新たな農法

<前書き>


 引き続き、『 』内のセリフはオランダ語による会話となります。(第三章完結までは同様です)

 外記の語学力はまだ完璧ではないので、実際は言葉の意味を何度かやり取りしながら理解するという過程を経て会話が成立している状態ですが、そこを全部書くと読みにくいので、必要最低限以外は省略しているとお考えください。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 フェイトさんに紹介してもらった商館の医師ツンベルクさんに色々と教示してもらう日々が始まった。


 出来る限りの学問を……とは言われているが、そんなことは無理だと分かっているので、西洋の農業を学びたいと言うと、それなら色々教えてあげることが出来そうだとのこと。


 実のところ、彼は医者として日本に来ているが、本当の専門は植物学の方らしい。厳密な農学とはちょっと違うが、植物の栽培方法などに関して知見があるということに変わりはない。


『農業を学ぶということは、この国の農法に課題があるのかな』

『そうです。我が国は米を主に育てておりますが、本来暖かい場所で育つ作物にて、寒い北の土地では実りが悪く』


 米は栄養価が高く生産性に優れ、長期間の保存に耐えられる食糧。故に税として収める作物として最適なのは間違いではないが、それは米が安定して育てられる土地であればという条件での話だ。


 天変地異に異常気象、または害虫の大量発生など、農業というものは自然との戦いでもある。


 特にこの時代の東北は小氷期ということもあって、ちょっとしたことで冷夏になりやすく、それだけで米作に不向きな環境と化してしまうのだから、余程の品種改良でもしない限り、米本位の農業を続けていれば今後も凶作や飢饉に見舞われるのは明らかだ。


『そこで寒冷地でも育つ作物をと、今はジャガイモの栽培を始めています』

『ジャガイモか……寒い土地には適しているが、それだけだと危ないな』

『危ない?』

『何年も同じ物を植えていると収穫量が落ちる作物がある。ジャガイモもその一つだ』




 植物を育てたことなんて、小学校のときのアサガオやヒマワリ、ヘチマくらいしか経験が無かったので実は知らなかったのだが、同じ植物を同じ場所で続けて栽培すると、それが原因で病気や生育不良などが発生する作物は意外と多いということを、この身になって農業を本格的に勉強してから始めて知った。


 この国でそれは忌地いやちと呼ばれており、ツンベルクさんの話を聞く限り、ジャガイモもそれに該当するようだ。


『ということは甘藷も?』

『いや、甘藷は何年も同じ土地で植え続けられる作物だ。絶対とは言い切れないが4~5年くらいは続けて植えても問題ない』


 さらに言うと、米は忌地になりにくいらしい。どうやら水を張っていることで、水から養分を補給しているためだとか。米作が普及した理由が分かったような気がする。


『同じような作物なのに、ジャガイモと甘藷で違うのですね』

『その二つは大きな区分では同じだが、細かく言うと違う植物類に分かれる』


 なんか、昔生物の授業でやったような気がする話だなと思ったら、今から二十年ほど前、ツンベルクさんの師匠であるリンネという学者さんが、植物や動物に関しての分類法を提唱したのだそうだ。


 それは、ヒト科の下に人間とかゴリラとかチンパンジーが分類されているアレですよ。歴史上でも重要な、生物学とか植物学の一大転機ではないですか。


 話を聞くに、二つは同じナス目だが、ジャガイモはナス科であり、甘藷はヒルガオ科に分類されているのだとか。同じイモを名乗っていても違うものなんだね。


『……スゴいな。ヨーロッパでもこの考えは学者たちの間で認識され始めたばかりの話だというのに、ある程度理解出来ているようだ』


 ツンベルクさんが驚いているが、理解はしていないぞ。本論の導入部を少し知っているだけだからね。VIVA義務教育の賜物ですよ。


『ちなみに、ヨーロッパではどのようにしてその弊害を解決しているのですか』

『輪作だね』

『輪作?』




 忌地を避けるにはどうするかといえば、土地の養分を回復させるため、作物を植えない期間を設けることだ。


 だが、それだと耕作地が減ってしまい収穫量は落ちる。そこでヨーロッパでは耕地を三つに分け、一つには春播きの作物、もう一つには秋播きの作物を植え、残りの一つは家畜の放牧に充てて休耕地として、一年ごとにローテーションしていく手法が採られているとか。


