋章を描いた王国旗の前に、豪奢な金細工をあしらわれた大きな椅子がある。そこに座るのは老いてなお屈強な肉体を持ち、鷹のように鋭い目をした白髪の男、国王ロンギットであった。そしてその目の前にひざまずく一人の少女、リンの姿があった。


「顔を上げよ」


 少女は静かに立ち上がる。赤茶けた短い髪に大きな瞳、白い肌。それに背中に背負った大剣が特徴的だった。王はその姿を認め、いぶかるように目を細めた。リンの左右にいる近衛兵たちも同じように得体の知れないものを見るような目で彼女を見つめていた。王が白髪交じりの短い顎髭あごひげさすりながら言った。


「その鎧、おかしくない?」


 リンのまとう深紅の鎧は、肩と胸、股間の部分だけしか存在しない。腕や腹、足は剥き出しの状態、いわゆるビキニアーマーという出で立ちであった。


「申し訳ありません王様。仰っている意味が分かりかねます」


「いや分かるだろっ! どう見ても露出多すぎだろ! それでどうやって戦うんだよ!」


 まあまあな剣幕で怒り出した王に驚きを隠せないリンだったが、何を怒られているのかまるで分らなかった。というか怒られる筋合いもないので、堂々と反駁はんばくした。


「何を仰られているのですか! この鎧は我が家に代々伝わる由緒正しき退魔の鎧。かつて悪しき邪神と戦った我が祖先を守り、世界に平和をもたらした一族の誇りです!」


「いやいやいやいや、おかしいおかしい! めっちゃ腹とか露出してるじゃん! そこ斬られたら絶対腸とか出て死ぬじゃん! ていうか代々伝わってるのに何で誰もそのへんてこなデザインにつっこまなかったの? 馬鹿なの? 馬鹿しかいなかったの?」


 王の言葉にリンは激怒した。いくら高貴な身と言えど、自らの一族の名誉を汚すことだけは許せなかった。この鎧は間違いなく邪神との戦いで活躍したのだ。子供の頃、祖母がリンに何度も聞かせた物語なので間違いない。


「何ですかっ! じゃあそこまで言うなら、ちょっとお腹のとこ殴ってみてくださいよ!」


「はぁ?」


 唇を尖らせながら妙な提案をするリンに、王は何を言ってるんだこいつはと言った顔で首を傾げた。


「はぁ? じゃなくって、殴ってみてって言ってるんですよ」


「ヤダよ! 何で女の腹殴らなきゃいけないんだよ!」


「何すか? 怖いんすか? はーっ! 偉そうなこと言って、ビビってるでしょ? この鎧の防御力にビビってるんでしょ?」


「ビビってないわっ! 殴られたらお前が痛がるから、やらないって言ってるだけだろうが! それとお前口の利き方まあまあ無礼だからな! 不敬罪だからなっ!」


「唐突に法律持ち出して脅してくるの止めてもらっていいですかっ! 不敬罪とかほんと勘弁してください、すみませんでした! それはそれとしてビビってないならさっさと殴ったらどうなんすか?」


 罪人にされそうになり思わず怯んだリンだったが、再び勇気を振り絞り、ファイティングポーズを取って玉座に座る王を睨みつけた。


「そこまで言うならやってやるよっ! でもお前絶対後悔するからなっ! 後から文句言っても取り合わないからな!」


 王が玉座から立ち上がる。一八〇センチを超える高身長の王は、それだけで十分な迫力があった。それに加え、密度の高い筋肉がベストの上からでもはっきりと確認できる。屈強な近衛兵ですら、その威容に思わず背筋を伸ばすのだが、リンは全くと言っていいほど臆することなく、不敵な笑みを浮かべながら両手を腰に当てた。


「さあ、どこからでも掛かってきて下さい」


 王が目の前に立つと、リンはふふんと鼻を鳴らす。その余りにも自信たっぷりな様子に、王の中に疑念が生まれた。もしかして、本当に攻撃が効かないのでは? と。リンの腹へ視線を落とす。白い柔肌が剥き出しになっている。贅肉は少ないが筋肉がくっきり見えるなどということはない。どう見てもそれほど鍛えてはいなかった。


(何でこんな余裕綽々よゆうしゃくしゃくなんだ……)


 眉間に皺を寄せ、探るような目でリンの顔を見つめる。当のリンはアヒル口をしながら困ったように眉尻を下げ、顔全体で王を小馬鹿にしていた。


(何この子、めっちゃ煽ってくるじゃん!)


