高貴なるギャル

「ほっほっほ。治部殿、引く手あまたじゃのう」


 帝への拝謁からしばらく経つが、俺はまだ江戸に帰る目処が立っていない。


 というのも、どうしたことか帝にえらく気に入られてしまったためだ。


 島国日本の元首たる御方なれど、都から外に出たこともなく、外国どころか海の姿すら知らぬ帝にとって、俺の話す外の世界はとても興味を引かれたようで、あれからも度々呼び出されては色々と話をせがまれている。


 年は十歳以上離れているが、実は帝の長兄である美仁はるひと親王様と俺は一つしか年が変わらないためか、なんとなく兄代わりにさせられている気分だ。


 種のときもそうだったのだが、俺自身が末っ子ということもあってか、年下に頼られると悪い気はせず、兄貴面したくなるんだよね。


 そんなわけで、帝の覚え目出度き俺と誼を結びたいと願う者が多くなり、連日のようにあっちこっちとお誘いが来ているのだ。


「お誘いいただけるのは光栄ですが……」


 私的な宴席ともなるとお酌をする者がいるわけで、当然それは綺麗どころ……と言いたいが、多くの貴族は財政的に芸者を大量に呼び寄せるほどの余裕があるわけではないので、これを担うのはその家の姫だったり、奉公している下級貴族の娘だったりすることが多い。


 ぶっちゃけて言えば……


「どうぞ召し上がれ(意味深)」


 ということだ。




 この時代の武士の結婚というのは非常に面倒が多く、武家諸法度によって勝手に婚姻することを禁じられ、必ず幕府への届け出とその許可を受けてからでないと話を進められない。これは幕府の与り知らぬところで縁付いて連帯されないようにという思惑からであり、相手が公家となると、さらに審査は厳しくなる。


 とはいえ、これは正妻に対する話であり、側室に関してはあまり規制されることはなく、むしろ旗本ならば五人までなら妾を持ってもいいという基準があったりするくらいだ。これは後継男子を産み、家を保つという大きな目的のためである。


 どうして側室だと問題ないかといえば、その存在は「妻」ではなく、あくまで「使用人」の一人に過ぎず、家族の一員ではないということ。であれば、家同士の結びつきにはならないでしょという理屈だ。


 側室出生の男子は正室の養子とされることが多いのだが、これはその子が家督を継ぐなどしたときに、当主と正室の子であるという身分を持つことで継承の正当性を内外に示すと共に、後継者の養母という形で正室の立場を保障するといった意味合いもあったりするのだとか。


 まあ実際のところは生母である側室が権力を握るとか、殿様が側室の身内を重用したりした結果お家騒動勃発……なんて話は往々にしてあることなので、あんまり意味ないよなといった感じではあるのだが、そういったわけで側室ならば結構ハードルが低いと見られ、こうして気軽に声をかけてくるわけだ。




 やんごとなき姫君が妾に出されるのかと思うかもしれないが、貴族というのもピンキリである。


 幕臣が将軍に拝謁出来るか否かで旗本と御家人に分かれるように、貴族も御所に昇殿出来るか否かで身分が分かれる。前者を堂上家どうじょうけ、後者を地下家じげけと言い、公家と呼ばれるのは堂上家のことを指す。


 ちなみにその禄高は、堂上家の最上である摂家筆頭近衛家でも三千石弱と、実は藤枝家より少ない。それより下の清華家や大臣家、羽林家は良くて数百石、更に下の地下家となれば、それこそ禄は雀の涙だから生活は中々に厳しい。


 少禄の旗本や御家人でも、生活に困窮して娘を吉原へ身売りしたなんて話も聞くから、貴族社会でも同様のことがあるのは想像に難くないだろう。


 正妻として迎えてくれる家があればいいが、結納にも金がかかるし、なにより数に限りがある。溢れてしまった娘はどこかに奉公へ出るか、金持ちの商人などに身受けしてもらうか、さもなくば口減らしのために尼僧となるか。とにかく養ってくれる相手を見つけることは、彼女、そして家にとって死活問題なのだ。


 そんなところへ舞い込んだ俺という存在は、自分で言うのも烏滸がましいが優良物件だろう。上手いことお手つきになれば、娘の引き取り先は決まるし、後々援助を……なんてことも考えられるわけで、そりゃ必死にもなるよな。




 まあ、身持ちの堅い藤枝治部はそんなことで靡きは……と言いたいところだが、これが結構厄介だったりする。


 何でかと言うと、おしなべて皆さん美人さんなんだよね。宛てがうために厳選したのか知らんが、貧しくとも貴族の娘という矜持を持ち、凛とした雰囲気を感じる。


 ……のだが、その割には男の扱いが非常に手慣れている。貴族の姫様というと、なんとなく和歌を詠んだり、かるたで遊んだりといった箱入り娘で男に免疫が無さそうなイメージなんだけど、彼女たち地下家や堂上家でも禄の少ない家は、収入を得るために家人総出で内職に精を出したり、外に出て働いていたりする。意外と社会と関わりがあったりするのだ。

 

 そして今言った社会とは、表社会だけに限らない。例えばだが、絵の得意な姫は内職で花札の製作なんかをしているが、それを自分で納品に行くらしいんだよね。何処へかって? そりゃ花札を必要とするのは鉄火場、要は賭場ですよ。怖いお兄さんたちが大勢いるところへ入り込んでいるんですよ。


