火山大国日本

――天明三(1783)年四月


「岩木山?」


 その日、江戸に伝えられた話によると、先月の中頃、陸奥津軽郡にある岩木山で噴火があったという。最後に噴火したのは、記録によると百七十年近く前らしい。


 っていうか、噴火するのは浅間山じゃなかったのか……?


「むむむ……」

「治部、何を難しい顔をしておる」


 家基様に定例の報告をするために西の丸へ上がったところで聞かされた一報に俺は頭を悩ませる。


 他の者は遠国で山が噴火したところで……みたいな反応だが、未来を知っている人間からすれば、どうにも看過できない。


 とはいえ、岩木山が噴火したというのは俺も知らなかった。完全に浅間山だけだと思っていたからね。だが、関連が無いとは言い切れないだろう。


「各地の山の様子を調べる必要があります」

「どういうことじゃ?」

「他の山でも噴火する恐れがあります」


 なんと言ってもこの国は火山の国だからな。可能性は高いというかそうなる。


「陸奥の奥地にある山の噴火が関係すると?」

「皆様はどうして山があの形になったのか、我が国が今の形になったかご存知でしょうか」

「山は山であろう」

「そこに山があるからであろう」


 どこかの登山家みたいな答えが返ってきたが、普通はそんなことを考えたこともないだろうから仕方ないところではあるが、これはこの国のことを知るために大事なことだ。


「さにあらず。陸地と申すものは、大昔に山が噴火したときに地中から熱せられた岩などが吹き出し、長い年月を積み重ねて出来上がったものなのです」

「岩が吹き出すとな?」

「御意。この大地の下、奥深くは、人が焼け死ぬであろうくらいに熱を帯びておるそうです」




 素人知識でしかないが、地震の原因となるプレートが動く際、そこにあった水分がマントルに溶け込んで液状化したものをマグマと言うのではなかっただろうか。


 液状化したマグマというものになると、マントルより比重が軽くなるから地表近くまで上がってきて、更に包含していた火山ガスが気体化すると地面を突き抜けて地上に出てくる。これが噴火という現象だ。


 そして地上に出てきたマグマは溶岩となり、その吹き出た地点、所謂火口から流れ落ち、時を経てこれが冷めると流れが止まり、火口から周囲にかけてうず高く積み上がる。これが繰り返された結果、海面より高くなった場所が陸地であり、噴火した中心部は山という存在になって今に至るのだ。


「にわかには信じられぬな。この大地の奥底が熱を持っておるとは」

「地中に埋まる水がその熱により温められ、地上に吹き出したのが温泉にございます。箱根に草津、諏訪、那須など、温泉は山に近うございますのがその証」

「言われてみれば、温泉は山に近いのう」

「図で示したほうがよろしいですな」




 図で示すため、紙に二本の線を引く。下の線が海底、上の線が海面である。


「海の底で噴火が起こると、その周囲がうず高くなります」


 海底のある一点が、噴火が起こり山状に盛り上がったと仮定して三角形に線を引く。


「そして、一度噴火を起こした場所は周囲に比べて再び噴火する可能性が高い。言うなれば、地底より岩石が吹き出してくる管のようなものが出来上がっている状態とお考えくだされ」


 山状になった地点から次々と噴火していくと、その都度盛り上がった三角形が海面の線へと近づいていく。


「そしてこの隆起が海面を越えたとき、陸地が生まれるのです」


 未来だと小笠原諸島の西之島だな。火山活動が続くこの島は、21世紀に入っても頻繁に噴火を繰り返し、面積は元の島の10倍以上にまで広がったとか。


 まあ……溶岩によって、それまで自生していた植物なんかは全滅してしまい、生態系の構築は一からやり直しみたいな話は聞いたけどね。


「つまり今我々が山と呼んでいるものは、多かれ少なかれ、そこで噴火があった証なのです」

「そしてその管が今もなお生きていると申すか」

「御意。されどほとんどは数千年、数万年という太古の昔の出来事にて、今はその管も多くは塞がっていることかと。しかしながら一度管の役割を果たした場所は周囲に比べて造りが脆いゆえ、いつまた噴火が起こってもおかしくはないのです」

