未来の与太話

 人は自身がどれほど努力しても追いつかぬと感じる才能を持つ者を"天才"と言う。


 天賦の才。そう言ってしまえば、何もかもが「アイツは天才だから」で方がつくからだ。


 言われる方は努力してその地位にいるんだと言いたいところだが、多くの人にとって才能が身に付いたプロセスは関係の無い話だからね。




「何者と問われても……直参旗本四千石、藤枝外記としか」

「違う。お前さんの知識の根底にあるものが何かを知りたいんだ」


 ただ、源内さんはそうではないらしい。


 この人は本物の天才だ。進取の気風を持ち、世間からは万物に通じた人物と見られている。その男から見て、俺は異質な存在に映り、故にそれが何によるものかを知りたいようだ。


 俺もこの世界では天才と謳われている。もっとも源内さんとは違い、未来の義務教育で得た知識という、この時代の人にしてみればチートズルとも言えるもので下駄を履かせた状態から生まれた存在だ。


 しかし、だからこそ本物の天才にはそれが不思議に見えるのだろう。


「お前さんの努力を否定する気は無い。だけど、何も無いところからそこまでの才を身に付けるのが並大抵のことじゃないのも事実だ」

「……そこまで見抜かれているならばお教えしましょう。ただし、この先お話しすること、他言無用にてお願いしたい」

「なんでえ、随分勿体ぶるじゃねえか」

「私には、未来を生きていた人の記憶があるのです」

「へ?」




 その人物が生きていたのは、およそ二百五十年後の令和という時代であること。この時代では到底解明されることのない科学技術をもって、人々の生活はより便利になっていること。そして、一般庶民に至るまで教育を受けることが義務と定められ、必要最低限の知識を有する機会が与えられていることがその礎になっていることを話すと、源内さんはキョトンとした顔をしていた。


「オランダではなくイギリスの言葉ではございますが、外国語の教育も受けておりました。私がオランダ語を解することが出来たのは、そのときの教育によって外国の言葉を身近に聞いていた慣れがあったからこそです」

「……電気を知っていたのもその教育とやらのおかげかい?」

「そうですね。万人が初歩の教育を受け、優れた才のある者は得意な分野でさらに高度な教育を受けたり、研究をするといったところでしょうか。残念ながら私は電気に関しては初歩の教育だけなので、細かい知識はありません」


 それでもその箱、後世エレキテルと呼ばれるそれが、源内さんの手によって修復されることは知っている。そして、子供だましの見世物としてしか世間では認識されないことを。


「子供だましの見世物……そんなはずは」

「電気の力が人々の暮らしを豊かにするものであることは間違いありません。しかし、この時代の技術でそれを成すには、途方もない時間と労力、資金が必要になりましょう。そして、それを理解してくれる人物はこの時代にはおりません」

「まるで見てきたような言い方だな」

「見たわけではありませんが、過去の事象や政治体制などを学ぶ学問もありましたので、源内殿や田沼様、賢丸様などがどういう人生を歩んだのかはある程度知っております」

「……その未来のアンタが知る平賀源内は、幸せな人生だったかい?」




 虚ろな目をして源内さんが問いかけてくる。正直に言って答えにくいよな……


「……その様子だと、あんまり楽しくない人生だったようだな。構わねえ、教えてくれ」

「そう仰るならば隠す必要もありませんな。貴殿の最後は罪人として獄死です」

「獄死……!? 一体どうしてオイラが捕まるってんだ」


 無理もない。たしかにこの人は破天荒でペテン師気質だが、人を傷つけるような人間ではないし、本人にもそういう意図は無いだろう。だが最後は罪人として牢屋に入れられ、そこで最後を迎えるのだ。


「私も細かいところまで知っているわけではありません。過去に生きた一人一人の人生をこと細かく追うなど人間に出来る芸当ではありませんからね」

「知っている範囲でいい。オイラは何をやらかしたんだ」

「人殺しです」

「なんだって……」




 鉱山開発の失敗や事業の不振で、あまり余裕が無い家計を助けたのがエレキテルだ。源内さんはこれを見世物として披露することで世間の注目を一身に浴び、木戸賃によって懐事情も多少潤ったが、ブームは長く続かなかった。


 そしてその次に源内さんが手がけたのは建築業だった。




 ある日、久五郎という大工がとある武家屋敷の改築を請け負うことになったのだが、その費用を知った源内さんが「俺ならもっと安くできる」と難癖をつけた。


 その話を聞いた久五郎は、ふざけるな、こっちは適正な価格で見積を出しているぞと言い合いのケンカに発展してしまい、発注者である武家の方も困ってしまい、とりあえず二人一緒に工事を行うということで落着したらしい。


