鬼才の使い方

「寒さ対策か」

「はい。蝦夷地の寒さはこちらの比ではござらぬとのことで、探索を進めるのであれば、万全の態勢を敷かねば命がいくつあっても足りぬと申しております」


 平蔵さんから蝦夷地の寒さ対策を相談され、俺は探索の総責任者である田沼公のお屋敷を訪ねていた。


「治部の旦那、あっしがその話に加わってよろしいんで?」

「源内さんの知恵を拝借したい話なので」


 そして、今回の相談の肝になるのがこの人、平賀源内さんだ。


「さてさて、あっしに何をしろと仰るので?」

「一つは建築に関することです」




 以前源内さん(闇)との問答で、彼が後に建築設計に手を出し、それが元でトラブルとなって人を殺めてしまうという史実の末路を語ったことがあった。


 そのとき源内さんは、その話が自分を諌めるために、このままだとそういう末路を辿るぞと脅かすために俺が考えた作り話だと仰せであったが、少しは思うところがあったらしく、あまり余計なことに手出しせず、真面目に研究に没頭するようになった。改良版竜吐水はその成果と言える。


 が……元から色々と手を広げたくなる性格なんだろうね、結局手を出してしまったのだよ、建築設計業界に。


 その結果どうなったかというと、江戸の建築に革命が起きた。史実でも革新的なアイデアで新風を吹き込んだと聞く。一応俺の話を聞いてくれたおかげか、トラブルに発展しないようにと気を付けて我を抑えて振る舞ったことで、その才が日の目を見ることとなったのだ。


「源内殿には寒さが吹き込まないような家の造りを考案していただきたく」

「蝦夷地ってえのはそんなに江戸こっちとは違うのかい?」

「全く違うと思っていただいてよろしい」


 この時代の家というのは、主に粘土や砂、稲わらなどを混ぜ合わせて作られる土壁である。これを塗り固めることで自然な断熱材としての役割を果たし、夏は涼しく冬は暖かいという、未来で言うサステナブルな造りになっている。


 だけど蝦夷地は環境が全く違うから、基本から変えないといけない。一番は冬の寒さに耐えられる造りであってほしいところ。すきま風ピューピューの家では困る。


「なるほどね。で、一つ目ってことは他にもあるので?」

「もう一つは羊です」

「羊? おお、住むところの次は着るものかい」

「左様。羅紗を実用化したい」




 これは以前に源内さんが郷里讃岐で試し、自身の諱から、「国倫織」と名づけた毛織物の製作に成功した時点で頓挫してしまった計画の焼き直しであるが、これを本格的に導入したいと考える。


 当然その目的は羊毛紡績と織物生産の産業化。暖かい羊毛を用いた衣類は、寒さ厳しい北の大地には欠かせぬ素材となるであろう。開拓民を多く送り込むのであれば、産業化は必須だ。


「目の付け所はよろしゅうございますな。だが羊というのは思っているほど飼うのは楽じゃねえぞ」


 源内さんの国倫織が成功しなかった理由。それは当時、彼が考える展望を共有できる者がおらず、事業として成し得る程の規模に出来なかったこと、そして、讃岐は羊の生育に適さない土地であったことだ。


 あれだけフカフカの毛をお持ちということは、基本は寒冷地で生きる生物なのだろう。だからこそ人為的に飼う場合、夏を乗り切るために、暑くなる前に毛刈りをして丸裸の状態にするわけだが、そもそも暑い地域では長生き出来る身体の構造にはなっていないらしい。


