ナイナイコンビ結成
「長丸と申します」
「三之丞にございます」
蝦夷地開発の協力を依頼して数日後、屋敷にてその教えを教示してもらう面々を源内さんと引き合わせることになった。
その面子は井伊家から預かった長丸と三之丞。平蔵さんに話したとおり、長丸に功を挙げさせるための温情も少し入っているが、紹介する以上はそれなりに見込みがあるからこそ選んだという点は間違い無い。
「平賀源内だ。それで治部の旦那、彼らには羊飼いの技法を授けりゃいいんだね」
「はい、宜しくご指南いただければ。そして、この者は蝦夷地へ向かう際の従者としてお使い頂ければと」
「高宮徳内でございます。よろしくお願いいたします」
「おうおう、供連れまでご用意頂けるとは何より」
そしてもう一人、源内さんの蝦夷地行きに同行する従者として、当家の下男として働く弟子である徳内を付けることとした。
「弟子入り希望か……」
高宮徳内が弟子入りに来たのは昨年の夏、長丸たちを受け入れるより少し前の頃だった。
出羽村山郡楯岡の出である彼は、貧しい農家の長男坊……と言っても俺より四つほど年上らしいので、既に坊という年齢ではないが、向学のために師を求めて江戸へとやって来てこの三旗堂の門を叩いたのである。
普通長男というのは実家の跡を継ぐものでは? と思うのだが、彼は家業を手伝う傍ら、奥州各地をたばこの行商で回りながら学問を独学で修めてきて、父の死に伴い、家業を弟に委ねてきたらしい。
「して、どうして三旗堂を選んだのか」
「はい、一つには先生の提唱する飢饉対策を学びたいと」
出羽最上郡には親交のある下総佐倉藩堀田家の所領が点在し、そこでジャガタライモをはじめとした稲作に頼らない飢饉対策が進んでいる。
彼の故郷楯岡村は堀田領ではなく、上野館林藩越智松平家の領地なのだが、越智松平といえば三年前に亡くなった当主
そして、徳内はそれを提唱した俺の名を知り、その下で学んでみたいとなったらしい。
「稲作は年によって出来不出来が激しく、代わりとなる物があるならばこれに越したことはないと思い」
「左様か。それで、其方は今どこにお住まいなのかな」
「いえ……それが江戸に出てきたばかりでまだ家は無く……」
「家を探すところからか」
「されば、下働きで構いませぬゆえ、どうかお屋敷に置いていただくことは叶いませんでしょうか」
これまでの弟子は、武家にしろ町人にしろ自身の住まいが江戸市中にあり、須田町まで通いで学びに来ている者ばかり。
しかし彼は遠路はるばる伝手も無い江戸まで単身でやって来ており、住むところも定まっておらぬという。たしかにウチの屋敷で下男として働ければ、彼にとっては一石二鳥なんだろうが、そう簡単に雇い入れるというわけにはいかない。
当時住み込みで働いていた弟子は、元から使用人で雇っていた綾のほかは、茂さんに工藤の綾子殿くらい。
この後、長丸と三之丞もそこに加わるわけだが、そこはある程度打算的な部分もあって受け入れたのは事実だ。
綾は定信様の頼みだから言わずもがな。長丸たちは幕政への影響力が大きい譜代筆頭井伊様の依頼だから断れないし、茂さんたちも受け入れたことで工藤平助殿を通じて仙台伊達公とのつなぎが出来たから、何らかの恩恵には与っている。
使用人を追加で一人二人雇い入れるくらいの余裕はあるが、何の縁もない農家の倅を衣食住から面倒見るというのはまた話が変わってくる。何故なら今後、他にも住み込みを希望する弟子入りが現れたときに断りにくくなるから、受け入れをしていなかったのだ。
「先生、よろしいでしょうか」
「なんだい茂さん」
「肩を持つわけではありませんが、同じく北の方からはるばるやって来た身としましては、そのまま追い返すのもかわいそうな気がいたします」
そして、俺がどうしたものかと悩んでいたらと、茂さんが助け船を出してきたんだ。同じく東北からやってきた人間として、放っておけないと感じたのかもしれない。
「うーむ……とはいえ何の理由もなく彼を受け入れるとなると」
「殿、されば某のときのように試用期間としてみてはいかがかと」
すると今度は上洛の最中に家臣に登用した又三郎がお試しで雇ってみてはと提案してきた。