「薩摩の桜島のようにか」

「左様にございます。あれほど分かりやすければ警戒もいたしましょうが、多くの山はいつどこで起こるか予測が付きませぬ」




 桜島は火山の代名詞とでも言うべき山だろう。常に噴煙を上げ、しばしば爆発を起こして灰を撒き散らす。故に薩摩の地は米の取れにくい火山灰土であることは以前に述べたが、あの山の場合は普段がそれだから、そこに住む人々も噴火は織り込み済みで暮らしている。有事の際に何をすべきかも分かっているだろう。


 ちなみに余談であるが、この時代の桜島は鹿児島湾の中に浮かぶ本当の島である。未来だと地続きになっているが、これは大正時代にあった大噴火の際に流れ出した溶岩が、東側にある大隅半島との間にあった海峡を埋めてしまった結果によるものなのだ。


 そして江戸の近くだと、箱根の山が一番にそれに近いかもしれない。大きな噴火こそ発生していないが、大涌谷、この時代では地獄谷と呼ばれる場所からは、常に硫黄臭のする蒸気がそこかしこから吹き出しているのを見れば、火山として未だ現役であることが分かる。


「さりながら、宝永年間に噴火したのは箱根ではなく、そこからほど近い富士の山にございました」

「たしかに……」

「富士の山が火を噴くなど誰も考えもしなかったようじゃの」


 宝永噴火と呼ばれるそれは、富士山の噴火としては有史以来最大のものだったと聞く。


 その噴煙と火山灰は風に乗って瞬く間に江戸をはじめとする関東一円に広がり、農作の不振や水害のほか、灰が体内に入ることによって呼吸器系の病気も頻発したとか。そして、山の東側に位置する小田原藩の被害は尋常ではなく、噴火から既に七十年以上経つが、耕作を放棄したままの土地も少なくないらしい。


「地の底に境はございませぬ。故に箱根の山も富士の山も地の奥深くは繋がっているのかと。普段は箱根の地獄谷などより吹き出ていたものが、宝永のときはたまたま富士の山から出てきてしまったと、某は愚考いたします」

「つまり、これまで噴火したと聞いたことの無い山であっても油断は出来ぬか」

「御意。むしろ備えの無いところで一度ひとたび起これば、対策が後手になり、尋常ならざる被害となりまする」

「相分かった。急ぎ各地の山で異変が無いか調べるよう触れを出そう」




 こうして幕府の命として各地の山々の状況に何かあればすぐに報告するようにと触れが発せられた。


 俺が気にしているのは浅間山だけなんだが、そこだけ重点的にというのも不自然な話なので、とりあえず関八州とその隣国くらいに範囲を定めたものの、一月ほど経っても何かが起きたといった報告は来なかった。


 こればかりは噴火の正確な日時を知らないので、俺もまだその時ではなかったのかなと感じていた。当面の間警戒を続け、もし何か不穏な気配があれば、避難勧告的な方法で山の近くに住む領民の被害を減らすように動けばよい。そう思っていた。


 だが……これが油断だった。


 報告は来なかったのではない。意図的に報告されなかった、いや、報告するまでもないと判断した愚か者がいたのだ。




――天明三年六月二十九日


「浅間山で噴火が起こっておるとは真にございますか」

「うむ。既に噴火が始まってから二月以上経っておるとか」


 昨日から今日にかけて、江戸で小さな地震のようなものが幾度か発生していた。


 その規模は障子が少しカタカタと揺れる程度の小さいもので、地震など日常茶飯事の江戸の庶民にとって特に気にするものでは無かったが、それと共に空から灰のようなものがチラチラ降ってくるようになった。


 藤枝の家中や弟子たちも俺の話を聞いているから、これは何かあったのではと疑問を抱くに至り、家基様に願い出て調べを進めたところ、去る四月九日に浅間山が噴火したという。


 そのときはその日だけで噴火は治まったそうだが、再び先月の末にも噴火があったとか。


 現時点の状況は不明確だが、発生している地震が噴火の影響――所謂火山性地震とか火山性微動と呼ばれるものだとすれば、噴火の規模が大きくなっていると考えてもおかしくないだろう。


「何故報告が上がってこなかったのですか」

「代官頭の伊奈が報告するに及ばずと黙殺しておったらしい」

「なんと……」



◆ ◆ あとがき ◆ ◆


噴火のメカニズムについては、うろ覚えの素人知識で話している形なので、細かいところのツッコミは無しでお願いします。

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