【他者視点】種ちゃんはHugが好き(種姫)

<前書き>


本話は200万PV突破記念としてサポーター限定で先行公開した作品です。公開時点ではネタバレになると考えて削った部分の追記と、種の年齢の微修正をしての再投稿となりますのでご了承ください。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「では行ってくる」

「お気を付けて行ってらっしゃいませ」


 お城での変事を鎮めた後も、旦那様は米に頼り切った我が国の農産を根本から変えようと、各藩に新たな農産品の奨励と、その農法を伝授する日々が続いております。


 そのおかげをもって旦那様の名声は日に日に増していき、今や正式に官位を授かるほどにまでご出世あそばされたわけですが、本当は忍三万石を与えられるというお話だったとか。


 どうしてお断りになったのかと尋ねれば、半年も領地に滞在しなければならないのは不都合だからと仰るのです。


 つまり、私と半年も離ればなれになるのが嫌で、三万石を捨ててまで江戸に留まる選択をされたのです。(違う)




 しかし……江戸におれば江戸におったで、旦那様は今日もお忙しゅうございます。


 昨日は薩摩様、今日は上杉様と堀田様、そして明日はお兄様の白河藩。田安にも頻繁に顔を見せておりますし、まったく……休む間が無いではありませんか。屋敷でゆっくりする時間が無いということは、私と共にいる時間が無いということでもあります。(ワガママ)


 しかも……今度は京へ上り、改暦のためにあちらの天文学者たちと意見交換をしてこいとの命を受けたとか。


 旦那様はこの世でただお一人。倒れでもしたら如何致すと言うのでしょうか。


 出来ることなら、この身をもってお慰めして差し上げたいところなのですが、旦那様に申し出れば「まだ早いからね」と窘められてしまいます。


 そんなことはないと思うのです。聞けば加賀前田家の藩祖利家公の奥方は、齢十三で第一子をお産みになられたと聞きますから、正月で十六になった私もヤッてヤれないことはないと思うのです。


 しかし……私と旦那様を何ヶ月も引き離すとは、大納言様は何を考えておられるのやら。


 治察お兄様は困り顔で、「軽率な真似はするでないぞ」と仰せでしたが、まるで私が何かを仕出かすような物言いではありませんか。


 私も子供ではありません。旦那様の知恵がこの国のために大いに役立つことは重々承知。故にお忙しくされておられるのだと思えば、「行かないで」などと女々しきことは申しません。


 ただ……ちょっと殺意が湧いただけです。誰に、とは申しませんが……(無表情)




