目黒行人坂の大火

 二月二十九日の昼過ぎ、目黒行人坂にある大円寺から出火した炎は、折からの南風に乗ってまたたく間に燃え広がり、白金台から麻布にかけての町を焼き、今は虎ノ門から外堀を越えて桜田門南側の武家屋敷にまで迫っているらしい。


「目黒って……江戸の端だぞ……」


 未来の東京なら山手線の駅があるくらいだから都心にほど近いイメージの目黒も、この時代では江戸という街の枠内に入るか入らないかというギリギリの縁端部である。


 "目黒のさんま"という落語話にも出てくるが、あそこは鷹狩りとか遠乗りで向かう場所だから、江戸市中に住む人間にはとても遠い場所。実際に城からは二里(8km)ちょっとの距離がある。そこで出た火が街を焼き続けているという事実に、田安家の面々も容易ならざる事態だと認識しているようだ。


 しかも運の悪いことに今日はよく言う春の嵐なのか、風がかなり強く吹いていた。


ひつじさるの方角からか……」


 南西から風が吹くということは、火は北東に向かうということ。火が風に煽られ、その先に燃えやすい建物が密集していればどうなるか。目黒で出た火が虎ノ門にまで来ているというのは、まさに風の吹く方向へ向かって延焼が続いているということだ。


「安十郎様、こちらに火の手が及ぶのでしょうか」

「城の近くまで火は来ているようですが、風向きからして東側に延焼するのではないかと」


 種姫様が心配そうな顔をしている。外堀の南側を越えれば桜田門、そして西の丸。本丸もすぐ先だ。北の丸にある田安邸は少し離れているとはいえ、気が気でないとは思う。


 ただ、城は内堀の水で守られているし、旗本で構成された定火消が必死に火の手が及ばないよう防ぐはず。燃え広がるとすれば、木造家屋が密集する街の方だろうと思っていたら、案の定続報を持って駆け込んできた方の報告で、桜田門から北東、内堀と外堀の間に密集する武家屋敷、そしてその東に位置する江戸の商業の中心、京橋や日本橋の界隈に火が燃え移っているとのことだ。




「火消は一体何をしているのだ」

「火の勢いが強すぎて追いつかないのでしょう」


 未来を生きた俺からすると、消火とは放水だったり、消火剤を撒き散らすことで火の勢いを殺すことが主体であるが、この時代は、建物や構造物など燃え種となるものを破壊・撤去して延焼を防ぎ、消火につなげる破壊消火がその方法となる。


 江戸の町にある長屋などは、火事で焼け落ちることを前提で家造りがなされており、すぐに壊せるようあまり太い木材などを使用していなかったりする。すぐに壊せる分、焼け落ちた後の再建も早急に出来るわけだ。


 ただ、それでも家屋を壊すというのは相当な労力を要する。火の勢いが強く、家屋の破壊がままならぬうちに延焼が広がっているのだと思われる。


「竜吐水、竜吐水は」

「あの程度の水量で火は防げませんよ」


 竜吐水とは明和のはじめ頃、町々に給付された手押しポンプの放水具のこと。消火に役立つ道具と期待されたが、実はメチャクチャ見かけ倒しで役に立たない。


 俺も実物を見せてもらったことがあるが、大人が数人がかりで必死に腕木を上下させて、ようやく庭の水まきが出来る位の水量しか出ないのだ。せいぜい建物を濡らして延焼を防ぐとか、最後に燻っていた火を完全鎮火させるくらいの役割しかなく、燃えさかる炎に向けて放っても何の効果も無い。それだったらさっさと建物を壊して火除け地を作った方が早いだろう。




「火事と喧嘩は江戸の華と言うが……」


 この時代の江戸は世界でも有数の大都市だったと聞いたことがある。しかも未来の「多和萬」のように縦に空間を増やすことは出来ないから、敷地内の居住人数も限られ、建物同士が密集する状況。しかも地方から出てきた男が一人暮らしをする率が高く、寝たばこなどの火の不始末も後を絶たず、火事はあちこちで頻繁に発生している。


 そんな状況だからか、江戸に住む者は家が焼かれるのは織り込み済み。「宵越しの銭は持たない」なんて言う、江戸っ子の粋な気性を表す言葉があるが、それだって実は、どうせ銭なんか次の日には日雇いで稼げるから、焼け出されて無に帰す前にさっさと使ってしまえ。という事情があったりするんだよね。


 ある意味防災意識が高いとも言えるが、焼ける度に再建するというのはちょっと無駄ではなかろうかと思う。それがゆえに大工や職人に仕事が回り、材木問屋の商売が成り立つ側面もあるが、火事の度に多くの命が失われ、親を亡くした孤児が街に溢れるという弊害から目を逸らしてはいけないだろう。


 とはいえ、俺は都市計画や建築の専門家ではないからなあ……元々知っていた知識で甘藷の栽培を広めるところまでは良かったが、それから蘭学に経済学に外交と、未来の義務教育の貯金アドバンテージで知恵を出してはいるけれど、全部中途半端な知識だから、そこまで守備範囲は広くない。機会があれば考えてはみたいけど、今は難しいな……




「このままだとかなりの地域が焼け落ちるな」

「雨でも降ってくれればよいのですが」

「そう言えば、お主の家は大丈夫なのか?」


 しかめ面をしていた賢丸様が、ふと思い出したように俺の家族の安否を気遣われた。


「家は本所にございますれば」


 本所は隅田川、この時代では大川と呼ばれる川の東側にあり、元々は江戸の郊外という立ち位置であったものが、百年以上前にあった明暦の大火を機に、人口の増大に伴う新興住宅地として開発された場所。そのため、日本橋や神田など、元から江戸の市街地として成立していた地域の面々からは、今もなお、「川向こう」なんて言われ方をされている。


 字面を見れば川の向こう側だからその通りなのだが、田舎者と蔑むニュアンスも含まれている。未来で言う「ちばらき」「ださいたま」「グンマー帝国」みたいなものだ。だから本所の人間は自分たちのことを川向こうなんて言わないし言わせない。川の西側の奴にそんなことを言われたら、怖いお兄さんが飛んできますよ。


「しかしこれから帰るのは少々危ないな」


 話が聞こえたのか、治察様が後ろから声をかけてきた。


 ここから家に帰るには、田安門を出てから真っ直ぐ東へ、神田ナントカ町と呼ばれる一帯を進む。未来で言う都営新宿線のルートに近いな。そして日本橋馬喰町まで出ればその先は大川の西岸、両国広小路だ。そこに架かる両国橋を渡ると本所側に入る。


 何が問題かと言えばその道のり。途中神田・日本橋を横切ると言うことは、今から延焼するかもしれない地域に足を踏み入れるということ。いつ火の手が及んでくるか分からない上に、避難する人の流れに逆らって進むのは危険だからと、治察様がしばらく屋敷に留まれと仰る。


「甲斐守には後で遣いを送るゆえ、一晩くらいなら問題なかろう」

「それは名案。かの名軍師諸葛孔明もかくやの神機妙算、治察お兄様の慧眼には恐れ入りますわ」

「……それは褒めすぎだろう。そもそも種はどうして諸葛孔明の名を知っているのだ?」

「安十郎お兄様に『三国志演義』を読んでいただきました。折角ですから今日は続きを聞かせて下さいな」


 俺が答えるよりも早く、種姫様が決定事項のように仰るものだから、断りようが無くなってしまった。






 うーん、大災害の予感……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る