密会(後)

* * *


 あたしはそれから度々ナンシーに会った。

 会って話を聞いてもらった。

 ナンシーは、あたしに親友のように接してくれた。かつての親友の姿が恋しくて、その格好で現れてほしいという我がままも聞いてくれた。そもそも仕事のために常に男装しているので、女らしいただのナンシーに戻れるのは本人としてもホッとするものみたいだった。いいドレスでちょっといい階級のふりをするのも、周りの扱いが違ってきて脚本に活かせるから歓迎だと言ってくれた。


 「ノエル」にはティモシーから接近禁止令が出ているので、会うのは彼が出張でいない間に限った。彼を怒らせたミモザがどうしてだめなのかも説明した。それは、今あたしと彼が抱えている問題にもつながっていた。

「苦労したね。でもそれは無理だよ。元々したくなかったのにそんなことがあったら、もうできなくても仕方ない」

「でもあたしは、彼に報いたいの。応えたいの。彼と、彼の子どもと、一緒に家庭を築きたい」

 ただ、彼とレスだとは言えても不妊の可能性までは言えなかった。まだ諦めたくないのに、口にすれば確定してしまう気がした。

 相談しながら、あたしはくよくよと後ろ向きなことばかり言った。


「あたしは彼を振り回してばかりで、とっくに見限られていてもおかしくない。本当はあたしなんか一緒にいる価値なんてないのよ」


「あたしは彼の人生を奪い続けてるんだわ。あたしにこだわるから苦しめてしまう。彼自身の幸せのために、もうあたしを手放してほしいとすら思うことがあるの」


「もし彼があたしに期待するのをやめて、よそで女を作っても仕方ないと思う。でもそれであたしの代わりに誰かが子どもを産んでくれるなら感謝しかないわ。あたしはその子を愛する自信も覚悟もある。彼のために家庭を営めるなら、妻だなんて形だけでいい」


 こんなこと、ティモシーには聞かせられない。でもナンシーは、うんざりする素振りもなく黙って頷きながら聞いてくれた。

「一つ質問なんだけど…そんなに悩むなら、自分から離れようとは思わないのかい?」

 ある時彼女が聞いた。考えるにはあまりに衝撃的で、あたしは答えられなかった。あたしの顔つきを見て、彼女は質問を取り下げた。

「わかった。わかった、ごめん。別れたくないと思ったからって、自分を責めなくていい。人間てそんなもんさ。みんな欲望の虜だね」

 みんな、が指すのが世間一般なのか、彼女自身を含めたあたしたち三人のことなのかは、はっきりしなかった。ナンシーはあたしの髪を撫でながら皮肉っぽく笑ったけど、目は寂しそうだった。

 あたしはまた泣き出したくなった。彼女に会うと、ほぼ毎回泣きそうになってしまう。親友のようではあっても、それ以上の関わりも続いていた。身勝手だと頭では分かっていても、ずるずると甘えてしまう。あたしはティモシーだけじゃなく、ナンシーも裏切ってる。

 ナンシーは大事だとは思うけれど、一度終わった相手なせいか、ティモシーへの気持ちとは格段に違う。ティモシーと別れて彼女を選ぶにはものすごい勇気が要る。かつて突然捨てられたことで、今も突然終わらされそうな不安感がある。もうそんな意図じゃなかったのは知れたけど、数年を費やして性別まで偽って、あたしのためにこの先の人生を賭ける気なのが重すぎる。

 あたしは彼女の本気に応えられないくせに、見て見ぬふりをして都合よく利用してる。本当にもう最低最悪の人間だ。そして今また一層最低最悪になろうとしてる。ナンシーがそのうち、駆け落ちしようとかティモシーを毒殺しようとか言い出しそうな気がして、ようやくこの関係を終わらせなきゃいけないと自覚した。ナンシーのためじゃなくティモシーのためなのが最低最悪だ。逆でもやっぱり最低最悪だけど。


「ねえナンシー、あんたにこれをあげるわ」

 次に彼女に会った時、あたしは一つのブローチを差し出した。

「これ…すごくいいものなんじゃないかい?」

「着けてあげる。…ほら、よく似合う。あたしは青系はあんまり合わないのよね」

 彼女のドレスの首元にブローチを着けると、とても華やかな印象になった。

「ノエルでいる時にも着けたら、きっと素敵よ」

「カメオか…一体どこから手に入れたの? 私が着けていいの?」

「これは、王太子妃殿下ゆかりの逸品よ」

「えっ!? そんなものを私なんかにくれちゃって大丈夫なの?」

「ナンシー、あんたはあたしにとって、ティモシーとは別な意味でやっぱり特別で大切な人よ。その気持ちをこれで示したいの」

「でも…」

「気になるならしまっとけばいいわ。食い詰めたら売るって手もあるし、でも国のどこか妃殿下繋がりのとこに持ち込んだら、きっと役に立つわよ」

「…盗んだと思われるだけじゃないかなあ」

「この箱に、一筆書いて入れておいたから大丈夫。ねえ、いいから受け取って。あたしは…あんたにこんな形でしかあげられるものがないの」

 あたしは有無を言わさず彼女に品を押し付けた。ナンシーは折れると、冗談めかしていった。

「くれるなら、あんたそのものが欲しい」

「それこそあたしを盗むしかないわね」

 冗談で通すために、あたしも軽口を返した。

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