「茂質様、このようないかがわしい……」

「待ってください。私は先生に頼まれただけで……」


 旦那様をどうやってお慰みすればよいかと思案しながら部屋に戻る途中、部屋の中で茂質様と綾子さんがなにやら言い争っている声が聞こえました。


「お二方、何をそんなに揉めておりますの」

「これは奥方様」

「いえ……あの、大したことではなく」


 何でしょう? 二人とも私の顔を見るや、さっきまでの勢いは何処へ行ったのかというくらい慌てております。


「大したこともないのにそんない言い争うことがありますか。正直に仰い」

「実は……茂質様がいかがわしき蘭書を訳しておりまして」

「いかがわしい……?」

「奥方様違うのです。とある大名家より、かつて入手した蘭書を解読して欲しいと依頼があり、先生が私の蘭語習得に役立つだろうとお任せ頂いたもので……」

「その書物がそうなのですね」


 ふと見れば、机の上に蘭書と思しき書籍が置かれております。


「お見せなさい」

「されど……」

「私も旦那様に蘭語は教わっております。全てとは言わずとも、見ればどのような書であるかくらい分かります」

「いや、その……お目汚しにて……」

「……見せなさい」

「……はい」




 どれどれ……


 愛している……貴方を食べてしまいたい? 唇が……乳房が……? これって……の描写よね……


「なんですの、これは」

「我が国で言うところの戯作のようなものですね」

「い……いかがわし過ぎます!」


 一言で言うならば男女のまぐわい、即ち性行為を描写する戯作のような読み物。なんでこのようなものを解読してくれなどという依頼が舞い込んだのですか……


「かつて蘭書導入の禁が緩められた際、当時の御当主が流行りに乗って購入したそうで」

「こんなものを?」

「恐らく……読めないのを分かっていて、オランダ人に上手いこと買わされたのではないかと」


 そういうことね。何が書いてあるか分からず、旦那様に頼んだのはいいが、実は中身は……だったというわけね。


 しかし……これは役に立つかもしれません。


「茂質様、訳文は出来上がっているのかしら」

「ええ、こちらに。されどこれをそのままお相手に見せても良いものかと、先生に相談しようかと思っていたところです」

「少しお借りしてもよろしいかしら」

「え……奥方様がお読みになるので」


 茂質様は姫君が読むようなものでは……と渋っておりましたが、どうしてもと言うことでお借りすることが出来ました。


 うふふ……これを使えば……




<その日の夕刻>


「ただいま戻りました」

「今日もお務めご苦労様でございました」

「ん? 種、着替えなら一人で出来るぞ」

「今日は私がお手伝いいたします」

「左様か」


 旦那様がお戻りになり、部屋着に着替えるところを私がお手伝いいたします。


 いつもはお一人でササッとお着替えになるので手伝いは必要ないと仰せのところ、今日は私が手伝うと申すと、いささか不思議そうな顔をされましたが、身に付けていたものを外すと、一つ一つ順に私に預けてまいられました。


(ここが好機!)



――ギュッ



「た、種?」

「しばしこのままで……」


 私に背を見せている隙に、私は後ろから手を回し、旦那様に抱きつくような格好になります。


「一体どうした?」

「オランダでは親愛の情を示すのに、このようにすると書物にて」

「茂さんに預けた蘭書だな……」


 旦那様は一瞬驚いたような表情をしておりましたが、私がオランダの……と申した瞬間、何をしているのか即座に理解されたようです。


「まったく……だから見られないようにと茂さんに預けたのに」

「相済みませぬ。たまたま目に入ってしまったもので」

「しかし……急にどうして?」

「京で旦那様が名を上げれば、やんごとなき姫君たちに見初められてしまうやもしれませぬゆえ」


 これだけの才をお持ちの方と知られれば懸想する御方も現れるでしょうが、京の地にあっては私も防ぎようがございませぬ。


 まして、あちらの姫君はたいそうお美しいと聞き及びます。旦那様の女っ気の無さは重々承知しておりますが、純真無垢な故にその色香に惑わされ、気付けば毒牙に……という可能性は否定できません。


「だから其方を忘れぬように私の記憶に刷り込んでおこうと?」

「さすがの姫君たちもここまでは出来ますまい。真に旦那様に触れることが叶うのは私だけの特権です」

「外でやってはなりませんよ」

「分かっております。二人きりのときだけですわ」


 はぁ~それにしても書物にあったとおり、こうするとなにやら気持ちが高揚すると申しますか、離れたくなくなってしまいます。


 それこそ、かつて一緒に床に就いたときに、優しく抱きしめてくださったときと同じ感覚でございます。


「いずれ、この先も旦那様と致しとうございます」

「まだ早いですよ。もう少し身体が成長してからです。だいたい、まだ祝言も挙げておらぬのですから。自重なされませ」

「はーい」


 旦那様は子供を諭すように優しい口調で窘めておられますが、顔が赤いですわよ。


「外で女を作るとか……死ぬわ」

「何か仰いました?」

「い……いや、種の気持ちは重々承知しておるぞ」

「うふふ、それならようございました」


 なんだかんだ言って、旦那様も満更ではありませんのね。うふふ……



◆ ◆ あとがき ◆ ◆


君と寝ようか三万石とるか なんの三万石まだ寝てないけど


補足:前田利家の妻(まつ)の出産ですが、文中の十三歳は数え年なので、満年齢だと11歳11ヶ月らしいです。(ちなみに話中の種ちゃんは数えは十六ですが、満年齢だと15歳になったかならないかくらいです)

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