死んだ彼女が化けて出てきて地獄に道連れにしてやると!彼女を成仏させるには俺が新しい彼女を作って幸せHAPPYになるしかないらしい?

軽井 空気

第1話 オレの彼女が死んだなんて嘘だ!ほらそこに居る。

1,


「うらめしや~」

 突然のことでオレの口が開いてそのまま閉じなかった。

 この時俺の顔色は悪かっただろうがさらに青白くなっていただろう。

 季節は夏。

 ちょうどお盆と言う先祖の霊が帰ってくる時期で、そう考えれば彼女がここにいるのはつじつまが合っているのかもしれない。

 彼女の清楚な黒髪は濡れ羽色の輝きを失い気味だし、健康的な白い肌は透き通るほどに色白になっている。

 オシャレに余念がなかったのに今は白一色の地味な着物を着て頭にはダサイ三角巾を付けている。

 おまけに彼女の周りには青白い人魂が二つ浮いている。

 つまり幽霊である。


 場所は自宅の廊下。

 時刻は草木も眠る丑三つ時である。

 電気も付けずにこんな時間にうろついているかと言うと眠れないからだ。

 オレは学校にも行かずにあれからずっと部屋に引きこもり布団にくるまっていた。

 食欲もなく生きるのもつらいのに腹は空くし喉も乾く。

 意地を張ってるわけじゃないけど、少しでも取るもの取らなければ家族が心配する。

 って何言ってんだろうな。

 それでなくても心配かけまくりじゃないか。

 あの日、春休み最後の日。

 彼女との最後の日から。


2,


 春休み。

 正確には中学生から高校生になる間の学生じゃない特別な期間。その最後の日。

 オレ、久慈河 政と書いて「くじかわ まつり」と呼ぶオレは朝から浮かれていた。

 なんてたって今日は春休み最後の日、つまり中学生気分の最後の日であり、幼馴染の彼女とのデートの日でもあるからだ。

 これでテンション上がらなかったら男じゃない。

「ちょっとお兄ちゃん今日は――――」

「はははは、なんか用事があったらメールしてくれ」

 オレはそう言うと妹の話も聞かずに家を飛び出して彼女との待ち合わせの場所に向かった。

 オレの彼女は牧方 彩華と書いて「まきかた あやか」と読む。

 俺たちは幼馴染で家族ぐるみでの付き合いがあるが、オレ達が付き合っているのは家族には内緒にしていたりする。

「その方が面白いでしょう」

 それが彩華が付き合いを隠す提案した時のセリフだった。

 オレははやる気持ちを抑えきれずに待ち合わせの場所の駅前の公園のシンボルの銅像に向かう。

「ごめん。待たせたかな?」

 俺がそう声をかけると前髪を親指と人差し指でいじっていた彩華がフッと目の焦点を変えて、オレの方へ視線を変えてその瞳に俺を映す。


 今日のオレはデートってことで気合を入れて新品の服に身を包んでいた。

 とは言え全体的に黒いのは致し方ない。

 だって、好きな色なんだから。

 黒のスラックスに黒のTシャツの上から黒の開襟シャツ。そして黒のジャケット。靴も革靴でどこの黒の組織に所属しているんだと言いたい格好だ。


 対する彩華は白で統一している。

 女の子の服の名称には詳しくないけどこう薄手の生地でフンワリしていて、半そでの袖と……その、オッパイの下を淡いピンクのリボンでキュッと縛っている服なんだっけ。

 何にしてもよく見ると布地は本当に薄く塗れたら下着が透けて丸見えになりそうだ。

 大丈夫か、ボクの彼女の下着。

 だって、彩華は中学生以上高校生未満、JC以上JK未満なのに。

 あっ、今言い直したのには他意はありません。

 それはともかく、その微妙な時期ながら彼氏目に見ても大きめの果実をぶら下げているんですよ。

 いかん、いけません。そんな禁断の果実に魅了されていたら一線を越えてしまう。