 よくそんな場所を知っているなと思うかもしれないが、この時代の賭場ってのは、寺や貴族の屋敷で開帳されていることが多い。この二つは町奉行所が直接踏み込めない区域ということで隠れ蓑にし易いのだ。


 そして当然その家の姫はそれを承知だし、花札を届ける姫もその家へのお遣いと称すれば怪しまれることもないわけだ。彼女たちの生活エリアと背中合わせの場所に裏社会が存在しており、それはこの時代において暗黙の了解みたいなところがある。


 それだけ聞くと危険な匂いしかしないんだけど、貴族の姫様相手となると侠客たちも丁重にもてなすし、自分たちとは違う世界の珍しい生き物とあってか可愛がるらしい。たまにお小遣いをくれたりなんてこともあるようだ。未来で言うパパ活に近いかもしれない。


 ということはだ、彼女たちは未来で言うところのギャルなんですよ。表の顔は貴族のお姫様だが、その素顔は切った張ったが日常茶飯事の荒くれ者と接する肝の据わったパパ活女子。見た目で判断したら痛い目を見る清楚系ビッチなんよ。性行為こそしてはいないようだが、似たようなものだろ。


 以上の現状を見るに、男に免疫が無いなんてイメージは幻想にしか過ぎない。むしろこちらに話を合わせてヨイショしてくるし、男が喜びそうな仕草もよく知っている。そして何よりボディタッチを含めて距離感が近い。


 未来でこれに近い仕事というと……完全にキャバ嬢だわ。


 そんなちょっと油断すれば骨の髄まで吸われてしまいそうな状況において、俺がどうやって理性を保ったかと言えば……






 脳裏に種の笑顔(闇)を思い浮かべること。






 これに尽きる。どんな魑魅魍魎も寄せ付けない魔除けだ。


 とまあ、冗談はさておき、江戸へ戻ればすぐに祝言を挙げる身であるから、今の段階で側室だの妾だのと考える余地はありませんという堅物スタイルで押し通してきたわけだ。


「あまり真面目すぎるのも如何かと思うがのう」

「私はそちら方面の甲斐性はあまり持ち合わせておりませんので」

「よいよい、其方との縁を我が近衛だけが持っておるというのも、麿たちにとっては悪い話ではありませんからな」


 他の貴族とつながらなくて重畳と、内府様が隠し立てすることもなく本音でぶっちゃけてきた。たしかに近衛としてはそれが一番良いのだろうけどな。


「さて、そろそろお見えになる頃合いかな」


 ちなみに今日の日課は和歌の講習。


 これまでお誘いのあったのは酒宴がメインだったのだが、年が明けて宮中で歌会始が開かれると、あちこちの公卿の屋敷で歌会が開かれるようになり、ついに俺もお呼ばれすることとなった。


 酒宴ならば飲んで食って蘊蓄を語っていれば良かったのだが、歌会となれば俺も何か詠まなくてはいけない。知識が無いわけではないが、都人に敵うかと言われれば怪しいので、今日は和歌を家業とする冷泉家の御当主に指南いただくこととなった。


「冷泉様、お着きにございます」

「おおそうか。治部殿、用意はよろしいか」

「支度は整ってございます」


 こうして内府様に連れられ、冷泉卿の待つ部屋へと向かうこととなったのだが……




「おお冷泉殿、お待たせいたしましたな」

「いえいえ、内府様のお頼みとあれば。して、そちらが藤枝殿でございますな」

「藤枝治部少輔基行と申します。よろしくご指南くださりませ」

「お初にお目にかかる。冷泉為章れいぜい ためふみと申す」


 内府様と冷泉卿は昔なじみのようで、かなり親しいご様子。今日もふらっと散歩ついでに寄ってみたくらいの雰囲気だ。


「これは噂通りの美丈夫にございますな」

「噂?」

「如何にも。姫たちの間で噂になっております。野蛮な東夷あずまえびすと思いきや、涼やかなる知的な御仁じゃと」

「それは褒めすぎでは……」

「いやいや、現にこうして貴殿の顔を一目拝もうと押しかけて参った女子がおりますしな」


 うん。紹介があるだろうと思っていたから黙っていたけど、気にはなっていた。為章卿の隣に姫君が付いているからな。


 話を聞くに、どうやら彼女は妹君のようだが、話のとおり本当に俺の顔を拝みに付いてきただけなのだろうか? まさか酒宴の場でそれとなく匂わせても相手にされないから、直接交渉に来たとかじゃないよな? だとしたら非常に困る。


「お兄様、まずはご挨拶させていただかねば」

「おおそうじゃったの」

「お初にお目にかかります。冷泉為章が妹、綾子りょうこにございます」


 しかし、これだけはハッキリ言える。あくまで俺の嗜好によるものだが、京で会った数多の姫君の中で、一番美人どストライクかもしれない……



◆ ◆ あとがき ◆ ◆


冷泉為章の父為泰には、公家に嫁いだ2人のほかに仏門に入った娘が何人かいるらしいので、綾子はその中の1人ということでご了解ください。なお、娘たちの名前は記録に残っていないので、名付けについては創作でございます。


|д゚)チラッ マタ "アヤ" ガフエタワネ……

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