 正直な所バチクソにブチ切れていた王だったが、こんな小娘相手に本気で怒るのも大人げないという自制心がギリギリで何とか働き、怒り狂う般若のような表情を無理矢理笑顔に変えて見せた。もう顔面の神経が全部切れそうだった。


「どうしたんすか? そんなアホみたいな顔して。顔面の神経が全部切れたんすか?」


 固く握りしめられた王の右の拳が、リンの腹にめり込んだ。「うぐぅ」という呻き声と共に、リンが石の床に倒れ込む。いともあっさりと倒れたリンに王は驚きを隠せなかった。


「えええええ! いや、めっちゃ効いてるじゃん! 何でお前そんな自信満々だったの!? 怖いわっ! お前の思考回路、マジで怖いわ!」


 こいつ頭狂ってんのかな? と思い始めた王は、さっさと城からリンを追い出したくなったが、腹を押さえながらうずくまるリンが、小さな声で嗚咽を漏らしているのを聞いて流石に可哀そうになった。王は跪き、リンの背に触れた。


「大丈夫か? 殴っておいてこんなことを言うのもあれだが、今医者を呼んでやるから大人しくしていろ」


 王が近衛兵に侍医を呼ぶよう指示を出そうとした時だった。くぐもった小声でリンが何かを言った。


「……てない」


「ん? 何だ?」


「効いてない。全然効いてない」


 涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにしたリンが、四つん這いになったまま王を睨みつけた。


「えええええええええ! 絶対嘘じゃん! めっちゃ効いてるじゃん! 泣いてるじゃん! 子供みたいな嘘つくの止めな」


 リンは足をプルプルさせながら立ち上がり、両手で涙を乱暴に拭うと、「泣いてない! 泣いてないもん!」と大声で言い張った。殴られた腹は青紫色の痣になっている。


「やめろっ! 何かわしが子供いじめたみたいだろ! 正直今罪悪感でちょっと心痛いわ!」


「お前のパンチなんて全然効いてな……」


 そこまで言いかけて、リンは体をくの字に折り曲げて嘔吐した。ここに来るまでに食べた白身魚のフライと野菜スープとチーズパンが胃液と共に床にぶちまけられた。


「……いや、本当に大丈夫?」


 流石に心配になった王が優しく声を掛ける。リンは調子に乗って偉そうなことを言ったくせにこの体たらくで、その上煽り散らかした相手である王に情けを掛けられ、恥ずかしくて涙が止まらなかった。大粒の涙を零してしゃくりあげるリンに、王は同じ目線になるよう腰を屈めた。


「医者に診てもらった後、家に帰りなさい。それと魔王退治ごっこは家の中だけでやりなさい。大人を巻き込んじゃダメだよ」


 言われ、リンは王から数歩離れると、静かに床に片膝を付いて頭を下げた。もしかして謝罪でもするのかな? と思いながら王は姿勢を正す。リンはゆっくりと立ち上がり、王を真っ直ぐ見つめ、口を開いた。


「私の名はリン。ここより南にあるミナトークの村より参りました」


「ん?」


「我が望みはただ一つ。人々を脅かす魔王を討ち、この世界に平和を取り戻すこと」


「いやちょっと待って! 何で急に自己紹介始めたの!? え? もしかして仕切り直そうとしてる? 無理だよ? 絶対無理だから! ここまでの流れ全部無視して最初っからやり直そうとか、横車を押すにも程があるだろ!」


「つきましては各地の関所をタダで通れるようにしてもらいたいのと、旅の支度金を幾らか頂ければと」


「聞こ? ね、人の話聞こうよ。会話ってキャッチボールだから。つきましては、とか言われても対応しないよ? いくら国を統べる王様だからって、そこまでの対応力はないよ。後どさくさに紛れて金の無心するの止めな」


 こいつガチでやべぇ奴じゃねぇかと王は戦慄した。リンは王の制止など意にも介さず、自身が如何いかに魔王を憎み、民を愛しているか、そして世界を平和にできるのは自分だけだと延々と語り続けた。


「どうです、分かって頂けましたか?」


「帰れよ、もう! お前、熱く語りすぎだからっ! 面倒くさいから途中から聞いてなかったよ!」


「どうして分かってくれないんですか!」


 これほどまでに国を愛し、民を想い、正義の為ならばその命すら捧げるといっているのに、目の前の老害はまるで取り合おうとしないのである。正に暗君であった。


「やる気はあるんですっ! どうして正義を愛する私の想いが理解できないんですか! 今なおモンスターに苦しめられている民を思えば私の心は張り裂けそうになる! 王様も為政者ならこの熱意ある若者の願いを聞き届けるべきです!」