 ここは視線を下げて、下は半ズボン?あっ、キュロットってやつかな。

 ちょっとオレンジ色のフリルがあしらわせられていて、暖色がさりげなく使われていて春らしい温かさを演出している。

 さらに視線を下に向けると眩しい素足が見える。靴は細いひもで編まれたサンダルだ。

 コレ、草履の鼻緒みたいに途中で切れないだろうか。


「今来たとこだよ。それよりどこ見てるのかな」

 そう言われて視線をあげれば生き生きとした相貌に見つめられた。

 彩華はピストルみたいに指を立てて白い帽子のつばを持ち上げてこちらを挑発的な笑みで見ながら。

「どうだ。似合ってるか?」

 そう聞いて来た。

 オレはそれにただ無言でうなずくことしかできなかった。

「さて、2人揃って約束の1時間前に来ちゃったわけだけど―――どうする?」

「えっ、えっと、どうしようか?」

「もう、頼りないな。それじゃぁ、お姉さんに任せなさい」

「お姉さんて、2週間しか違わないだろう」

「もう、そんなこと言っちゃう。そんなんじゃ今年の誕生日プレゼントあげないよ」

「ごめんごめん」

「それじゃあ、お姉さんのエスコートに文句はないわね」

「仰せのままに」

 そうして公園の散歩をすることになった。


3,


 駅前公園。

 オレ達が済む都市の中心都市の駅前に広がる公園で世界遺産にも指定されている文化的な公園である。

 観光客も多く、あと都市の象徴の保護動物も多い公園。

 意外と樹木が茂っていて暗い印象を受けるこの公園、どこを見ても鹿しか見どころが無い。

 まぁ、これも見慣れたからこその感想で海外から来た人にとっては物珍しい物なのだろう。

 実際にこれだけのサイズの動物がこの規模の群れで町中に放し飼いで観光の目玉になるのは世界を問わず日本にも他に類を見ない。

 彩華はお約束の鹿せんべいを買ってはオレに受け取れという。

「いや、それじゃあオレが囲まれるじゃないか」

「それが見たいんじゃないの」

「おまっ、こいつら噛むんだぞ」

「ほらほらおばちゃんが差しだしてるぞ。さっさと受け取り給え」

「兄ちゃん、ヘタレてないで彼女に良いところを見せなさい」

「くっ、良いだろう。見るがいいこのオレの華麗なせんべいやりを―――」

 おばちゃんからせんべいを受け取った途端、鹿の群れに包囲され蹂躙されるオレだった。

「アハハハ。バエる~。マツリってホント期待に応えてくれるね~」

「笑ってる場合か~。てか写真撮ってる場合か~」

「あはははははははは」


「いやいやいい写真が撮れましたよ」

「それはよございました。で、お昼は考えてるのか?」

 オレはぐったりしながら横を歩くお嬢さまを見やる。

「どこか考えてる?」

「この町のいいお店ってチェーン店以外に学生には厳しいと思うけど」

「ふふふ、マツリくん君のリサーチ能力はまだまだ甘いなぁ~」

「なんだと」

「私がいいお店を紹介してやろう」

「ほう、彩華のおすすめか。激辛じゃないだろうな。例えば二条大路の四神じゃないだろうな」

 そこは二条大路とJR奈良の道の交差点にある四川料理専門店で麻婆豆腐と担々麵が売りの人気店である。

 1度、彩華に連れられて行ったことがあるがかなり辛くて火を噴いた記憶がある。

「大丈夫だよ。今度のは近鉄の駅前だから」

「……信用するぞ」

「任せて」


 興福寺に入るには4つの道がある。

 それは東西南北だ。

 一般的なのは北の二条大路沿いから入るのだ。これは近鉄の駅から一番分かりやすい道だからだ。

 駅から出て道沿いに進んで一番最初に入れるお寺だからだろう。

 次が南側の猿沢池側の階段だろう。

 こちらはJR奈良駅から三条通りを歩いて猿沢池迄やってきて興福寺に行く道で賑わいは一番多いだろう。

