若き薬種商への提言

 昭和の終わり頃、家族電脳ファミコンという遊具が生まれた。


 電視遊戯テレビゲームという新しい遊びは子供たちの人気を集め、その市場規模はまたたく間に拡大した。それによって、元々電脳機器に関与していなかった異業種の会社までもが次々に遊戯媒体ゲームソフト制作に参入したのだが、その結果どうなったかと言えば……


 そう、糞遊戯クソゲーの乱発である。


 超・配管工兄弟、竜退治冒険譚、街路闘士弐とか、中には後世まで名作と言われたものもあるが、その何倍、何十倍もの糞遊戯もまた、同時に世に送り出されたのだ。


・自分の背丈の半分くらいの高さの穴に落ちたら死ぬ洞窟探検家

・強打者だけ何故か犠打の態勢でも本塁打になる野球

・人気お笑い芸人監修で話題になったけど、理不尽なまでに攻略法が分からず、問い合わせが殺到しすぎた結果、「担当者は死にました」という名言が残る

・「せっかくだから、俺はこの赤の扉を選ぶぜ!」byコンバット越前


 以上はほんの一例で、他にも色々あった。とかく黎明期というものは数多くの粗悪品が世に蔓延るのが常であり、市場が成熟して消費者の目が肥えてくると、必然的に質も高くなっていく過程を経て悪質な業者は淘汰されていくものだと大人になってからは理解できたが、新品なら最低でも四、五千円という子供にとっては大金はたいて買ったそれが、糞糞糞だったときの絶望感は半端ではなかった。


 自由な競争というのは、一方で駄作、不良品を掴まされる可能性も高いということだ。




 これが例として挙げた糞遊戯ならば、購入者が「騙されたクソクソクソ!」と叫ぶだけなんだけど、生活必需品でやられてしまうと非常に困るわけだ。


 しかもこの時代は情報網の発達がまだまだなので、悪質な業者の噂が広がるまでに時間がかかる。未来のように電脳情報網インターネットSNSのような簡単に情報収集出来る道具は無いからね。


 それで自由な商売を認めようなんて日には、どこかで阿漕な商売をして不正に利益を上げた者が、今度は違う街に来て同じ手口でボッタクリするなんて話もありえるし、知識も経験も無い素人が不手際を起こして、市場に対する不信感を植え付けてしまうなんてことも考えられる。


 なので、そういう質の良くない業者の発生を防ぐために、素性が確かで、一定の資格を持つ者、言い換えれば顔が見えて看板がしっかりしている者だけが許可を受けて商売することが出来るという株仲間のシステムは、商品の品質安定とか客に対する信用度という点において、一定の効果はあると俺は考える。奉公先で商売のイロハをしっかり学んでから店を持つことになる暖簾分けという制度も、この時代にあっては理に適ったものであろう。




 もちろん決まった者だけが利益を独占するシステムだから、利権絡みで役人との癒着が酷いという問題があって、賄賂政治の温床となる懸念は確かにある。というか、実際に現在進行形で横行している。


 しかし一方で官憲に近いということは、官から見ても監督業務がやりやすいとは考えられないだろうか。不特定多数の業者を隅々まで管理監督するのは難しくても、株仲間に関する届け出は奉行所などが管理しているのだから、加盟者の把握くらいは出来るはずだ。


 それで何をするかと言えば、品質管理やら価格統制などについて、必要に応じて役人がすぐに査察に入れる体制を作ることだ。見られる可能性があると知れば、そうそう悪いことも出来ないだろうし、公権力を使った価格統制も可能だろう。


 史実では米価などの統制が全く機能しなかったと聞くが、それは商いに関わるべきではないという考えから、あまりにも商人たちを自由にさせすぎた結果、富が集中してしまったが故に、金を借りている側の武士があまり強く出れなかったことも要因かなと思う。なので行政機関として、ある程度の引き締めは実施すべきだと思う。


 もちろんそれを極めすぎると、所謂計画経済とか社会主義になってしまうので、それはそれで話が変わってきてしまうが、なにしろこれから新しい事業を次々と始めようという時代なのだ。制度や法整備が実情に追いつくまでは、役人がかなりの時間をかけて見張る必要があるだろう。


 時代が経って売り手買い手双方の目が肥えた後には、規制を緩めるなんて未来もあるだろうが、現時点では決められた商家だけが取り扱う資格を持つという株仲間の制度は、市場を守るという意味において必要悪だと思う。不正的な話は役人側の問題なので、意知殿あたりに頑張ってもらわねばならないだろうけど。(完全に人任せ)




 ……と、話がだいぶ逸れてしまったので、近江屋さんの話に戻そう。


 奉行所に株を取り上げられてしまった店は公に商いは出来ない。今のところは同族の商家や同業者の仕事を手伝う形でどうにか経営は続けられているものの、株が無いとなると暖簾分けしてあげることも難しい。


 しかし、長年店で真面目に働いてきた使用人に、なんとか自分の店を持ってもらいたいと考えたご主人は、あちこちに頭を下げ、現在所有者のいない空き株を見つけて一族の名義で手に入れてもらい、長兵衛さんに与えたのだという。