 さらには湿気にも弱い。雨なんかで濡れてしまうと中々乾かないようで、それが原因で体調を崩すということもあるようだ。


 ちなみに、羊の毛がアブラギッシュなのは、それらの水滴を弾くためでもあるらしい。


 日本は基本的に温暖湿潤気候の国だから羊の生育には向かない。特に瀬戸内なんてのは温暖で湿潤な土地の最たるところだから、余計に飼育は難しかったのだと思う。


「そのあたりは以前カピタンにも話を聞いておりますし、蘭書でもいくらかの情報は仕入れておりますので承知しております」

「治部には何か策があるのか?」

「ふふふ、ご老中、これを蝦夷地で飼育するのですよ」




 ヨーロッパで毛織物といえばフランドル地方だ。毛織物の生産地として知られているが、元々は羊を飼うところから行っていたとか。


 あとはイングランドだな。フランドルも後にイングランド産の羊毛を輸入して、織物産業主体となったらしいが、この二つに共通するのは、比較的冷涼な気候ということ。


 つまり、日本ならば蝦夷地が一番適しているということだ。


「薄々思っておりましたが、長谷川殿の調べでも蝦夷地で稲作は難しく、ならば何が新たな産業を興すほうが早いかと」

「その一つに羊を用いるか」

「御意。衣類に限らず、布団の中身として綿の代わりに用いることも出来ますし、畜生を飼うならば広い土地のほうが都合がよろしい」


 未来でも北海道の名産の一つにジンギスカンが上がるというのは、そこで飼われていたからこそだろう。


 となれば、老齢でお役御免となった羊ちゃんを……にしていたのだろう。


「しかし、未だ蝦夷地は未開の地も多い。羊を飼うというのは少し先の話になりそうだの」

「されば、蝦夷地で本格的にこれを成す日が来る前に、準備をしておきたく」


 本州で飼うのは難しいと言ったが、全く可能性が無いわけでもない。要は冷涼で湿気の少ない土地、つまり山合いの土地ならばどうにかなるのではないかと思う。


「江戸から近いところなれば、甲斐や信濃、相模あたりの山合いであれば、讃岐よりは冷涼で育てやすいかと」

「ふむ、作物を植えるのに不向きな土地を活用出来るならば一石二鳥か」

「ご老中におかれては長崎出島に渡りを付け、羊を連れてくる算段をば」

「相分かった。上様に奏上してみよう」

「で、それはそれとしてだ……」




 俺のやろうとしていることの構想を聞き、どのように手配りするかと皆が考えていると、ふいに源内さんが俺に話を振ってきた。


「蝦夷地の気候に合った家を建てるのは構わねえが、そうなると現地の環境を見てこなくちゃいけねえな」

「そうなりますね」

「あっしに蝦夷地に行けってことでさあね」

「そのほうが構想が湧きやすいかと」


 俺の答えを聞き、やっぱりなという感じで源内さんが自分の額をペチンと叩いた。


 羊の飼育に関しては蘭書からも知識は拾えるし、源内さんの知見は俺や他の者など直接指導する者が引き継ぐことは可能だが、家の設計に関しては、さすがに俺も北海道の住宅事情は良く知らないので、源内さんの脳みそからアウトプットしてもらわねばならない。


 そのためには直接現地へ言って見聞きしてもらうのが一番かと思う。


「治部の旦那、あっしの年がいくつか知ってやすかい?」

「五十くらいでしたっけ?」

「今年で五十四ですぜ。んな年寄りを蝦夷地まで送り込んでこき使おうなんて人が悪いや」


 五十半ばで年寄りというのも不思議なものだが、この時代は医療体制が脆弱で若くして亡くなる者が多く、長生きした者は自身の経験や知識を後世に伝える役割を担う者として重宝されるので、五十を超えると長老とか言われて年寄り扱いされることが多い。源内さんもそう言う立場なんだぜと言いたいのだろう。


 だが、元気な者は六十になっても七十になってもピンピンしてたりする。特に富裕層の場合、普段から良いものを食べて栄養を付けているせいか、人によっては未来人にも負けないくらい長生きする人も多い。


 反面、栄養の過剰摂取による、所謂生活習慣病患者も多いけどな……


「源内殿に関して言うなれば、まだまだ隠居と申して老け込む年ではございますまい。いつぞやは出羽の阿仁銅山にも向かわれておったようですし、蝦夷地なんざちょっと足を伸ばしたくらいにございます」

「ちょっとって……随分長えちょっとだな。秋田に行ったのはもう十年近く前の話ですぜ。だいぶ身体もあちこち悪くなってきたし……」

「そんなことを言ったら、御老中なんてもう七十になろうとしておられるのに……」

「待て治部、儂はまだ六十三じゃ」

「……それは失礼した」


 うん、知ってた。でも老中の重責にあって、ストレスが白髪とシワに現れているから、七十と言っても違和感は無いぞ。


「とにかく源内殿、十も年上の御老中が天下国家のためにと、こんなにも矍鑠かくしゃくとして働いているのです。国士無双の鬼才平賀源内の力の見せ所ですぞ」

「上手いことおだててくれるもんだね……蝦夷地か。まあようござんす、寒さに強い家の作り方ってのも面白そうだし、場合によっちゃあ暖を取る道具なんかを考えるのも面白そうだ。ここは期待に応えてご覧に入れようかね」


 源内さんは渋々といった雰囲気ながら、その実は蝦夷地に行くのをちょっと楽しみにしているようにも見える。


 やはり根は新しもの好きな方なのだろう。俺に窘められてから発明の方はご無沙汰のようだが、折角の才能だからそれを建築設計だけに使うのも勿体ない。その力、存分に発揮してもらいましょう。




 ……と、ふと思ったのだが、源内さんっていつ死ぬんだっけか?


 今の様子だと史実みたいな獄死にはならなさそうだけど、もしかしたらそのフラグって、知らないうちに俺が潰してしまっていたのだろうか……

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