西洋との付き合い方

「オランダに万が一のことがあれば、ロシアを代わりの交易相手とするのも一つの手じゃねえかと思うんだが」


 平蔵さんの案は、リスクヘッジとして間違いではない。だがそれは、交易相手の潜在リスクがそれを上回らなければという条件の下においての話。未来人の思考を持っているせいか、やはりロシアってのは油断ならない相手だと思わざるを得ないんだよな。


 それは令和の時代しかり、ソビエト連邦の時代しかり。それより遡って日露戦争になったのだって、黒海地中海から太平洋側に進出先をシフトしてきたからだ。この先交渉次第のところもあるが、勢力を伸ばしたい思惑は否定出来ないだろう。


「一理ございますが、オランダの代わりを務めるは難しいかと」

「何故そう言い切れる」

「我らはロシアのことを多く知りませぬ。逆に彼らも我らを良く知りませぬ」


 何か大きな買い物をするとき、ポンと大金を出して良く知らない相手から買うだろうか。そこには相手が信用に足る者であるとか、そこから買うことでメリットがあるからといった、明確な購入理由があると思う。


 前世でも会社に変な台車を押してきて、有名和菓子店のお菓子を出張販売してますとか何とか売りに来たお姉さんがいたけどさ、有名和菓子店なら直接そこから買うかネット通販するわけで、お引き取りいただいたことがある。


 案の定、怪しい団体かなんかの構成員だったらしく、後で和菓子店のサイトを見たら、怪しい訪問販売に自社の商品が使われてるが、ウチとは一切関係無いって注意喚起されてたよ。


 その例えが正確かはさておき、現状のロシアを我々は知らない。俺が知るのはこの先の歴史におけるそれでしかないし、現在収集する情報もロシア要注意というオランダの色眼鏡で通されたものがほとんどだ。


 まあそれが有ろうが無かろうが、この時代のヨーロッパにアジア人を対等に見る国はない。何故なら彼らにとって、有色人種の国は搾取の対象でしかないということを歴史が証明しているからな。


 21世紀の世にあっても、人種差別が完全に無くなったわけではない。いや、建前上は差別ダメと謳っている分、より悪質で巧妙で表に出にくい差別が横行していた。学校のイジメと一緒だ。


 その根源が大航海時代から続くヨーロッパ諸国による世界各地の植民地化だ。白人至上主義という言葉が既に成立しているかは定かでないが、支配層が白人で被支配層が有色人種である現実を見れば、自分たちの方が上だと彼らが思うのは無理もないだろう。


 実はオランダだって本質は同じだ。東インド会社の根拠地であるバタヴィアも、があって治めている土地だもの。


 だが日本との交易を独占してから百年以上経ち、当時は新興国で日の出の勢いだった貿易大国も、相次ぐ戦乱で今はイギリスに押されっぱなし。遥か極東の島国まで侵略してくるほどの力は無い。


 つまり今の日本にとって、ヨーロッパの中では比較的まともに付き合える数少ない国なのだ。


 それに引き換え、ロシアは近すぎるのよ。なのに皇帝ははるか西の彼方ペテルブルグに居るから、その統制がシベリアまで行き届いているかというと怪しい。


 そんな中で、例えばシベリアの総督が好き勝手しても、あちらには止める者がいない。それに対してこちらが抗議しても、それは商人たちが勝手にやったことで我が国の意思ではないとかうそぶくことも十分にあり得る。


 更に穿った見方をすれば、それを皇帝が分かっていながら、敢えて黙認してこちらの暴発を煽り、反撃されたのを見てからいきなり国家問題とするみたいな汚い手――この時代のヨーロッパでは常套手段――を使う可能性だって否定できない。




「これまで長きに渡り我が国と付き合いのありまするオランダが、やはり一番交易の相手としてはよろしいかと」

「だが、船が来ぬ可能性があるのだろう。お主の報告を聞くとそう思わざるを得ん」

「可能性の話にございます。実際はなんとかかんとか船を仕立てて来航するのではと考えまする」


 おそらく国と国との戦いではオランダが負けると思う。それはこの先の歴史でイギリスが覇権を握ることからも明らかだ。しかし一方で、幕末に開国するまでの間、オランダが唯一の西洋との窓口を担っていたことも事実。


