変態は天才を知る

 電気、オランダ語でelektriciteitの存在は古代から認識されていたらしい。


 ただ、科学が未発達であったため、その原理について分かる者はおらず、長い間磁力と電気は同じものだと考えられており、それが別物であると論じられるようになったのはここ百年の間になってからだという。


 で、どうして俺がそのことを知っているかというと、オランダからもたらされた文献によって、電気を貯めることの出来るライデン瓶という器具の存在と、それを用いて雷が電気であることを立証したベンジャミン・フランクリンの実験の話を知ることが出来たからだ。


 これらは今から二、三十年前の話であるが、この時代においては最新鋭の技術と理論と言っていいだろう。


 もっとも……フランクリンの実験は、糸の端にライデン瓶をくくりつけた凧を雷の鳴る中で上げ、そこへ落雷させて雷雲の帯電を証明するというものだが、雷を拾うだなんて、一歩どころか何歩間違っても死ぬとしか思えない実験だ。 


 少なくとも雷を浴びて生きていられる人物は、ピ○チュウの相棒の少年など選ばれし存在だけなので、良い子も悪い子も絶対に真似してはいけない実験だと思う。


 子供の頃に見た伝記では、へぇ~そうなんだぁとしか思わなかったけど、今考えると危ないよね。電気だけに。




 ……話を戻そう。実を言うと、それが日本にも伝わっていたのには驚いた。この国で話が伝わらなかったのは、電気の概念がそもそも無い状況で、それをオランダ語で解説されても理解できなかったためなのかもしれない。


 それを、僅かばかりながら知識のある俺が知り得たのは偶然と言うべきか。


「外記さん、アンタ何者だい?」

「……仰せの意味が分からぬが」




 源内さんが胡乱な目を向けてきた。その不穏な気配に、咄嗟にとぼけてみたが疑いの眼差しが消えることはない。


「コイツがお前さんの言う電気とやらを作る道具だってことですら、オランダ語に通じた西さんの通訳でなんとか分かったんだぜ。当然原理なんて分かっちゃいない。でもそれをアンタは分かっているようだ。長崎に行ったことも無ければ、オランダ語だって青木先生に僅かばかりの単語を教わっただけのアンタが、だ」

「蘭学に関しては人に負けぬだけの努力はしたつもりですが」

「そのことを否定する気はねえ。そうでなきゃ、解体新書の刊行なんて出来るわけがねえしな。だけど言葉が分かったから何もかもが理解出来るわけじゃねえ。アンタはまるで、それを学ぶ以前から知っていたんじゃねえのかってくらい落ち着いている。餅の絵のときも、丑の日の話も、そしてコイツを見たときもな。アンタはオイラが想像するより遥かに先を見据えているように思えてならねえ」


 そんなわけがないでしょう。と言いたいところだが、源内さんの言葉は概ね合っている。


 細かい部分は実際に見聞きして詳しく知るところも多いが、俺には未来を生きていたときに学んだ記憶というベースがあるので、完全な初見というわけではない。


 周囲はそれを蘭学の成果による知識と納得しているようだが、実際はそれより以前から知っているんだよな。


 だから、歴史上の人物に会ったときや出来事に遭遇したときに、「これがあの○○か」という感動や驚きはあるけど、一方で「将来○○は△△になるんだよな〜」みたいな先が読めてしまう。多才の源内さんから見たらそのあたりの俺の態度や発言に違和感を感じたのだろうか。


「いや、止めよう。何だか俺が嫉妬しているみたいだ」

「嫉妬?」

「アンタの才能にだよ」




 そう言うと、源内さんは最近の自らのことについて語り出した。


 源内さんが秋田へ向かったのは、阿仁鉱山の採掘指導のためであったが、彼はこの他にも、武蔵川越藩の依頼で奥秩父で鉱山開発を行い、そこで石綿を発見したのだ。


「だけどオイラの思っていたほどの物は出なかった」


 阿仁の銅に多量の銀が含まれていたのを見抜いたように、秩父の山奥にも多くの鉱物が眠っていると確信した源内さんであったが、目当てだった金は産出せず、代わりに砂鉄を集めて鉄山事業に着手するものの、製錬技術が未熟だったせいか良質な鉄を作ることが出来ず、とうとう今年、秩父鉱山は休山することになったらしい。