 そして東側であるがこちらはいわば寺の裏門に当たる。

 今ある興福寺は本来の興福寺の顔であり、かつてはここから東側に向かって数多くの施設があったのだ。

 しかしそれらも明治の廃仏毀釈運動で多くを失てしまって、今は公園の歩道になってしまっている。

 そして西側の参道であるがこの道、ブッチャケ一番人通りが少ない。

 この道が本来の興福寺の表参道と知る者は少ない。

 だが悲しいかな、これが真実だ。

 参道って賑わうって思うじゃん。

 その答えが東向き商店街である。

 近鉄奈良駅と三条通りを繋ぐ商店街に見えるがこれは元々が興福寺の参道が東向きに有るからとなり立った商店街なのである。

 正しくは東向き商店街を散策して興福寺に参拝するのが正道なのである。

 まぁ、そんな理屈は多くの観光客には無意味で逆順に進んでいるのが現状だ。


 かく言うオレ達も奈良公園からこの東向き商店街に来ている。

 しかももろに興福寺の表参道を逆走してこの東向き商店街を突き抜けて、向かいの路地に入る。

 そして少しして道沿いにそろった店構えの中、一角だけ奥まったモール状になった場所があった。

「ここが小西桜商店街アルテ館」

「ほう」

「ここの一階におススメの店があるのだ」

 彩華が言う通りここら辺はあまり知られてない名店があるみたいだ。

 アルテ館ていう場所の向かいに有るビルには卵かけごはん専門店があって気になる。

 気になるが、ここは彩華のおススメに期待しよう。

 ふふ、お洒落なフレンチかイタリアンか?

「ここだ!」


 煮干し中華そば 長田屋


「ラーメン屋かよ!」

「ふふふ、マツリよ。私がお洒落なフレンチやイタリアンを選ぶと思ったか」

 腕を組み勝ち誇ったようにのたまう彩華に半眼を向けけながら、オレは言い募る。

「オレがデートでお前をラーメン屋に連れて来たらどうする?」

「チェーン店ならぶん殴る」

「だよな」

「天スタなら許すが天一ならぶん殴る」

「基準が分からねえ!」

「しかし、知る人ぞ知るこだわりの店なら喜んで付いて行くぞ」

「つまりここはその後者だと」

「ふふふ、知らないだろうマツリ」

「あぁ、オレはこの店のことを全く知らないぞ」

「実はね、ここの店主は長年フレンチで修行して地元の奈良でこだわりのお店を開いたのよ。これはそう―――


 フレンチラーメン


 と言えるわね」

「そこまで言うのか」

「食べれば分るわ」

 挑発的な目で見てくる彩華に負けじと見返しながらオレは気持ちを決める。

「良いだろう食べてやる」


4,


 店に入った時に最初に感じたのはやはりと言うかなんと言うか、煮干しの匂いが猛烈に香って来た。

 大丈夫か?

 オレはそんなに煮干しが好きじゃないと言うか、むしろ苦手なんだんだが。

 祖母ちゃんの家に行くと決まって煮干しの味噌汁で辟易したのが思い出だ。

 とは言え、彼女のおすすめの店に食わず嫌いで拒否るとか漢が廃るというものだ。

 ちゃんと食って気の利いたコメントを残してやろう。


「マツリは何にする?」

 店にはいてすぐ彩華は迷わずに券売機に向かいポチポチと食券を買っていた。

「あ――そうだな。彩華と同じもので―――」

「え?私、濃厚辛煮干しの激辛だけどだいじょうぶ?」

 やっぱり激辛ですよこの人。デートで迷わず激辛に行く彼女っているんですかね。オレには彩華以外知らないから判断できないけど。

「おすすめはなんだ。激辛以外で」

「私のおすすめは激辛だけど―――それ以外だと、煮干しの出汁をストレートに堪能したい人にはあっさり、スタンダードに店の味を味わいたいなら濃厚煮干し中華そば、変わり種はオマール海老そばかな。あと油そば……と言うか基本それくらい」

