茶番劇 produced by 摂政

「方々、はるばる江戸より参った客人に対し失礼であろう」


 九条家での宴席の最中、どうやら俺の存在を快く思わない一部の公家が直接文句を言いに来た。


 それに対して内府様が場を弁えよと苦言を呈するが、あちらも仕掛けてきた以上は退くつもりは無さそうだ。


「内府様はお身内ゆえお気付きでは無さそうだが、この者はまさに皇国を破滅に導く獅子身中の虫にておじゃる」


 どうやら俺が何者なのか、しっかりと認識した上で物を申しているようだ。

 

「何をもって治部少輔を奸賊と申すか」

「しからば……この者は古来よりのしきたりを軽んじ、南蛮の学を用いよなどと妄言を言い募り、世人を惑わす輩でおじゃる」


 土御門卿は南蛮の学としか言っていないが、おそらくそれは天文学に関することも含まれているだろう。


 お忍びで来たとはいえ、俺が京へ来るということは上方の学者たちに知られていた。となれば、公卿たちの耳にも入るはずだし、気になる者は何をしに来たのかと勘繰っているはず。


 自分の心に疚しいところがあれば尚更だ。


 しかし……新しい知識を学んで広めようというだけで獅子身中の虫とは……酷い言われようだね。




「何を騒いでおられる」


 そこへ摂政様が割って入ってきた。自身の家の宴で騒がれては主催者として面子が立たなくなるから、止めに来たのだろう。


「土御門卿、宴席の場で騒ぎ立てるとは如何なる存念か」

「摂政様は内府様や准后様に遠慮せねばならぬ理由でもおありか? この者を招くなど、我らにとって甚だ不快でおじゃる」

「ほほう……治部少輔、諸卿はこう申しておるが、なんぞ反論でもあるかえ?」


 ……と思ったら、目がキラキラしている。


 それは純粋な興味とか期待感からくるそれではなく、明らかに面白そうなことが始まりそうだという、野次馬の煽り的なものだろう。


 ケツは拭いてやるから、とりあえず自分で始末をつけよ、といったところか……


「内府様、如何致しましょうや」

「摂政様が仰せならば致し方あるまいて」

「畏まりました」


 念のため内府様に確認すれば、存分におやりなさいと返ってきた。なんで聞いたかと言えば、相手は土御門卿を筆頭に、官位は俺より格上だからね。


 お墨付きは頂きましたよ。




「さてさて、ではお伺いいたすが、某が何をしたと仰せでございましょうや」

「古来よりの学問を軽んじ、徒に世を乱しておらおうが」


 そう言うと、土御門卿の側にいた若い公家が、俺の罪とやらをつらつらと述べ立て始めた。


 それは多く分けて二つ。一つは豊葦原瑞穂国と謳われし我が国において、稲作を捨て、怪しき西洋作物の栽培を奨励していること。もう一つは古来より受け継がれし和漢の医薬を否定し、これまた怪しき西洋医学を広めていること。


 そして、それらの知識の源となっているのは全て洋夷の学問であり、これをもって我が国古来の由緒ある学問を壊そうとしている……とのことだ。


阿呆あほうの戯言ですな」

「あ……阿呆じゃと!」

「学問の存在価値は人の役に立つか否か。そして、薬となるか毒となるかは使い方次第でございましょう」


 例えば医学。一義的には人の命を救うための術であるが、それは反面、人の命を奪う術も知っているということで、使い方を間違えれば大量殺人だって出来る。要は使い方次第なのだ。