 それで一緒にやるのだから仲直りをしようと酒宴が開かれたのだが、その最中、源内さんは自分が算段した設計書や見積書を見せ、それが彼の言葉を証明する見事なものだったので、久五郎をはじめとしたその場の者は皆感心したんだそうだ。


 ……と、ここまではよかったのだが、源内さんは下戸だったというのに、皆からスゴいスゴいと褒め称えられて調子に乗ったのか、その日は酒を飲んでしまったようで、そのまま久五郎とともにぐっすり寝てしまった。


 そして、朝方目を覚ますと、夜中に披露した自分の設計書が見あたらない。


 盗まれたと思い込んだ源内さんは寝ている久五郎を叩き起こし、その在り処を問いつめたのだが、久五郎にしてみれば起き抜けにいきなり冤罪をかけられたものだから二人は口論となり、カッとなった源内さんが久五郎を斬り付けて殺してしまった。


 ところが……書類はちゃんと源内さんが持っていた。勘違いとはいえ人殺しには変わらない。こうして源内さんは罪人として小伝馬町の牢獄に入れられることとなったのだ。


 俺も何かの本だか記事で読んだだけなのであやふやなところも多いが、概ねそんな感じだったと思う。




「未来のオイラは大工の仕事にまで手を出したってのか……」

「私も文献などでしか知らぬ話なので、どこまで本当か分かりませんが、余程金に困っていたのでしょう」

「はぁ……参った参った。随分と手の凝った与太話だねえ。そういう才能までオイラより上とは……全く勘弁してほしいね」


 話が一通り終わると、源内さんは頭をガシガシと掻きながら、俺の話を作り物だと断じた。


「与太話でこんな話が作れるわけないでしょ」

「いやぁ、相手は鬼才藤枝外記だぜ。俺以外の誰が聞いたってそう思うさ」


 俺が本当のことだと言っても、源内さんは笑って首を横に振る。たしかにこんな話、信じろと言う方が無理があるけど、それでも源内さんが相当思い詰めていたようなので、意を決して真実を明かしたのだが、やはり信じてはもらえないか。


 まあ……信じてくれなくても特に困ることは無いしな。




「気を遣ってもらっちまってすまねえな。お前さんは、オイラが名声や富にばかり目を向けているように見えていたから、それでは身を滅ぼすと言いたいんだろう。普通にそんな苦言を呈しても耳障りだから、未来の話なんて体にして忠告してくれたんだろ?」

「そういうつもりでは……」

「いいってことよ。たしかに最近悪い方へばかり考え込むことが多くてね。今だってお前さんに謂れの無い疑いを向けてしまった。勘弁してくれよ」

「それならよろしゅうございますが、これだけは申し上げておきます。源内さんの才は本物です。その力をもう少し、民が見ても分かるような形で有為に使えれば」

「分かった分かった。もうちょいと真面目に研究に没頭してみるよ」


 そう言うと、源内さんはスッと立ち上がり、俺に背を向けて蘭書の棚を見つめている。


「もし、オイラの手に負えなかったら、コイツらをお前さんに任せてもいいか?」

「天下の平賀源内にその時が来るとは思いませんが」

「言ってくれるねえ。見てろよ、お前さんに負けない物を必ず生み出してみせるぜ」


 何となく、源内さんの表情が明るくなったような気がする。


 この人は普段から明るく振る舞っていたが、今日のやり取りを見るに、内心忸怩たるものがあったのだろう。自身の求めるものと、他人の評価との乖離。認めてほしいのに、世間が褒めそやすのは見当違いのものばかり。


――そうじゃない。俺が讃えてほしいのはそこじゃない。


 そんな鬱憤が溜まっていたのかもしれない。


 たしか殺人を犯したときも、狂気の故にみたいな記述もあったようなので、もしかしたら心を病んでいた可能性もあったのだろうか。今日の話で少しは胸のつかえが取れたのであれば良いのだが……




「未来を知っている奴が相手じゃ敵うわけが無えや……」

「何か仰いましたか?」

「いや、独り言さ。さて……思いがけず有難い言葉を頂戴したからな。代わりと言っちゃなんだが、いいことを教えてやろう。田安公のご子息が白河に行くそうだが、原因はお前さんにあるぜ」

「私に?」

「御老中田沼様はお前さんの力を恐れている。いや、正確にはお前さんの力が田安公と結びつくのを恐れている」




 ……源内さん、それはいい話なのかい?

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