「意外とヴァリエーションが少ないんだな。醤油とか味噌とか無いのか?」

「それだけ味にこだわりがあるのよ。つけ麺もあるけどこっちは個人的にはスープに浸かった方を食べてからヴァリエーションで食べてほしいわね」

「そのくせ辛いの行くんだ」

「ここのはただ辛くしてるだけじゃないのよ。スープに合わせてスパイスを調合してるここだけの味よ」

「お前、相当通ってるだろ?」

「だって美味しいんだもん」

「とりあえずオレはスタンダードに濃厚で行こうかな」

「あっ、ここトッピング全部乗せでちょうど千円でお得だからそっちにしなよ」

「へいへい。てかそっちはそこに大盛りも追加してんのな」

「育ち盛りなのです」

「それは男の子のセリフだろ」

「女の子も成長するのよ。大きくなったらマツリに揉ませてあげるから」

(いや、今の膨らみもいいんだが)

 とりあえずオレ達はカウンター席についてちょっと愛想の薄い店主に食券を渡して注文を済ませる。

 お冷とコップはカウンターにおいてありセルフで入れるスタイルだが、彩華が慣れた手つきでオレの分も入れてくれた。

「はい」

「サンキュー」

 お冷を口にしながらお昼の後の予定を話していたら意外と早くラーメンが来た。

「そういやここはサイドメニューが少ないな」

 実際にあるのはご飯ものが3品だけだ。

「それだけラーメンにこだわりがあるんでしょう」

「なるほど」

 そう言いながらオレはスープを飲もうとレンゲを手に取った。

 そしたら―――


 ずぞぞぞぞ~~~~~~。


 彩華はすぐに割り箸を割って麺を啜り出した。

 えっ、こういう時女の子はスープから行くものだよね。

「ここのスープ濃厚だから麺の味を楽しみたかったら最初の一口は麵から行かなきゃならないの」

「そうなんだ」

 別にこだわりがあるわけじゃないけど折角こう言ってくれてるわけだし、ここは麺から行ってみるか。

 ふむ、細麺か。では。

 ずずずずず~~~~。

 うむ。

 言うだけあって麺の主張がなかなか強い。

 何か鼻に抜ける……アルカリ臭?