 そう言われて思いだしたよ、三圃制農法ってやつだ。それによって農業生産量が増えたんだよな。ヨーマンだかジェントリだか忘れたけど、そんな身分階級が生まれたとかを歴史でやったな。全く違う種類の作物を植えることで忌地を避けることが出来るらしい。


『最近はさらにそれを発展させた農法も生み出されているよ』

『どんな風に?』

『休耕地を作らないのさ』


 どういうことかと聞けば、三圃制で休耕地となっていた農地に、根菜類やKlaverなどの植物を植えるのだとか。


 Klaverを植えると土が肥沃になる効果があり、根菜類は実が生る際に土中に大きな穴を開けるため、次の栽培時に深く耕すことが出来るなどの効果があって有用なほか、休耕地が無くなるというメリットが一番大きいらしい。


 そして、現在最先端の農法が、これをさらに発展させた四圃式とでも言うべき輪作で、四つに分けた畑にカブなどの根菜類、大麦、Klaver、小麦を一年ごとに順に植えていくそうだ。


 で、ここで話に出たKlaverってのが何かと思って聞いてみれば、どうやらクローバーのことらしい。四葉のやつが幸運とかなんとかいうあのクローバーのようだが、食べられるのか?


『家畜の餌にするのさ』


 ……なるほど、ヨーロッパは牧畜も並行しているからそういう草も必要なのか。

 

 え、人間も食べることは出来る? ツンベルクさん食ったことあるんかい。


 まあ……菜の花やタンポポも食べられるし、他にも食べられる野草はたくさんあるって岡本○人さんも言ってたし、調理法次第なのかもしれない。この時代ならおひたしか天麩羅といったところだろうか。


 しかし四圃制か……カブの代わりにジャガイモでもいけるかな? 


 さらに言えば、ヨーロッパと日本で農村の成り立ちが違う。四圃制ともなると大規模農場みたいな組織になるから、それが導入出来るかという懸念もあるけど、実現できれば効果は大きいかもしれない。


『それと、寒い地域で植えるなら、小麦tarweより"rogge"の方が向いているかもしれない』

『rogge……?』




 実は日本でも小麦の栽培は行われている。うどんがあるのだから当然だよね。


 ただ、どうしても寒冷地には向かないから栽培は西国中心で、東国では寒さに強い蕎麦が主流。関東は蕎麦、関西はうどんというのはそのあたりにも理由があるのかもしれない。それでも小麦が栽培されているなら、アレも作れるのでは? と前々から思っていた。




 忘れちまったか? アレだよアレ、パンだよ。パンパーーーン!!(どこかの師匠風自己紹介)。




 ……そんなわけで、パンを作れないか学んでいたので、小麦は知っていたが、”rogge”は知らないな。


『小麦の仲間さ。寒冷な気候や痩せた土壌などでもよく育ち、ヨーロッパでも小麦の栽培に不適な地方ではこれを栽培しているんだ』


 どのあたりで栽培しているのかと聞けば、未来で言う東欧や北欧地域が主要な栽培地らしい。そしてそれらの地では、小麦の代わりにその粉を用いてパンを焼いているそうだ。


 ……もしかしたら、それはライ麦のことか?


『そのパンは、小麦のパンと同じように焼けるのですか』

『小麦のパンと製法は少し変わる。それに固くて身が詰まった感じで色も黒っぽいね』


 ……間違い無くライ麦だ。前の人生でも食べた経験は数えるほどだが、黒っぽいパンと言えばライ麦パン。ドイツや東欧ではポピュラーなパンだ。


 たしかに小麦のパンより固くズッシリして、食べ応えのあるイメージだけど、一方で栄養価は高いと聞く。


 そもそもパン食を知らないこの時代の日本人の口に合うかどうかも分からないけど、麦の仲間であれば実を煮るなり炊くなりして食べることも出来るだろうし、なんたってこの国の人は他国発祥の料理を自国の食文化に組み込むのが上手いからな。ライ麦は一つの選択肢かもしれない。


『先生、私にもっと色々な知識を授けていただけますか』

『お、なんだか分からないが、やる気だね。いいでしょう、私の知る限りの知識を君に授けてあげよう』


 ここまでの会話で、この人は間違いなく俺の求める知識を持っていると確信した。


 師は昆陽先生ただ一人と思っていたが、二人目の師匠として師事するに足る人物に出会えるとはね。


 江戸から追い立てられたのが、結果的に良い方向へ進んだかもしれないな。

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