たしかに彼も押しかけ仕官だったが、思った以上に仕事が出来そうだったので雇い入れたという経緯があった。
「どのようにして試す」
「一つは下男としての働き、もう一つは塾生としての働き。前者は某が、後者は大槻様がその仕事ぶりや学びを確かめるということでいかがでしょう」
「まあ……お主たちがそう言うのなら、しっかり面倒は見てくれるのであろうな」
そう問えば茂さんも又三郎も異存は無いと答えた。
「されば徳内とやら。其方の身は一旦当家にて預かろう。真に弟子として受け入れるか否かは、当面の其方の働きぶりを見て改めて沙汰いたす故、励まれるがよかろう」
「ありがとうございます! 精一杯務めさせていただきます」
……とまあ、こんな感じにお試しで弟子入りさせたわけだが、これが思わぬ拾いものであった。
下男としての仕事ぶりも上々。時代的にどうしても使用人にはパワハラ気味な扱いになりがちなんだけど、又三郎も若干試す意味もあってきつい仕事を与えた部分はある。だけど徳内は文句一つ言うことなく、そつなく仕事をこなすし、率先して他者が気づかぬところまで目が行き届くとかで、他の使用人や家中の評判も良い。
そして学術の徒としても非常に真面目で、茂さんから与えられた課題を黙々とこなし、その成果も良好とか。元々行商をしていたこともあって特に算術は長けており、子供たちへの教え方も上手いし、今ではさらに発展した形で天文や測量の勉強もしている。
ということで、俺が何かを言うまでもなく本採用となった。
そしてそれからしばらく後、それこそ数日前の話なんだが、徳内が俺に直接質問があるとのことでやって来た。
「先生は蝦夷地のことをよくご存じなのでしょうか」
「正直に申して行ったことはないから、話に聞くだけだな。急にいかがしたのだ」
「いえ、蝦夷地開拓で先生のお知恵を借りたいとの話を聞きまして、ご存じなのかと」
「彼の地はまだ未開の土地も多くこれからの話になるが、探索を進めるにあたり万全の準備をしたい。そういうことだ」
平蔵さんとの話や田沼公に依頼した件などは、既に家中の者も知っている話なので、徳内もそれを聞いてやって来たのだろう。
しかし……直接聞くということは、興味あったりするのか……?
「もし、もしもだが、お主を蝦夷地に派遣するとしたら、受けるか」
「私でよろしいのですか?」
「勿論お主が頭を務めるわけではないぞ。どなたかの随行という形になるが」
「是非にも」
「そうか、ならば考えておこう。さればそれまで天文や測量の知識を今以上に身につけておくことだな」
「はっ、かしこまりましてございます!」
蝦夷地のことは源内さんにお任せしようと思いつつ、こちらからも人を出した方がいいかななんて考えていたので、興味があるならばと徳内を同行者に推薦したのだ。
長丸はまだ表舞台に立たせるのは早いし、そうなると三之丞もそれに準ずる。しかも徳内の場合、身分的に大勢の従者の中の一人としてしか数えられないから、あまり目立つこともない。表立つこと無く、俺が蝦夷地の情報を早々に入手するにはちょうど良い人材であろう。
「治部の旦那が推挙したからには下手打つような人じゃねえだろうが」
「はい、源内先生のお供を仰せつかるにあたり、藤枝先生からは天文や測量などの知恵を付けろと言われておりますれば」
「蝦夷地は寒いと聞くぜ。大丈夫かい?」
「ご心配なく。私、出羽の生まれにて寒さには慣れておりまする。冬の過ごし方などもそれなりに知恵はございますれば、そちらもお役に立てるかと」
俺の推薦だから大丈夫だろうとは言いつつ、源内さんは知恵を試すかのように色々と質問を投げ、徳内も打てば響くといった感じでそれに応じている。
「おう、こんなら大丈夫そうだな。では治部殿、この者しかとお預かりいたそう」
「よろしくご教示くだされ。徳内、源内先生に良く教えを請うのだぞ」
「かしこまりましてございます」
さてさて、徳内が源内さんに付いて回って、どれだけ有益な情報を手に入れてくれるか楽しみなところだ。
源内徳内コンビで略して「ナイナイ」か。
成果が無い無いでは困るけどな。
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