 冠水ってやつの香りかな。

 ふむふむ。

 ずずずずず~~~~~~。

「んっ!」

「ふふふ、気が付いたかな」

 オレのリアクションを見ていた彩華がドヤ顔でのぞき込んでくる。

「言ったでしょ。ここのスープは濃厚だって。最初に麵を行かなきゃ二口目にはスープが主張しちゃって、強めの麵でも埋もれちゃう。ううん、正しくは混ざっちゃう」

「ああ、細麺にスープが良く絡んで麺を啜ると同時にスープも啜ってる。あと驚いたのはスープに苦みが無いことだ」

「それは煮干しの腸を一つ一つ丁寧に下処理して腸の苦みを出さないようにしてるんだよ」

「ああ、煮干しの香りと旨味、甘みのある旨味が感じられる。でもこの濃厚さは煮干しだけじゃ出せないだろ」

「それは鶏白湯とのWスープによるものよ」

「Wスープ?それって―――」

「こういうのは後で「らーめん大好き小泉さん」貸してあげるからそれで勉強しなさい。今は食べるわよ」

「そうだな」

 そうしてオレはらーめんを食べるのに集中する。

 濃厚なスープにトッピングの玉ねぎがアクセントになっていて飽きがない。

 メンマは珍しい大ぶりなのがズルっと一本入っていた。

 チャーシューもWチャーシューでお得感がある。

 スープに負けない香ばしさのある豚バラチャーシュー。

 もう一つが逆に何の味付けもしていないような蒸した鶏むね肉。

 相反するチャーシューを楽しむのも一興、添えられた海苔をスープに浸して食べるのもいい。

 気が付けば麺を食べきっていた。

 そしてス-プも残り少しになっていた。

 これなら飲み干してしまってもいいかも。そう考えている間に隣で彩華がドンブリを持ち上げスープを飲み干しに行っていた。

 コイツのこういうところ男らしいよな。

 そう思いながらオレもスープを飲み干す。

「ふー。最後の一滴に煮干しの粉末が効いてて一番濃厚だった」

「ふー。でしょ。美味しかったでしょ」

 そう言って辛いらーめんを食べたことで汗をかいた彩華がニコニコと見つめてくる。

 コイツ、辛い食べ物が好きで一緒に食事に行けば大概激辛に行く。

 そして必ず汗をかくのだが、……これがめちゃくちゃ色っぽいんだよな。


5,


 コイツの汗をかいた姿は肌が上気して頬が赤くなる。

 大好きな激辛料理を食べた後はコイツは目がトロンとして、艶やかな唇を舐めるくせが有るんだが、オレが隣に居たら必ずオレの顔を覗き込みながらやるんだよ。

 これがエロいと言うか――――いやもうエロいの一言だ。

 思春期の俺にクリティカルヒットかましてくれます。

 この日もそのエロさは劇的で、普通にラーメン食っただけなのになんかいかがわしいことをした気分になった。

 ともあれ、らーめんを食べ終えたオレ達は店を後にしてデートの続きと行くことにした。


 向かったのはまた奈良公園の中。

 いや、この町デートと言っても派手に遊べるところが少ないんだ。

 北に行けば高の原に、南に行けば郡山にショッピングモールがあるがお金がかかる。

 そりゃぁ2人で楽しめればどこだっていいてのがリア充の考え方だが、それならオレ達は奈良の文化遺産を見ていて楽しいのだから奈良公園で遊んでたって良いだろう。

 昔はドリームランドとかあやめ池遊園地なんてテーマパークがあったらしいがどちらも廃業。

 あやめ池はなんか老人ホームとかの施設が出来てるし、ドリームランド跡地はキャンプ場になるとか、親父達がが話していた。

 キャンプ場、それは興味があるが道具などはどれも高価で子供には簡単に手が出ないものだ。

 昨今のアニメの「ゆるキャン△」でも大人たちの応援あってこそ安全に楽しめるものだとオレは思う。

 この秘密の付き合いを話して頼み込めばできないことは無いだろうが、いましばらくは2人の秘密にしたい。

 と言う訳で、オレ達は国立奈良博物館にやって来ていた。

 ちょと前ならお水取りについての美術品が展示してあったのだが、今の時期は仏教美術が展示されている。

 簡単に言うと仏像や仏さんの絵の他、仏具という祭事に使う道具なども展示されている。

 それらを順番にみてまわる。

 静かな展示会場内では彩華と手をつないで展示品を見て回るわけだが、こうしてるとキスしたくなってくる。

 これって静かで薄暗いからそんな気がするのかと思うと手をつないでいる彩華が気になって仕方なくなる。

 えっ、これてしていいのかな?

 そんなことを想いながら手に力が入ってしまったのだろうか、彩華が覗いていた展示品から顔をあげて目が合った。

 この時気づいたが、オレは展示品そっちのけで彼女の、彩華の顔を見ていたことに気づいた。

 しばしば彩華と見つめあったら彩華は空いた手をあげて、オレの唇に触れて「ここでは我慢しな」とささやいて来た。

 彩華はまた展示品に目を戻すのでオレも展示品に視線を戻す。

 しかし彩華に触れられた唇の感触が払しょくできない。

 この後の展示品が頭に入ってこなかった。


 博物館を出た俺達はまた東向き商店街に戻って来ていた。

 東向き商店街は飲食店やお土産屋さんがメインで食べ歩きならともかくウィンドウショッピングには向いていない。

 それなら三条通りを挟んだもちいど商店街の方が雑貨屋や喫茶店とかあってデートには向いているだろう。

 そう思っていたら彩華に強く手を引かれ顔が近づいた。

「キス―――しなくていいの?」

 ドキリとした。

 オレのあさましい欲望は彩華に見え見えで、ここで誘われているんだという興奮がオレの理性を――――


6,



 ピッロリロリ―――ン♪


 そこで携帯が鳴った。

「…………………………………………………………」

「…………出ないの?」

 いや出たくない。

 しかし、一度ムードを崩されると立て直すにもこういうの放置してことに及ぶのはがっつき過ぎてる様でムードが無い。

 仕方ないので俺は彩華に断って電話に出た。

「もしもし」

「もしもしじゃなーい。やっと出たなお兄ちゃん」

 電話は妹からだった。

「切っていいか?」

「良くない。なんっでさっきからかけてるのに電話に出ないの」

「悪い、さっきまで博物館に居たんだ」

「あっ、それって彩華お姉ちゃんも一緒ってことだよね」

「いっ、いや。なんで彩華と一緒だってことになるんだよ」

「お兄ちゃんたちは隠してるつもりだけどバレバレだから」

「な……なん……だと」

「まあそんなわけで今日は牧方さん家と晩御飯だから―――」


 わー!きゃぁーーーー!