 握った拳を震わせながら、自身の想いを告げるリン。王は哀れなものを見るような目でそれを見ていたが、やがて口を開いた。


「やる気とか想いとか熱意とか、そんなふわっとした言葉で自己アピールしてんじゃねーよっ! ここは就職面接会場じゃねーんだよ! 何の実績もない小娘に金なんかやれるわけないだろバーカッ! 国民の税金だぞ! 後お前みたいな弱い奴がモンスターと戦っても死ぬだけだ! 子供が死ぬと分かってて送り出す大人がいるかっ! 絶対許可しない! もう絶対関所通る許可しないもんねー! これ以上ごねるなら保護者呼ぶからなっ!」


 リンは保護者という言葉に素早く反応した。目を丸くして顔を青くしながら、縋るように両手を前に出した。


「ま、待ってください! それは卑怯じゃないですか? そんなことしたら私がお母さんに怒られちゃうじゃないですか!」


「妥当な処遇だろ、それ」


「嫌だああああ! お母さんに怒られたくない!」


「じゃあもう帰って! 王様もう疲れちゃったから、早く帰って! そして二度と来ないで!」


 辟易へきえきする王に、頭を抱えて蹲るリン。ついにこの不毛な争いに決着が付いたかと思われた。しかし……。


「……お金……。」


「は?」


「お金くれたら帰ります」


 四つん這いになって床を見つめるリンが、この期に及んで金の無心を始めた。


「だからやらねーっつってんだろ! 金が欲しいなら働け! 城下の西の方にある役所で仕事の斡旋もやってるんで、窓口で相談して下さい!」


「嫌だあああ! 働かずにお金だけ欲しいんです! 魔王倒すから! 絶対魔王倒すから、青田買いだと思ってお金下さい!」


「お前ただのクズじゃねぇか! 何の根拠もないくせに将来性に期待しろとか、詐欺師か!」


 リンは王のズボンに縋り付き、王はそれを振り払おうと両手で少女の頭を押さえつける。呆れ返る近衛兵たちが見守る中、玉座の間の入り口にある大きな扉が開かれた。姿を見せたのはこの国の大臣である。白髪のオールバックに痩せて落ちくぼんだ目、王ほどではないが背は高く、年は六十を迎えたばかりである。どこか蛇を連想させる顔立ちであった。大臣はつかつかと王たちのそばへ歩いて寄ると、うやうやしく頭を下げた。


「王様、何やら不躾ぶしつけな子供があなたを困らせていると聞いて参りました」


「ああ、とんでもない変人の小娘だ!」


 王の言葉にリンは「ひどい!」とショックを受けたが、大臣は彼女を一瞥いちべつした後、懐よりミカンほどの大きさの布の袋を取り出した。皮の紐で口を縛られたその袋をリンの前に放り投げる。袋が床に落ちた瞬間、ヂャリという金属音が鳴った。リンは素早く袋を取り上げる。


「それを持って出て行きなさい」


 大臣が言う。袋の中身は金貨だった。リンは素早く立ち上がり、王と大臣の顔を交互に見た。


「ふふふっ、ようやく私の価値を理解したようですね! 安心してください、後悔はさせませんよ! 必ず魔王を倒してこの世界に平和を取り戻して見せますから! 今日はこのくらいにしておいてあげますよ!」


 それだけ言うと、一目散に部屋を出て行った。


「大臣、何故あんな子供に金をやった?」


 訝る王に大臣は少女が出ていった扉の方を見ながら言った。


「私はあの者と同じミナトーク出身なのです。あの娘が言っていた邪神を倒した勇者の子孫という話は誠でございます」


「え? わしから金を引っ張るための嘘じゃなかったの!? あの鎧、どう見ても露出狂専用装備だったんだけど」


「あの鎧は娘の祖父が趣味で作ったものでございます。しかし血筋は本物。それに同郷のよしみもあります故、少々小遣いを恵んでやったのでございます」


「そうか、まあ面倒くさいのが帰ってくれたんなら何でもいいが……」


 リンから解放された王が、顎髭を摩りながら安堵のため息をついた。 



 王国歴二六三年、赤竜の月、十二日。僻地の小国アサーヒクと魔王軍との長い長い戦いの中で幾度となく活躍する勇者リンの名が、初めて王国記に記された日であった。

 


終わり






こんな終わり方ですが、今のところ特に続きを書く予定はございません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ビキニアーマーで魔王に挑むとかふざけてんのかという王様とそれに反発する自称女勇者の話 三尼蓮一 @papipapix

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