「世を乱さんと欲するならば、古来よりの学問を用いても出来ぬ話ではございますまい。事実太古の昔から今に至るまで、そういった輩は数多存在したのですからな」

「では治部は何故に蘭学を学ぶのか」

「摂政様、答えはただ一つ。この国がこの国であるためにでございます」


 この国がこの国であるために、他国の学問を学ぶ。一見支離滅裂にも映る言い方に、両者のやり取りを眺めていた公卿たちの中にも怪訝な顔をする者がいる。


 そこで俺は傍観者も巻き込んで、この国が今どうなっているかを教示することにした。




「昨今、度重なる飢饉などにより、農民たちの疲弊は捨て置けぬ所まできております」

「幕府が政を疎かにしておるからであろうが!」

「然り。米の値は下がり続け、我らの実入りも少なくなるばかり。なのに他の品の値は上がる一方じゃ」


 俺の話を受け、土御門卿と共に俺を非難してきた公家が幕府のせいだとイキっている。


 間違いではないけれど、疎かにしていたわけではなく、むしろ熱心であればこそ米の値が下がっているのが現状なのだ。


「政に力を入れるほど米の値は下がる。禅問答のようじゃの」

「内府様の疑問はごもっとも。幕府も諸藩も収入を安定させたいがために新田開発を積極的に進めておりました。しかし、それが間違いの元」

「何故か。米の取れ高が増えれば、収入は増えるであろう」

「何事にも限度がございます」




 要は需要と供給の問題だ。米は日本人の主食だから売れないということはないが、人々が食べる以上の量が市場に出回れば、供給過多で値崩れを起こすことになる。


 ならば供給量を制限すればいいのだが、誰だってお金は欲しい。どこの藩も借金だらけなので、いち早く年貢米を現金化したいから安値でも売らざるを得ない。


 それに対して幕府も対策はしているが、あまり締め付けて諸藩や商家の反感を買うわけにもいかないので、さほどの実効性は無いというのが現状だ。


「値崩れを防ぐには栽培量を減らし、適切な量とすること。しかしそれでは収入は増えませぬ。故に代わりに売れる作物を生み出し、これを推奨しているのです」

「それが甘藷や麦ということか」

「左様にございます。痩せた土地でも育ちやすい物、少ない水で育つ物、寒さに強い物。稲作に不向きな土地でも十分に育ち、人々の糧になる作物にございます」


 元々米は温暖な地域の作物なのに、その土地の気候風土も考慮せず、植えよ増やせよと続けた結果が今なのだ。冷害に水害、干ばつ、害虫。飢饉の理由は色々あるが、作物によってはそれらの事象に耐えうる品種もあるし、痩せた土地ならば、その土地に合った作物を植えるのが一番効率的だ。


「だからと言って、わざわざ南蛮の産物を入れる必要がどこにある」

「これまでのやり方で幾度も飢饉に見舞われてきたのです。我が国には無い新たなものを取り入れるのはそれほどおかしなことではございますまい」


 この人たちにとっては、天候はどうしようもないくらいに思っているのだろう。よく分からん"まじない"でもって、今年は豊作だとか凶作だとか占うのは結構だが、凶作だとなったときに何かするのですかって話だ。そんなことで一喜一憂するくらいだったら、不測の事態が発生したとしても対応出来るように手を打つべきでしょ。


 陰陽道は何の役に立ってるの? なんて口に出したら、揉めるのは目に見えているから言わないけど。


「今回は蘭学に答えを求めましたが、漢学でも国学でも、役に立つ知識ならば何が発祥でも構わないかと。我が国古来の学問を否定したいわけではございませぬ。医学についても同様にて、これまで我が国で培われてきた知識と技能に、新たに有用なものを加えたいだけのこと。これ即ち、この国に住む全ての民がこの先も平穏無事に暮らしていけるためにございます。それは帝の御叡慮にも叶うことかと存じますが」

「口だけは達者なようじゃの」

「お褒めに与り恐悦至極」

「褒めてなどおらん!」

「まあまあ、楽しき宴の場でそれ以上青筋を立ててまで議論するでない。ほれ、甘い物でも食べて気を落ち着けられるが良い」




 そう言うと摂政様は、皆の御膳の前に菓子を運ばせてきた。先程皆に披露すると伝えてあった、芋羊羹と餡八橋だ。


「これは……もしや帝に御献上されたという……」

「左様」

「これはこれは……摂政様には珍しき物を……」

「いや摂政様、これはまずうございますぞ」

「治部少輔、何ぞまずいことでもあるのか?」

「これらは某が蘭学の知識を元に生み出したる菓子にございますれば、土御門卿やお歴々に食べさせるとあらば、却って皆様を愚弄することになりはしませぬか」


 帝がその味を評したと噂の珍しい菓子を前に、さっきまでカリカリしていた面々の表情が一瞬和らぎかけたが……




あーげない。




 って、当たり前でしょ。人の成してきたことを散々こき下ろしておいて、成果物だけ美味しくいただこうなんて、お天道様が許しても、この藤枝治部が許さんわ。


「皆様の機嫌を損ねる前に、何か別の物に変えてはいただけませぬか」

「ふむう……そう言われればそうじゃのう」

「なっ……そんな殺生な……」


 摂政様は袖で顔を隠しながら思案しているように装っているが、呆気にとられている面々の顔をチラチラと覗いながら、その口元は今にも吹き出しそうなのを我慢しているようにしか見えない。


「そんなにこれが食べたいのかえ?」

「そ、それはもちろん。帝が賞された菓子、是非にも」

「ほんなら余計なことはあまりベラベラと述べ立てぬほうが身のためですぞ。お上はこの餡八橋を殊の外お気に召してあそばされておる。礼をお述べになられたいと、近々治部少輔を招かれるようでございますしのう」

「お上が……」


 ……ちょっと待て。今さらっととんでもないことを言われたぞ。


 帝が俺を招く? それって一大事じゃん。


 摂政様、もしかして最初からそれを知っててこの場の全員を煽ったわけですか?

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