「ねぇなんかそっち騒がしくない?」

「そりゃ商店街だから―――」

「マツリ!」

 グイッと切羽詰まった声と共に服を引かれた。

「え?———」

 そこでブチッと言う音が聞こえて、

「この―――くそう。」

 オレは彩華にぶん投げられるように路肩に突き飛ばされた。

 

 その目の前を白い車が突っ切って行った。


「は?———」

 オレは理解できなかった。

 なんで商店街の中を車が爆走してるのかとか。

 彩華の体が映画のナウシカの様に宙を舞っている理由とか。

 とりあえず理解できることは―――彩華を受け止めなければ。

 しかし、オレの体は動かずに―――


 ドチャァ!


 彩華かの体は地面に叩きつけられてピクリとも動かない。

「彩華あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 オレは彩華の元に駆け寄りたいのに足に力が入らない。

 オレは這いずるように彩華の元にたどりついて彼女の体を抱き上げた。

 彩華の体は軽かった。

 真白だったコーデの服は今は真っ赤な花が咲いていた。

「ハ――ハ、オシャレで――えら――だ、———靴―だったけ――ど、ひも――切れちゃ―――、避けれな――かった」

「無理に喋るな。すぐに救急車が来るから」

「うん―――。すぐに元気になる―――よ。だか――ら、なかないで」

「そうだな。彩華ならそんな傷すぐ治して元気になる」

「だ―から、マツリは――笑っていて―――おね―――」

 そこでのぞき込んでいた彩華の瞳から光が消えていった。

「お兄ちゃん。どうしたのねぇ何があったの!」

 横に転がったオレのスマホから妹の声がするがそれがドンドン遠くなっていく。

 抱いた彩華の血と体温が冷めていくのを感じながらオレは――


「ウソ――――だ」


 救急車が来た時にはオレはそれしか喋れなくなっていた。


7,


 あの時の目だ。

 オレの腕の中で冷たくなっていく彩華の光の無い目。

 その光の無い双眸がオレを恨めしそうにね目上げる。

(あぁ、またか)