 それはつまり、イギリスに多くの利権を奪われた後でも、オランダには日本と交易する手段が残っていたということ。来航は途絶えなかったわけだ。


 少なくとも、ナポレオンによってオランダが世界地図から一時的に消える二十数年先までの間、交易は続く……はずだよな。多分……


「ではロシアが接触してきても交流はしないということか?」

「いえ。早急に正式な国交を結ぶべきではないというだけで、多少は繋がりを残すべきでしょう」

「分からん。交易するならばオランダしかいないと言いつつ、ロシアとも繋がりを残せと申すか」

「目的はオランダを牽制するためにて」




 俺はこの時代にあって、オランダ人(及びそれ以外の外国人)と交流を持った数で言えばかなり多い方だろう。その中で感じたのは、彼らは日本をナメているということだ。


 もちろん個人的な友誼と言う意味では親しくさせてもらったが、西洋との繋がりが自分たちしかないというところを上手く利用されている感じはした。


 風説書による海外情報も、彼らに都合よく解釈された内容であることがしばしばあるし、そこには他に情報源を持たない日本人ならば、自分たちの情報を鵜呑みにするだろうといった思いはあっただろう。


 ただ、そこへ俺という異物が入り込んだ。この前の会談で、ティチングさんは俺の知識がこれまで聞かされていた日本人のそれとは違うということを認識したはず。今度はそこをこちらが上手く活用するべきだろう。


「余程贔屓の店が無い限りは、買うなら安いとか質が良い方がよろしい。されど現状はオランダしか相手がおりませぬ」

「その競争相手としてロシアの存在を利用するということか」

「御意。カピタンは蝦夷地開拓の末、我が国がロシアと交易することをいたく懸念しておりました」

「脅したか」

「これは人聞きが悪い。私はより一層我が国に貢献し、やはり交易するならオランダしかおらぬと思わせるよう精進なされと助言したまで」


 そこまで言うと、家基様は笑いながら、脅しているようなものではないかと仰る。


 決して脅したつもりはない。可能性を指摘しただけですよ。


「これまで以上にヨーロッパの知識をもたらすことで、我が国に一層貢献してもらおうと考えております」


 既に羊やら建築やらで知見を活用しているが、この先深い付き合いを続けるならば、より学問的な話を多く仕入れたい。向こうも俺が何を言いたいのか理解していたようだし、そのあたりは協力的にやってくれることと思う。


「以前、私が海の向こうから来る者を防ぐ手立てが無いと言上したことは覚えておいてでしょうか」

「あったの。今のままでは苦もなく陸に上がられてしまうと」

「故に、この機に造船や操船術も学ぶべきかと」

「船を造るか」


 日本は海洋国家であり、いずれ樺太や千島まで含めた蝦夷地を確実に所領とするためには、艦隊の存在が不可欠だろう。実際に造船まで行き着くのはかなり先の話だろうが、それまでに船乗りを職とする武士を養成したい。史実で言う、幕末の海軍伝習所のようなものだ。


 史実だと維新の後、欧米の帝国主義に負けじと軍事力を高めて大陸に進出したが、結果を見れば何度やっても失敗するとしか思えないから、規模感としては現在の国土とシーレーンを防衛することに重きを置くでよいかと思う。


 そもそも無から作り出すのだから、最初からあまり高い目標を設定するのも難しいしな。


「とは言え、これも以前に申し上げましたが、まずは国の中を盤石なものとすること。その道筋がある程度見えてきてからの話にございますれば」

「真にここだけの話であるな……」


 俺の話を聞き、意知殿が嘆息している。


 それは呆れというよりも、この時代にあっては革新的な話過ぎて、実現までの道のりが長そうだなという感想によるもののようだ。


「頭の固い者にはまだ聞かせる話ではないな」

「然り。されど蝦夷地開拓を始めた以上は、既に片足どころではないくらいに踏み込んでおります。意知殿におかれては、これまで以上に忙しくなりましょう」

「なんで私だけ……」


 そりゃあ未来の御老中だもの。


 俺? 俺はほら、色々と研究したいことがあるし、実際に役に立っているではないですか。


「そういう問題かのう……」


 あーあー聞こえなーい。聞こえませんよ家基様。

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