「俺の目に狂いはない。あそこの鉱山は宝の山のはずなんだ」


 未来でも、秩父は石灰石なんかを産出していたし、過去には他の鉱物を産出していたと聞くので、俺は源内さんの言葉がウソでないことを分かっている。だが、物が出てこなければ、この時代の人に彼の言葉を証明することは出来ない。おそらく、採掘技術や製錬技術が未発達がゆえに、成果が上げられなかったのだろう。


 そして、ほかにも源内さんは、数年前に長崎で数頭の羊を買い入れ、これを郷里である讃岐志度の知人へ送り、飼育を依頼したとか。その目的は羊毛紡績と織物生産の産業化だったそうで、「国倫織」と名づけた毛織物の製作には成功したそうだが、これを本格的に産業として導入しようとする商家や大名は現われず、試作段階で終わってしまったのだそうだ。


「オイラの目には、それが人々を豊かにする未来が見えていたんだ。なのに、誰も分かってくれねえ」


 間違い無くこの人は、ほんの小さなきっかけから大きな何かを生み出す想像力があるのだろう。そして、その構想が間違いで無いことは未来が証明している。では、何故それが成功しないのか。それはひとえに、この人が天才すぎるからだ。




 源内さんは天才肌の人間がゆえに、過程をすっ飛ばしていきなり結論まで導くことができるのだろう。行動に対する結果が感覚的に分かるとでも言うべきだろうか。


 けれども、凡人にそんな芸当は出来ない。凡人は結果を導くまでに数多くのプロセスを経て、確証を得て納得した上で答えに辿り着くものだ。だからこそ、いきなり答えを提示する源内さんの言葉が理解出来ないから、誰も付いて来られないのだ。


 名前は忘れてしまったが、ノーベル賞を受賞した日本の科学者が、会見の場で記者に今回受賞した理論を簡単に説明してくれと言われ、「簡単に説明できるような理論じゃないから受賞したんだけど(意訳)」と返したという話を思い出す。


 ノーベル賞クラスの理論であれば、常人に理解出来ないのは当然だし、必要だと思った人が自発的に勉強すればいい話だが、源内さんが相手にしているのは科学技術の知識など有していない一般人だ。


 彼らに、この時代で言えばノーベル賞級の理論を、プロセスをすっ飛ばして結論から説いているようなものだから、源内さんの話は大風呂敷を広げた山師のそれとしか捉えてくれないんだよな……




「外記さんはオイラの本業を知ってるかい?」

「学者でございましょう」

「そうさ。オイラも本当はお前さんみたいに蘭書の和訳をしたかったんだ。その証拠に……そこを見てみな」


 指さす先を見れば、書棚にはこれでもかというくらいの蘭書が並んでいた。それこそ全部揃えたら、家が何軒建つかというくらいの金額になるだろう。


「伊達や酔狂で買い集めたわけじゃねえぜ。あれを翻訳して、後世に残る大著を仕上げるつもりだったんだ」


 源内さんが戯作や浄瑠璃を書いたのも、蘭書を購入するための資金稼ぎが目的だという。ただ、あまりにも人気が出すぎて、いつしかそちらが本業のようになってしまった上に、鉱山開発にまで手を伸ばしてしまったせいで、本来取りかかりたかった事業は手つかずのまま今に至っているという。


「最初は蘭書を買うだけの金が手に入ればってくらいの気持ちだったんだけどな」

「断ればよかったのでは?」

「性格かね。他の奴よりオイラの方が良い物が作れる……って、あっちこっちに手を出して、天才なんておだてられているウチにこのザマだ。その間に初めての蘭書和訳の偉業はお前さんたちに取られてしまったというわけさ」


 ……嫉妬みたいに聞こえるのではなく、これは明らかな嫉妬だね。


「俺のやりたかった蘭書の和訳は成し遂げるわ、甘藷やジャガタライモの栽培は万人に受け入れられる下地を苦も無く作り上げるわ、オマケに誰も理解出来ないこの箱の原理まで理解しているとくりゃあ……アンタが人ならざる者なんじゃねえかと疑いたくもなる。なあ、アンタは本当に何者なんだい?」


 そう言って源内さんは仄暗い視線をこちらに向けてきた。


 ……完全に心病んでますわ、この人。

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