「ということは暖簾分け自体は」

「はい。来年あたりには店を開けるよう準備しております」

「ならばどうして浮かない顔を?」

「世話になったお店が苦しいときに、自分だけ逃げ出すような気がしまして……」


 長兵衛さんは律儀な方なのだな。世話になったお店の苦境を知りつつ、独立しても良いものかと悩んでいるのだろう。


「気になさるのは当然のことかと。なればこそ、立派に暖簾分けされたお店を切り盛りすることこそ、ご主人への恩返しではないでしょうか」

「そういうものでしょうかね?」

「そうでなければ、ご主人がわざわざ貴方のために株を手配はしますまい」


 暖簾分けというのは分けた方にも責任が生じる。だから信頼出来る者にしか株を与えることはしない。自身の店が大変なときなのに動いてくれているというのは、長兵衛さんの才能を見込んでのことだろうし、長年店に尽くしてくれたことに報いようとする御主人の想いがあるのだろう。


「御主人に見込まれたのですから、自信を持ってよろしいかと。とはいえ、これから新たにお得意様を作ったり、奉公人を雇ったりと、やることは色々とあるでしょうが」

「そこなのです。主からお得意先を少々譲ってはいただきましたが、商いを大きくするにはまだまだ少なくて」

「そこはじっくり腰を据えて……ですかね」


 近江屋は薬種問屋から買い付けた薬を小分けして、地方の薬商や医師に販売する"薬種仲買商"という形態である。よって各地の医者や薬商との伝手が重要だ。


 長兵衛さんは御主人から出羽方面のお得意様をいくつか紹介してもらったそうだが、そこから先は本人の努力次第。とはいえ、自ら全国を飛び回る……というわけにはいかないから、手持ちの顧客に誠実な商いをした上で、その評判を基に販路を拡大するしかないだろう。地道な努力が必要だ。


「その通りにございますが、新たなお得意先を見つけるのに一つ案がございまして」

「なにか策がございますのか」

「蘭方医の皆さまです」




 オランダ医学は当然のことながらオランダ人(俺の師匠はオランダ人じゃないけど……)医師から教わるので、最初にそれを知るのは長崎通詞たちであり、彼らの手でオランダ流外科が広まり始めた。俺がお世話になった吉雄殿もそうだが、彼らは通詞であり医者でもあるのだ。


 ちなみにここで言う外科とは、投薬で治療する「内科」と、手術によって治療する「外科」という未来的なイメージでの区別ではなく、東洋医学を内科、西洋医学を外科と分けており、その真意は「医学の外」という意味だったりする。


 要は従来の漢方医たちから、「あれは医学じゃない。一緒にするな」という批判があったからなんだろうけど、それに反して、解体新書の刊行を機に蘭方医学に関する研究や書籍が徐々に世に出回り始めると、これを学ぼうとする者がどんどんと増えている状態だ。長兵衛さんはこのあたりに開拓の余地があるのではないかと見ているようだ。


「不躾なお尋ねかもしれませぬが、蘭方医の皆様は普段どのような薬を使われておられるのでしょうか」

「んー、私は開業医ではございませぬゆえ確とは申せませぬが、漢方医の皆様と薬はそれほど変わりませんよ」

「……そうなのですか?」


 長兵衛さんが不思議な顔をしているが、それはそうだろう。蘭方医が処方する薬だって、今この国で手に入る素材でしか対応することは出来ない。ツンベルク先生に教わったスウィーテン水のような例外こそあれど、あれだってこの国で手に入るか、大陸から輸入するかで入手した材料で作られたものだ。知識は輸入しているが、材料をヨーロッパからという段階には至っていない。


 なので、実際は漢方医も使う薬を配合や分量を少し変えたりして使っているのが実情である。


「そうなのですか……」

「いや、しかし目の付け所は悪くありません。漢方医の数を超すとまでは言いませんが、これから蘭方医の数も増えていくでしょう。この先彼らと懇意にしたいのならば、オランダ医学をよくお知りなさい。医者の方も自身の処置方をよく理解した薬種商と取引したいでしょうからね」

「なるほど……」

「そして、これはどのくらい先になるか分かりませんが、オランダ医学が今以上に世間に受け入れられるようになれば、直接オランダから薬を輸入するという日も来るでしょう。当然そのとき、扱いに詳しい薬種商の方が取引しやすいというもの。先の長い話になりますが、心に留め置かれるがよろしいでしょう」

「藤枝先生の金言、しかと心得ました。いやいや、有難いお話をお伺い出来て無理にお招きした甲斐があったというもの。出来ますれば今後も是非よしなにお願い出来ますれば……」


 さすがは根っからの商人、ちゃっかりしている。俺と知り合ったという機会を逃すまいと、しっかり念押しされてしまった。


 まあ……本当にそういう日が来たとき、彼がその教えを覚えていたとすれば、蘭方医にとってはありがたい存在になるかもしれないからな。懇意にしておいて損はないかもしれない。




――こうして翌年、道修町堺筋南西角で薬種中買商として独立した近江屋長兵衛は、天災や飢饉で世間が騒然とする中、堅実な商売を展開したことで一代で良く財を成し、後に実現する西洋医薬の輸入に関し大きな功績を果たすこととなるが、それはまた後のお話……




◆ ◆ あとがき ◆ ◆


 史実ではこの長兵衛さんの近江屋が西洋医薬を取り扱うようになったのは明治維新の後です。

 そのとき当主であった四代目長兵衛は、同業者に先んじて西洋の薬に着目し、仕入組合を作った上で外国商館との取引を始め、それまでの和漢薬中心の業態から転換を図り、近代化の礎を築いたとか。

 ちなみにこの四代目の頃に戸籍法というものの施行があり、それまでの「近江屋」から「武田」へと姓が変わったわけですが、実はこの会社、令和の今でも日本有数の製薬会社として存在しております。

 どの会社かって? 苗字のまんまです。

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