 オレはそう自嘲した。


 彩華が死んだことを頭では理解できても、オレは心で受け止めきれなかった。

 事件の後オレは「嘘だ」、としか呟くことが出来ずにまともな受け答えが出来なくなっていた。

 その時、ずっとそばで彩華の影が物言わずオレを見つめていた。

 誰にそれを伝えても彩華は死んだと言い、オレが見ているのは幻だと言われた。

 果てには病院へ連れていかれて「統合失調症」と診断された。

 つまり、オレは彩華の死を受け入れられずに、そのショックで頭がおかしくなってしまったらしい。

 その後は俺は自宅療養と言うことで学校にも行かずに部屋に引きこもっていた。

 その間も彩華の幻は見えていたので何度も話しかけたけど、返事が返ってくることは無かった。


 しばらくして、彩華の幻を見ることもなくなり、オレは回復傾向にあるのだと診断され、経過観察を経てから夏休み明けの新学期から学校に通うことになった。

 そんな矢先の夏の夜のことだった。

 寝付けない。

 または寝付いたけど眠りが浅く目が覚めて、寝た自覚が無い状態のオレはリビングで水を飲んで自室に戻る途中だった。


「うらめしや~~」

 そう言って彩華の幻が出てきてしまった。

 オレはまだ完治してないのかもしれない。

 そう思って彩華の瞳を見つめて居ると、光の無い目がパチッと瞬きしたとたん生前の彩華の目になった。と思ったら――――


「どう、驚いた?」


 これまた生前と変わらない口調でおどけてくる彩華は笑顔で舌を出していたずら成功と言う顔をしていた。

「———彩華、彩華なんだな」

「そうだよ」

「幻じゃないんだな」

「触ってみる?」

 そう言われてオレは泣きそうになりながら彩華に抱き着いた。

 その体は幻ではなく、確かな手ごたえと温かさを返してきた。

「彩華。彩華」

「ハイハイよーしよーし」

 情けないことに俺は彩華に抱き着いたまま泣き出してしまって、彩華に子供の様にあやされることになった。

「やっぱり彩華が死んだなんて嘘だったんだ。彩華は確かに生きていてここに居るんだ」

「あっ、それは御免」

 そう言われた途端、確かにあった彩華の感触が無くなり、オレの体は彩華の体をすり抜けてしまった。

 そのとき、彩華の温かさもなくなり生ぬるい寒気を感じた。

「残念だけど私が死んだのは本当。今の私は幽霊だよ」

「———嘘だろ?」

「ホントだよ。ほら実際こうして透けちゃうでしょ」

 そう言って、彩華は手のひらを俺の頬に触れ―――いや、往復びんたをかましてきた。

 だがその手のひらはオレの頬を打つことなく、スカスカと通り抜けて行く。

 そのたび生ぬるい寒気がオレの体を撫でる。

「———そんな……」

「そんなに落ち込まないで」

「そんなこと言われたって。折角彩華と再会できたと思ったのに―――そんなのあんまりだ」

「落ち込まないで。マツリに落ち込まれると私困っちゃうんだ」

 彩華はうずくまるオレをまた抱きしめてあやすように言う。

「私ね。マツリには幸せになってもらわなきゃ困るんだ」

「オレに今更幸せに成れって」

 そんなの無理だよ。


「でないと私地獄に落ちちゃう。しかもマツリを道連れにして」


「えっ?」

 どういうことだ?

 どうして彩華が地獄に落ちてしまうんだ。

 そんなのおかしいだろ。

「何で、何でだよ。彩華は何も悪いことしてないだろ。被害者じゃないか」

「そうだね人から見たらそうだけど、……賽の河原って知ってる?」

「賽の河原?」

「そう。あの世とこの世の境にある河原。そこは親より先に死んじゃった子供が罰を受ける場所」

「つまり彩華はそこに」

「うん。送られた。そこで石を積むの。一つ積んでは母の為、一つ積んでは父の為、ってね」

「そんな、親より先に死んだからって」

「親不孝って言うんだよ。しかも積んだ石は鬼が来て崩していくんだ」

「そんな理不尽にさらされるなんて」

「人の価値観とあの世のルールは別だからね。でも、子供を亡くした親がお地蔵様、地蔵菩薩さまに祈ることで死んだ子供が救われるっていうこともあるんだよ」

「じゃぁ、彩華もお地蔵さまに―――」

「来てくださったわ。でも私はこのままじゃ地獄行きなんだって」

「何でだよ!」

「しー。今何時だと思ってるのよ」

 丑三つ時です。

 でも彩華が帰って来てるなら―――

「私はマツリにしか見えないはずだからこんな所見られたらまたおかしくなったって言われちゃうよ」

「それでも」

「私が困るの。地蔵菩薩様は私が死んだことで不幸になる人がいることが罪だと言っていたわ」

「それって、オレのことか」

「うん。四十九日を過ぎるまで見てたけど見いてらんないぐらい落ち込んでたでしょ」

「仕方ないだろう。ホントにつらかったんだから」

「そう。そこから立ち直れたら私も成仏できたんだけど、地蔵菩薩様はこのままだと遅からずマツリは死んじゃうって言ってた」

「オレは流石に自殺はしないぞ」

「そのつもりでもマツリの魂が私に引かれているのよ。よく後を追うようにぽっくり逝くって言うじゃない。それよ」

「オレは彩華と一緒ならそれでもいいけど」

「私は嫌よ。デートに地獄とかなさすぎる。その時はマツリと別れるわ」

「うぐっ、じゃあどうすればいいんだよ」

「供養して」

「供養って?」

「マツリが立ち直って、新しい彼女を作って人生HAPPYになれば私は成仏して天国に行けるの。だから頑張って」

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